第114話 カヌーン先生放浪記

 医務室のベッドの上で一人の女性が上半身を起してけだるそうにあくびをしている。


 彼女の名前はカヌーン。

 魔族の女性で僕の学生時代の恩師で――


「ここがお主の国かえ?」

「そうです先生。お待ちしてました」


 僕が紹介状を送った人物の内の一人である。


「といってもまだ殆ど人はいませんし、街もこれから作っていく所なんですけど」

「それでよく国を名乗れたもんじゃわい」


 カヌーンはやれやれといった風にそう言うと僕の傍らに控えていたキエダに目を向ける。

 トンネルの中で倒れていた彼女を見つけて連れてきたキエダに何か一言いいたいのだろうか。


「久しいのうキエダの坊や。お主がレストの執事をしていることは聞いておったが、学園でも一度も顔を見せんかったから本当かどうか疑ってしもうたわ」

「……はぁ……坊やは止めていただきたいですな。だから会いたくは無かったというのに」

「はははっ、たしかに今の髭もじゃジジイの姿では坊やは似合わんのう」


 驚いたことにカヌーンとキエダは知り合いだったらしい。

 しかもキエダはどうも彼女のことを避けていたようだ。

 どうりて学園に迎えに来たときも中に入ろうとしなかったわけだ。


「もしかして先生を呼んじゃ不味かったかな?」


 僕は恐る恐るキエダに尋ねる。


「知っていれば止めたかも知れませんが、来てしまった以上は仕方がないでしょう」

「はははは。そう邪険にするでない。お主と我の仲ではないか」

「……それはもう昔の話ですぞ」


 いったい二人はどんな仲だったのだろうか。

 とても気になるが今はカヌーンの体の方が心配だ。


「テリーヌ」

「はい。今メディカルで診させてもらいましたけど、少し栄養失調気味ではありますが体には異常はありませんわね」

「そっか、よかった。というか栄養失調って……何があったんですか?」


 テリーヌの言葉にホッとしながら僕はカヌーンの顔に視線を移動させる。

 確かに前にあったときよりやつれては見えるが、顔に浮んでるいつものニヤニヤ笑いからは先ほどまで行き倒れて意識を失っていた人物とは思えないほど健康そうだ。


「いや、なに。この島に来るときにちょいと魔力を使いすぎてな」

「そういえば先生はどうやってここに来たんですか? オミナに迎えに行くってエルには言っておいたはずなんですけど」


 現在エルドバ島から一番近い場所にある港街オミナには定期的に買い出し部隊が出かけている。

 目立たない程度の買い出しなので大量に物資を買う訳にもいかないが、この島で手に入れられないものはそこで買うしか無いのでしかたがない。


 なのでエルを通じて僕が連絡を入れた人たちにはオミナの指定した宿屋で買い出し部隊が行くのを待っていて貰う手はずだった。


 ちなみにその宿屋には前金で客人が来た場合の宿泊費と食事代を二十日分は渡してあるのでお金もいらない。


「紹介状を無くしてしもうてな」

「無くしたぁ!?」


 僕が送った手紙には手紙以外に宿への紹介状も同封してあった。

 宿についてそれを見せれば僕たちの客として泊まれる手はずだったのだが、カヌーンはそれを無くしてしまったらしい。


「泊まる宿の名前もそれに書いてあったはずじゃがどこの宿かもわからんでな。港に着いたはいいがどうしようかと困り果てていたんじゃ」

「はぁ」

「船乗りに船をだして貰おうにも金は旅費で全て使い果たしてしもうておったし、同じ理由で宿にもとまれん」

「野宿でもしていればよかったのですぞ」


 キエダが、彼にしては珍しく辛辣な言葉を放つ。

 だがカヌーンはそれを意に介せずニヤニヤ笑うと。


「キエダよ。ディアールを覚えているかえ?」

「勿論ですぞ。私の冒険者時代の仲間で橋愛好家の同志ですからな。最近は連絡を取れていませんが、今は王都の商業ギルドで働いているはずですぞ」


 キエダの橋好き仲間の名前は初めて聞いた。

 実在していたのか。


「ディアールがどうかしましたかな?」

「それがな、港で困っていたらいきなり声を掛けられてな。いつものナンパかと思うたらディアールの奴でな」

「なんですって! なぜ奴がオミナに」


 どうやらディアールという人物がオミナに来ているということはキエダも知らなかったらしい。

 となるとその人物がやって来たのは最近の話だろうか。

 ここのところ建国と開拓で忙しく、買い出し部隊にキエダは同行していなかった。


 護衛だけならドワーフの誰かが付いていれば問題は無いのでテリーヌかアグニとドワーフ三人衆の内二人が出かけることが多い。

 彼らはそこいらの冒険者より強いので二人いれば余程のことがあっても対処出来る。


「王都で何やらやらかしたらしくてな。左遷されたそうじゃぞ」


 ぎゃははと笑いながら伸ばした膝を布団の上から叩くカヌーン。

 一方そんな話を聞かされたキエダの顔は予想に反して嬉しそうで。


「つまり今ディアールはオミナの商業ギルドに居ると言うことですな?」


 と、身を乗り出す。


「なんじゃ。面白く無い反応じゃの。まぁよい、そういうことじゃ。一応やらかしたとは言え王都ギルドで結構な地位にいたらしくてな。オミナの商業ギルド長になっているらしい」


 代わりに元オミナ商業ギルド長は王都に近い街へ栄転したという。

 しかし一体どんなやらかしをすれば王都からオミナなんていう辺境の港町まで飛ばされるのか……。


「レスト様」

「なんだい?」

「次の買い出しの時には私もオミナに行きますが良いですかな?」

「かまわないけど何しに行くの」

「彼奴がギルド長であるならこの島との交易にも色々融通が利くかも知れないとおもいましてな」


 なるほどそういうことか。

 もしオミナとの交易が王都にバレない様に出来るのであれば今までちょっとずつ『買い出し』するしかなかったものを『輸入』という形で多く手に入れられるようになる。


「キエダもずいぶんと悪知恵が働く様になったもんじゃな。昔は純粋無垢で目をキラキラさせた若者じゃったというのに」

「昔は昔、今は今ですぞ」


 本当にこの二人の間に何があったんだろう。

 気になるが今聞いてもきっとキエダに邪魔されるだろう。

 だからそれについては後でこっそり聞かせて貰うとして。


「それでディアールさんと会ったのならお金を借りて宿で待っていてくれればよかったのに」

「我もそうしようと思ったんじゃがついそのまま酒場で昔話に盛り上がってしまってのう」


 夜遅くまで飲んだ後、嫁に叱られると慌てて勘定だけして店を出て行ったディアールにカヌーンはお金を借りることをすっかり忘れていたらしい。


「それで仕方なくフラフラと店を出たらちょうど船乗りだという男に声を掛けられてのう。話テイル内に『俺様がエルドバ島に連れてってやる』とか言い出してな。その男の船に乗って港を出て――」


 その人に送って貰ったのか。

 そう思った僕だったが。


「暫く海の上を魔導スクリュー付きの船で進んで港が見えなくなったころじゃったかな。突然男が我に襲いかかってきてなぁ」


 続く彼女の話は僕の考えが甘すぎたことを教えてくれたのだった。


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