第122話 裏市場
「裏市場ですか?」
「ええ、そうです」
裏市場という言葉の黒さが僕に返事を躊躇わせた。
どう考えてもそれはまともな市場とは思えない。
「あっと勘違いせんといてください。『裏』とは言ってますけど違法なものを扱う場所やないんです」
「そうなの?」
「まずはその説明からすべきですぞディアール」
横合いからキエダが批難めいた忠告を口にする。
「確かにそうですな。ではまず先に裏市場の説明をさせてもらいまっさ」
ディアールは口の端に笑みを貼り付けてそう言うと裏市場について教えてくれた。
「まず闇市場と言われとりますが実際はそんな黒いもんやあらしまへん。ただ一般人は入れへんけどね」
闇市場に出入り出来るのは貴族や大富豪、大商人と関係者のみである。
これは取り扱われる商品に理由があった。
「貴族はんの持ち物ってのは高級品や芸術品ばかりでっしゃろ? せやけどそういうものを普通の市場に流すっちゅーんはあの手の人らは嫌うんですわ」
「どうして?」
「レスト様は貴族やからわかるんちゃいます? あの人らは世間体っちゅーもんに異常にこだわりますやろ?」
そんな彼らは、例え不要になった品であっても一般市場にその貴族の名で売りに出すということをしたくないらしい。
そんなことをすればその貴族は金に困っていると思われるかも知れないからだ。
「まぁ実際は金策で売る人がほとんどなんやけどな」
そう一笑してディアールは話を続ける。
「そういうわけで貴族や金持ちが自分たちの持ち物を自分たちの名前を明かさず金にする市場が欲しいってんで出来たのが闇市場ちゅーわけですわ」
「それって商業ギルドがやってるんですか?」
「もちろん。そういうものはきっちりと管理運営しとかんと大きな本当の『闇市場』が生まれてしまうさかいな」
「本当の……」
「せや。盗品や人身売買、危険な魔道具や薬。そんなもんが貴族が関係するところで取引されてもうたら色々とやっかいなことになるさかいな」
とは言っても現実はそういった本物の闇市場は存在するとディアールは言う。
そういうものは潰しても潰してもまた作られるが、それを大きなものにしないことが重要なのだそうだ。
「言い方おかしいけど正常な裏市場をきっちり運営しておけば、持ちつ持たれつで結果的に有力者と商業ギルドとの結びつきは強固になるってことですわ」
裏市場の決まりは『売主』と『買主』の情報はお互い非公開であること。
商業ギルドで選ぶ抜かれたギルド職員がそれぞれの代理人として市場で取引を行うことでそれを実現している。
しかしそのために取引に時間がかかってしまうのは仕方が無いことだろう。
「つまりその裏市場で島から算出されるものを売ると言う訳ですね」
「そういうことですわ。それなら出所を探そうとしても簡単には行きまへんから。その代わり手数料はそれなりにお高くなっとります」
「というと?」
「裏市場で売った場合、売主に入ってくるのは表市場の7割ほど。つまり3割は手数料とか色々なものに取られてしまうんですわ」
なるほど。
先ほどから聞いている裏市場の仕組みでは3割の手数料がかかるのもわかる気がする。
しかし3割か。
なかなかにキツい数字ではある。
だけど今の僕らには他の選択肢は残されていないだろう。
「3割取られるのがキツいのはわかりま。せやけど――」
「それで構わないよ」
「――これが最善手やと……ええんでっか?」
僕が難色を示すとでも思っていたのだろう。
あっさりと許可を出したことにディアールはぽかんと口を開けて僕の顔を見ていた。
「それでどれくらいの量なら捌けますか?」
「あっ……えっと……せやね……」
バタバタと取り出したメモのページを慌ててめくるディアール。
「とりあえず一年でこれくらいですやろか」
メモを一枚切り取って、ディアールはそこに数字をさらさらっと書き付ける。
僕とギルガス、そしてキエダはそれを見て「これだけか」と溜息をついた。
そこに書かれていたのはギルガスの名で流通させる量の五倍程度だったからである。
「せめてアレの純度が半分くらいのもんやったらどれだけでも流通させられますんやけどな。あそこまで行くとさすがに大量に出品すれば、いくら裏市場でも危険やとおもいます」
「ですな。レスト様、今はこの程度で我慢しておきましょう」
キエダが顎髭を撫でながらそう言うとディアールが大きく頷く。
確かに今はまだ無理をする時期じゃ無い。
そもそも既に表の流通分で得られる予定の資金でも当面資金には困らないほどになるわけで。
その7割とはいえ五倍の金額が足されると考えれば文句は無い。
「それじゃあこれでお願いします」
「まかせてください。そうと決まったら善は急げや」
慌ただしくディアールは立ち上がると奥の机の引き出しから書類とペンを取り出して来て僕の目の前に置いた。
「では改めてレスト様。裏市場での取引に対する委任状にサインをお願いできますか?」
彼の言葉に僕は小さく頷くと、書類に書かれた文面を人通りよんで確認する。
既にディアールのサインは記されていて、あと僕がサインすれば歓声だ。
一応キエダにも読んでもらい問題が無いことを確認してから、テーブルの上のペンでサインを書く。
これで契約は成立だ。
「えっ」
なんとかここに来た目的を達成出来たことにホッとしていると、テーブルの上の書類から文字が消えていくではないか。
「裏市場に関わる取引ですからね。書類も普通の紙とペンじゃないんですわ」
「でも消えちゃったら意味ないのでは?」
「大丈夫。契約者がこの紙を持って見える様に念じれば――ほら、文字が元通り見える様に」
「ほんとだ。これも魔道具だったんですね」
「そういうことや。ほな、後は任せてもろてよろしいですやろか?」
「おまかせします。それで賞品の方はいつ持って来たら良いですか?」
「せやねぇ……裏市場が次開かれるまではまだ時間があるんで、二十日以内に届けてもろたらええですわ」
そう言いながらディアールは満面の笑顔で僕に向かって右手を差し出してきた。
僕はもう一度お願いしますと口にするとその手を堅く握り返したのだった。
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