第121話 取引をしよう!

「初めましてレストです」

「これはこれはご丁寧に。オミナ商業ギルド長をさせてもろてますディアールです。お噂はキエダの方からかねがね聞いとりますわ」

「いったいどんな噂か気になりますね」


 オミナの港からほど近い場所にある商業ギルドの応接室で、僕たちはディアールとの交渉の席に着いていた。

 キエダの同僚冒険者だったと聞いていたのに思っていた以上に若い見た目の彼に最初驚いたものの、話を聞いてみるとキエダより十歳ほど若いらしい。

 元々孤児で、キエダの荷物を盗もうとしたことが出会いの切っ掛けだったとか。


「ギルガスだ」

「おお、貴方が最近この街に良く顔を出すっちゅうドワーフ族の方ですか」

「噂にでもなっているのか?」

「そりゃもう。ドワーフ族が一時的とは言え住む街はその恩恵でかなりの稼げるちゅうのは大陸中の常識やさかいなぁ」


 なかなか歯に衣着せない男だ。

 しかもキエダから聞いていたとおり西方訛りがかなり強い。

 だけどどうやらギルガスはそれを気に入った様で。


「ふはははっ。確かにワシら以外のドワーフが来ていればこの街も一儲けできたかもしれんな」


 と豪快に笑って二人は熱い握手を交した。

 僕には理解出来なかったけれど、もしかするとディアールはドワーフ族の気性を知った上で話をしているのでは無いだろうか。


「キエダさんも久しぶりでんな。王都以来ですかねぇ」

「そうですな。まさかお前がこんな所にいるとは思わなかったですぞ」

「私もキエダさんがこんな南の僻地にいるなんて思いもしやへんでしたわ。聞いてた話じゃあ北の紛争地帯に近い領地に向かったっちゅう話やったし」


 確かに本当であればその予定だった。

 だけどレリーナのおかげで僕はあの島に島流しにされてしまった。

 今となればそのおかげで色々な人たちと出会えたから恨みは無いけれど。


「どこでその話を?」

「商売人にとって情報は命や。大貴族の元跡取りがどこへ行きよったかなんて情報は嫌でも耳に飛び込んで来ますわ」

「その割には情報が間違ってましたな」

「ギルドの幹部が直々に情報操作してる見たいやったさかい。私もすっかり信じ込んでしもうてましてなぁ」


 レリーザの息がかかった者が商業ギルドの幹部にいる。

 そんな重要な情報をさらっとディアールは口にした。


「まぁ、そいつは既に私と同じように地方へ飛ばされよりましたけどな」


 僅かに口角を上げそう応えるディアールの顔に、僕は僅かに悪寒を覚えてしまう。

 彼がこの地へ飛ばされたのは、もしかしてその幹部を――


「ディアール。本性が出ておりますぞ」

「おっとすんまへんな。言うてキエダさんの前では取り繕ってもしゃーないっしょ?」


 肩を竦めて応えるディアールの顔からは、先ほど一瞬感じた様な妙な怖さは消えていた。

 しかしキエダの言葉からすると彼の本性はあちらの様だ。

 本当にこの人と取引しても良いのだろうか。


「キエダさんとの積もる話はまた後で酒場でするとして、どうぞお掛けください」


 僕のそんな不安をよそに誠実そうな笑顔でディアールが僕たちに座る様に勧めた。

 応接室のソファーは、辺境とは言えさすが商業ギルドと言えるような立派なもので。

 彼の対面に僕とギルガスが座り、その横にキエダが立つ。


「おや、キエダさんは座らんのですか?」

「私はレスト様の臣下ですからな。臣下が座る訳にはいかんですぞ」

「ははっ。キエダさんは本当にそういう所は昔から変らへんなぁ」


 キエダの頑固さを知っているのだろう。

 ディアールは無理強いせずにそれだけ口にすると僕の方へ目線を移した。


「それでは時間も無いことですし、早速本題に入りましょか。と、その前に」


 ディアールは中央のテーブルの上に置かれた四角い箱に手を伸ばすと、その上部を軽く叩いた。

 その箱のことは僕も知っていた。


「防音の魔道具ってやつですわ。これでこの部屋の中の話し声は一切外には漏れしまへん」


部屋の壁に沿って音を遮断する結界を張ることで外部へ会話を漏らさない様にする。

 貴族たちが秘密裏の話をするときによく使われていた魔道具だ.


 しかし欠陥という訳では無いが弱点もある。

 それは結界を張った部屋の中に既に入り込んでいる者には効果が無いということだ。

 なのでエルなどは結界が張られる前に先に侵入して身を隠し情報を奪ってくるのだが。


「安心してください。賊が部屋の中に先に入り込んで隠れていることはありまへんわ」

「はははっ」


 まるで僕の思考を読んだかのような言葉に僕は思わず乾いた笑いを漏らすしか無い。


「さっさと本題に入るのですぞ」

「そんなに急かさんといてくださいよ。せっかちなんやから、もう」


 ディアールは笑いながら一枚の書類をテーブルの上に置く。


「今日ギルガスさんに同行願った理由の一つがこの売買契約書ですわ」

「ほう。ワシとお主の間に売買契約を結ぶのか」

「ええ。キエダさんから先ほど島から採れたっちゅう赤崖石せきがいせきと光石を見せて貰いましてな。やっぱりギルガス様の力が必要だと再確認した次第で」


 ディアールは「といってもこれは早々使える手ではないんやけども」と前置きして。


「あれほどの鉱物資源ともなると、王都の商業ギルド本部にいた私でも殆ど――いや、一度も見たことが無い代物なんですわ。光石の方もなかなかええもんでしたが、特に赤崖石せきがいせきの純度は誰も見たこと無い位のもんや」

「たしかに島の赤崖石せきがいせきにはキエダもかなり驚いていたね」

「そういうことで誰もがその出所を探ろうとするはずや思うてね」

「それは困ります」

「聞いとります。せやつうことで今回このような書類を用意したって訳ですわ」


 ディアールがテーブルの上の売買契約書を持ち上げて僕とギルガスに向けた。

 そして何やら大量の文字が書かれているその書類の一点を指で指し示す。


赤崖石せきがいせき売買契約書?」

「はい。今回正規ルートでの売買についてはギルガスさんが持ち込んだものとして処理させていただきたいんやけどいかがでっしゃろ?」

「ワシがか?」

「ええ。この国に置いてドワーフという存在は別格の意味を持ってることは周知の事実。未知の技術を持ち伝説級の武具を作り上げ国や領地に富をもたらす者。逆にその機嫌を損ねることがあれば二度とドワーフたちはその地に富をもたらすことは無くなると」


 つまりディアールはこう言いたいのだろう。

 赤崖石せきがいせきを持ち込み売ったのがドワーフ族であるなら、見たことも無い純度の鉱石でも不思議では無い。

 そしてある意味聖域ともいえるドワーフには誰も手出しすることは出来ないだろうと。


「私は突然持ち込まれた赤崖石せきがいせきをドワーフ族の機嫌を損ねない様に正しい値段で・・・・・・買い取りさせてもろただけ……ちゅーことになりますな」


 最近オミナの街に現れていたドワーフが、手持ちの赤崖石せきがいせきを売りに来たということにすれば、ドワーフに異常な信仰にちかいものをもつこの国の人たちは赤崖石せきがいせきの出所に疑いすら持たない。

 ドワーフの国についてはドワーフたち以外は殆ど誰もしならない。

 なのでそこで採れた赤崖石せきがいせきだと誰もが思い込むだろう。


「これで当面の資金は確保出来るはずです。なんせあの純度の赤崖石せきがいせきやからね。光石と合わせれば大体これくらいにはなるやろ思います」


 ディアールはそう口にしながらメモ用紙に数字を書く。

 その桁数は僕の想像を二桁も上回っていて、思わず息が詰まる。


「交渉次第なのではっきりした金額は言い切れへんのですわ。そもそもあれ程の赤崖石せきがいせきは市場に出たことも無いんちゃうかと」

「その交渉はディアールさんがやってくれると言うことですか?」

「直接私がする訳ではあらへんのです。何せ私はギルド職員ですからね、あくまで窓口としてしか動けへんので。せやけど信頼できる商人に必ず任せますから安心しといてください」


 商業ギルドとの付き合いは僕には無い。

 なのでどういう仕組みで運営されているのかも知らなかった。


 てっきりギルドの職員が直接買い取りや交渉役をするのだと思っていたのだが勘違いだったようだ。


「と、ここまでは表の話でや」

「表?」


 ディアールは口の端になんとも言えない胡散臭い笑みを浮かべて、手を一度打ち鳴らしてから大きく広げ。


「ここから先は完全に私と皆さんだけの秘密の商談と言うことですわ」


 と、大袈裟な身振りで告げた。


「えっ」

「単刀直入に言わせてもらいます。貴方の国の希少品を裏市場に流させていただいてもかまいまへんか?」


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