第126話 エストリアからのお誘い

「ではワシは貰ってきた制魔石を使って研究を進めるとするか」


 拠点に仕入れてきたものを全て運び込んだ後、ギルガスはそれだけ言い残してまた自分の鍛冶場へ籠ってしまった。

 どうやら何か思いついたことがあるらしく、それが可能かどうかの実験と試作品を作ると意気込んでいたが、いったい何を造るつもりなのだろうか。


「成功するかどうかわからんからな。まぁ、問題ないとは思うがとりあえず楽しみにしておけ」


 その言葉を信じて僕は待つしか無いと館へ戻ることにした。

 それから拠点の皆を集めて言える範囲で今回の成果を報告し、当面の資金の目処が付いたことを告げた。


「つまりそのディアールさんという方を通して仕入れも出来ると言うことですか?」

「そういうことになるね。今回は間に合わなかったし予定もしてなかったから僕たち自身で仕入れてきたけど、次は先にディアールに伝書バードで欲しいものを伝えておけば準備しておいてくれるらしいよ」


 僕はそう応えながらキエダに目線で確認を取る。


「ですな。商取引に関しては彼奴に任せておけば問題ないですぞ」

「わかりました。それじゃあ次までに欲しいものをまとめておきますね」

「……欲しい調味料、香辛料、いっぱいある」

「はいはーい! あたしも新しいお洋服がほしいですぅ」

「服代は自分の給料で払うのですぞ」


 家臣たちが口々に声を上げる。

 レッサーエルフやドワーフたちも何か必要な物があるかと話あっている様だ。


「なんでも全て希望通りに手に入るかどうかはわからないってことだけは忘れないでね」


 僕は一応そう釘を刺してからやけに静かな一角へ目を向ける。

 さっきからヴァンがやけに静かなのだ。


「どうしたヴァン。また何か悪いものでも喰ったのか?」

「別にそんなんじゃねぇよ。ただちょっと考えてたんだよ」

「何を?」


 普段余り物事を考えて行動してる様には思えないヴァンだ。

 いったい何を考えていたのか興味がある。


「いや、な。どうして取引相手が王国だけなんだろうなってさ。別にガウラウ帝国でも魔族んとこでもかまわねぇだろって思ってさ」

「それは……」


 僕はその疑問に答えようと口を開きかけた。

 だけどそれがヴァンとエストリアにとって負担になる答えかもしれない。

 そう思うと言葉が続かなかった。

 だけど――


「ヴァン。レスト様は私たちのことを気に掛けてくださってるのですよ」

「俺様たちの?」


 エストリア自らがその理由を口にしたのである。


「私たちがレスト様にご厄介になっていることを帝国に知られるのは危険だと心配して下さっているのです」


 この島から海路で一番近いのは王国領である。

 そして次に近いのがガウラウ帝国だ。

 なのでガウラウ帝国と交易するのは理にかなっている。


 だけど今この島にはヴァンとエストリアという元ガウラウ帝国皇族がいる。

 しかも帝国から出奔して亡命してきているような立場だ。


 獣人族のことはよく知らないが、さすがに一国の王子、王女が出奔してそのまま亡命を認めるとは思えない。

 王国側もだが、カイエル公国という国がある程度形をなして他国と対等に会話が出来る立場を得るまでは話し合いの場すら持たせてくれない可能性が高い。


「そういうことかよ。なら教えてくれりゃいいのによ」

「私たちに心労を掛けたくなかったのよ」


 エストリアはそう言うと僕の方を見てにっこりと笑った。

 彼女がそこまでわかってくれているのなら、これ以上気を遣うのは逆に失礼だろう。


「ごめん、ヴァン」

「あん? 気にすんな。俺様としちゃあ不思議に思ってたことの理由がわかってむしろスッキリした気分だぜ」

「そう言ってもらうと助かるよ」


 僕らはそう言って苦笑し合うと、これからの交易方針について再度確認してから皆それぞれ今日の仕事へ戻っていった。


「レスト様」


 それぞれが食堂兼会議室を出て行く中、一人残ったエストリアが僕に声を掛けてくる。

 僕がいない間、彼女は一人で畑の記録を続けてくれていたのだ。


「記録帳かい?」

「はい。まだそれほど変化はありませんけど」

「そりゃまぁ数日だからね」


 僕はエストリアから受け取った記録帳に目を落としながら答える。

 彼女の読みやすい文字からは今のところ作物の成長の変化は感じ取れない。


「このまま全ての作物が順調に育ってくれれば言うこと無しなんだけどね」

「そうですね。でもこの島ならそんな素晴らしいことが起こっても不思議とは思いませんわ」


 その言葉に僕は僅かに肩を竦めて答えると。


「それでエストリア。他にも何か用があるんじゃ無いか?」


 そうでなければ全員が出ていった後に声を掛けてくるとは思えない。

 別にノートのことだけならいつでも渡せたはずだ。


「帰ってきたばかりでお疲れだとは思うのですけど、今日の夜『星見会』をしませんか?」

「また急だね」

「やっぱりまた日を改めた方がいいですよね……」


 エストリアの耳がしょんぼりと項垂れる。

 獣人族は感情がすぐに耳や尻尾に表れるのが美点であり欠点でもある。


「別に僕は構わないよ。なんたって船の上で十分休んだからね」


 実際船の操縦や方向の確認もギルガスとキエダが全てやってくれていた。

 というか素人である僕の出番が無かったというのが本当なのだが。


「ではいつもの時間でよろしいですか?」

「ああ。それで今夜は何人くらいで星見会をする予定なんだい? まさか拠点にいる全員ってことは無いよね?」


 いくら星見の塔の最上階は最近色々手を加えてそれなりに広くなっているとは言っても全員集まれるほど広くは無い。


「……私たちだけです」

「えっ」

「今夜は私とレスト様の二人だけで星見会をしたいって皆には言ってあるんです」


 目を反らしながらそう答えたエストリアの頭に僕の視線は引き寄せられる。

 なぜなら彼女の耳がしきりに左右に動きながらパタパタと揺れていたからである。


「ダメ……でしょうか?」

「いや、ダメなんかじゃ無いよ」

「良かった」


 心底ホッとした様に胸に手を当てるエストリアに僕は微笑みかける。


「最近はずっと皆で星見会をしていたからね。わいわい楽しいのもいいけど、たまには静かに星を見るのも悪くないかなって僕も思ってたんだ」

「そうでしたか。でしたらちょうど良かったのですね」


 嬉しそうに耳を動かしながらエストリアも笑う。

 しかし何故彼女は突然二人だけで星見会をしようと言い出したのだろうか。

 たしかにここのところは二人だけでの星見会はしていない。

 だけどそれを不満に思っている様子は今まで無かったというのに。


「レスト様はこれからまだ執務室でお仕事があるんですよね?」

「今回仕入れたものの記帳とか色々とね。僕は数字とか余り得意じゃ無いんだけど他に任せられる人もいないしね」


 一応キエダやテリーヌも出来るが二人には今別の仕事があって忙しいので僕がやることになっていた。


「でしたら今日も畑の記録は私がやっておきますね」

「助かるよ」

「コレが私のお仕事ですから気にしないでください。それじゃあまた夕方に」


 そう言って耳を揺らすエストリアに僕は記録帳を手渡し。


「ああ、楽しみにしてる」


 と笑顔で応えたのだった。


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