第124話 商業カード
何度かオミナには来ているが、今までこの街で食べた料理の中で一番美味しいものを食べることが出来た満足感で足取り軽く部屋の扉を開けた。
「レスト様、お帰りなさいませですぞ」
「あれ? もう帰ってきたの?」
「彼奴も私も忙しい身ですからな。それに今日中に色々やっておかなければならないこともございましたし」
そう言ってキエダは一枚のカードを取り出した。
薄らと銀色に輝くそれを僕は見たことがある。
「冒険者カード?」
それは冒険者として冒険者ギルドに登録した証として渡されるカードである。
薄くミスリルでコーティングされたカードには改変不可能な魔術式が刻まれていて、特殊な方法で持ち主のいくつかの情報が刻み込まれている。
ぱっと見では薄く小さな板に紋様が刻まれているだけに見えるが、冒険者ギルドでも資格を持った者以外は操作できない魔道具を使うことで中身の参照や変更が可能らしい。
「違います。これは商業カードですぞ」
キエダはそう言ってもう一枚同じようなカードを取り出すと二つを並べてみせる。
うす銀色のカードが二枚。
後から取り出したカードは最初に置かれていたものに比べてかなり古く、傷も付いていた。
「こちらが私の冒険者カードですぞ」
「古さ以外に違いがわからないんだけど。というかまだ持ってたんだ」
「身分証代わりに使えて便利なのです。それはそれとしてよく見るとわかるはずですぞ」
よく見ろって言われても。
僕は二つのカードを手に取り表と裏をじっくり見比べた。
すると薄らと表面に刻み込まれている紋様が違う事に気がついた。
「模様が違う?」
「商業ギルドと冒険者ギルド、それぞれの紋章が刻まれているのですぞ」
「これじゃわかんないよ」
僕は二枚のカードをテーブルの上に戻しながらぼやく。
言われてみれば確かに模様は違う。
だけどそれ以外は全く同じものにしか見えない。
「とりあえずこれが商業カードだということはわかったけど、これがどうかしたの?」
「これは商業ギルドを通して商売をする場合に必須のものでしてな。ディアールを急かして急いで作って貰ったのですぞ」
「えっ……飲み屋に行ってたんじゃないの?」
てっきりディアールと二人で昔話に花を咲かせているのだと思っていたが。
キエダの性格をすっかり忘れていた。
まぁ、ディアールもキエダのことはよく知っているだろうし、きっとやれやれと思いながら作ってくれたのだろうけど。
「きちんとその後に飲みに行きましたぞ。ディアールはああ見えて仕事は出来る男ですからな。私の指示通りにカイエル公国の口座も準備して貰いましたしな」
「口座って……」
「交易をするためには入出金の口座は必須ですぞ?」
「わかってるけど王国側にバレたりしないのかなって」
「相手が国であっても顧客情報は簡単に漏らさないというのが商業ギルドの掟ですから安心してよいですぞ」
商業ギルドは各国、各街に支部を持つ国際的なギルドだ。
同じく冒険者ギルドもそうなのだが、あくまで国というものから独立した存在である。
その始まりはとんでもなく古く、古から商売をする人々を守り続けてきたらしい。
「国もギルドには手出しできませんからな」
「たしか昔、東大陸にあった大国が二大ギルドを潰そうとしたら物流も人の流れも全て止められて逆に潰されたんだっけ」
クレイジア学園で学んだ世界史。
その中でも大きく取り上げられていたのを思い出した。
「ですので二大ギルドは顧客を売る様なことはしません。もちろん犯罪を行った商人や冒険者に関しては別ですがな」
「その二つは無かったがドワーフの国にも鍛冶師ギルドというのはあったな。そこまでの力は持っておらなんだがな」
ギルガスが感心した様に呟く。
さすがにドワーフの国には二大ギルドは存在していないらしい。
たぶんエルフの国にも無さそうだが。
とにかくこの商業カードを使えば交易の時の金銭の授受は安心だ。
そうで無ければ重い硬貨を大量に持ち歩くことになっていたかもしれない。
「貰ったお金を素材化で素材にして、使うときに必要な分だけクラフトするってのも考えたけど、それって違法だよね?」
「当たり前ですぞ。素材の価値で硬貨の価値が決まるとは言え、硬貨鋳造というのは勝手に行ってはいけませんからな」
「だよね」
「もしそんなことをすれば商業ギルドから追放されてしまいますぞ」
危ない危ない。
僕は内心「やらなくて良かった」と胸をなで下ろしながらカードをもう一度手に取る。
薄い小さなこのカードが僕たちの命綱だ。
「因みにそのカードを使うためにはレスト様の承認が必要になります」
「そんな機能もあるんだ」
「はい。今は失われた古代の魔道具技術らしいですな」
「失われたのに使えるんだ……」
「作り方と使い方は伝わっておるのです。ただ『なぜ動いているのか』という仕組みがわからないというだけで」
それって大丈夫なのか。
一抹の不安を感じる。
「ふむ。それで魔制石の取引の支払いはどうすればいいのだ?」
「そうですな。あちら様にある商業ギルドへ支払い申請をして貰って、こちらから送金という形になるでしょう」
「なるほどな。それではトリストスの領主にはそう伝えよう」
トリストスか。
旧カイエル領は今は隣領だったトリストス領の一部となっている。
アリシアの話だと領主のウィル=トリストスは名君で、吸収された形の元カイエル領住民も以前と変らない生活を送れているらしい。
「ギルガスさん、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「その交渉に僕も同行させてください」
「かまわんが、何故だ? ここからでは急いでも片道十日はかかってしまうぞ」
大事なこの時期に合計二十日も島を離れるのは問題だということは僕も理解している。
だけど僕は一度見てみたい。
母が生まれ育ったカイエル領の姿を。
「これから本格的な国作りが始まってしまえば僕はそんな長い間島を離れることは出来なくなると思うんだ。だからまだ余裕のある今のうちに一度だけでも母のふるさとを見ておきたくてさ」
「レスト様……」
「なるほどな。確かに行けるとしたら今しか無いかもしれん。しかし島の皆にはちゃんと説明はしておくんだぞ」
「もちろんするよ」
僕はそう応えてキエダの方を見る。
「それと僕がいない間のことはキエダに任せるつもりだけどいいかな?」
「出来れば私も同行すべきなのでしょうが致し方ありませんな。レスト様がいない間のことはおまかせくださいですぞ」
もしかするとキエダも母のふるさとを見てみたいのかもしれない。
きっと母からふるさとの話を沢山聞かされていただろう。
だけど僕と彼の二人が共に島を留守にする訳には行かない。
なので僕は思う。
いつか国作りが安定したら彼に母のふるさとへ行くための休暇を出してあげようと。
それがいつになるかはわからないけど、いつかきっと。
「それでは明日の買い出しについてですが――」
そうして僕たちは翌日、島に帰る前にやるべき買い出しについて再確認をし、しばしの雑談の後それぞれのベッドで横になる。
港町の夜は早く、宿の外からも人の声は聞こえない。
動物や魔物の鳴き声もしない、島とは違う静寂。
島に付いてしばらくは五月蠅くも思っていたそれが今は自然になっているのだなと僕は思いつつ意識を沈めていくのだった。
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