第115話 魔族の約束

「だ、大丈夫だったんですか!」

「あたりまえじゃ。ああいう輩には成れておるからの。なぁキエダよ」

「いちいち私に話を振らないで貰えますかな。それとまさかその男相手にサキュバスのスキルを使った訳では無いでしょうな?」

「わっはっは。我ほど魅力的な女ならスキルなど使わずとも男など寄ってくるわ! お主なら身をもって知っておろうに」


 ニヤニヤとした目で見られてキエダが口ごもる。


 カヌーン先生の種族は魔族。

 その中のサキュバス族という一族だ。


「それでどうしたんです?」

「レスト。お主相変わらずノリが悪いのう。まぁよいじゃろ」


 突然襲われたカヌーンだったが、サキュバス族にとってはそういうことは慣れたもの。

 それどころか本来は逆にサキュバス族が男を襲うことの方が多いと聞く。

 といっても彼女はそのサキュバス族の中でもかなり異端で、自分からサキュバスの力を使って男を誘うことは無い……と言っていた。


「島の場所はとっくに聞き出しておったからな。そこからは空を飛んでここまでやって来たというわけじゃ。ただ思ったより遠くてな、桟橋にたどり着いた時はかなり魔力を消耗しておった」


 ふらふらになりながらもトンネルに入ったもののなんせあのトンネルは長い上にずっと登り坂である。

 休憩場所も幾つも用意してあるのだが、今はまだ正式にどこかと国交を結んだ訳でも貿易をしている訳でも無いため身内しか利用していない。

 しかも普段はコーカ鳥たちやファルシに載って一気に上り下りするために休憩所は最初に僕が適当にクリエイトしたままで、補給物資も何もおかれていないのだ。

 なので食料を手に入れることも出来なかったに違いない。


「それでまぁ気がついたらここで寝ておったというわけじゃ」

「もし男の言ってた島の場所が間違ってたらどうするつもりだったんですか」


 結果的にたどり着けたからよかったものの無茶が過ぎる。


「すまんすまん。それよりもさっきからえらい美味そうな臭いがしてくるのじゃが?」


 鼻をひくつかせるカヌーンにテリーヌが答える。


「今日は少し特別な催しがあったので豪華な食事を準備していたんです」

「ほほう。それは良いときに来たのじゃ」

「先生は療養食の方が……」

「大丈夫じゃ。我が倒れたのは腹が減ったせいじゃなく魔力切れが原因じゃったからの」


 そう言ってぴょんっと勢いよくベッドから飛び降りたカヌーンはその場で何やら不思議な踊りを踊ってみせる。

 何故だか体の中の魔力が吸われていくような感覚を覚えたが、もしかしてこれがサキュバスのスキルなのだろうか。


「どうじゃ? 元気じゃろ?」

「え、ええ。そうですね」


 ドヤ顔の彼女に僕はかろうじてそう応えるとテリーヌに「一人分追加出来る?」と尋ねた。


「はい。今日はビュッフェ形式ですので問題ないと思います。それではカヌーン様も大丈夫そうですし、私もキッチンの手伝いに行って参りますね」

「忙しいのにすまないね」

「いいえ。これが私の仕事ですから」


 癒やされる笑顔を残して僕はテリーヌを見送る。

 これで医務室には僕とキエダ、そしてカヌーンしかいなくなった。


「さてと、おふざけはここまでにしてじゃ」


 とすんとベッドに腰を下ろしたカヌーンの顔が真剣になる。


「お主、本当に国を造るつもりか?」

「はい」

「即答か。ということは既に腹は決めておるのじゃな」


 星見の塔で奥はエストリアと星に誓った。

 それまでは漫然と流されるままに国を作るということを考えていた所もあった。


 もしカヌーンの質問があの日までの僕に投げかけられていたら即答なんて出来なかっただろう。

 だけど僕はもう決めたのだ。

 ここに。

 この島に誰もが仲良く平和に暮らせる国を作るのだと。

 例えそれが夢物語だとしても僕はそれを目指す。


「学園にいた頃とは別人のような男の目をしておるな。もし昔のお主が今の様な目をしておったら我はあんな約束・・など軽々にしなかったであろうよ」

「契約ですと? いったいどんな契約をレスト様としたのですかなカヌーン」


 キエダの困惑した声にカヌーンは軽く笑う。


「ははっ、気色ばむな小僧。我はもし此奴が国を作る様なことがあれば手伝ってやると約束しただけじゃて」

「魔族の約束をそんな気軽に……年を取っても貴方の軽率さはかわりませんな」

「年を取ったとは聞き捨てならんな! 我はお主と出会った頃から今まで変らぬ美人のままじゃろうが!」

「つまり全く成長していないと。精神も昔のまま成長が止まっておるのですかな」

「貴様こそ外見だけジジイになっただけで中身は小僧のままではないか!」


 突然始まった罵り合いに僕は溜息をつく。

 しかし止める気は起こらなかった。


「大体最初に酒場で声を掛けて来たのはお主の方じゃったろう」

「若気の至りですぞ」

「我が誘いに乗ってやったら驚いて赤くなってな」

「ディアールと掛けてましたからな。声を掛けて振られるか振られないかを」

「それでお主は振られる方に掛けたのじゃな。自分に自信の無い男じゃな」

「ふんっ。私は振られない方にかけましたぞ」

「その割には慌てておったくせに」


 なぜなら二人の喧嘩は僕にはただの痴話喧嘩にしか思えなかったからである。


 話を聞いていると、どうやらこの二人は若かりし頃どこかの酒場で出会ってキエダから誘う形で付き合い始めたらしい。

 結局様々な要因が重なって二人は別れることになったが、今の二人を見るかぎり仲がわるくなって分れた訳ではない様だ。


「それじゃあ先生、今日はゆっくり休んでもらって明日からこの国のことを色々見てもらいますか?」


 しかしこのままでは埒があかない。

 なので二人の口喧嘩が途絶えた隙を見て言葉を挟む。


「んあ? そうじゃな、今日はもう遅いしさすがに我も疲れたのでな」

「先生の部屋も用意しておきますね。それじゃあキエダ、あとはよろしく」

「それなら私が部屋の準備を――」


 そう言いかけたキエダを手で制して。


「キエダは先生からディアール……さんだっけ? あの人のことをもう少し聞いておいてよ。それに部屋の内装は僕じゃないとクラフト出来ないしね」


 そう言い残し医務室を足早に出る。


 二人には積もる話もあるだろう。

 だからお邪魔虫である僕は一足先に退散させて貰うことにした。


「さてと。先生の部屋はどこがいいかな」


 屋敷の中には空き部屋がまだいくつもある。

 エストリアとヴァンの部屋も家の方に引っ越した今はもぬけの殻である。


「あっ、一階と二階どっちがいいかくらい聞いとけば良かったな」


 と言ってもいまさら医務室に戻れない。

 僕はとりあえず食事の後にでも聞こうと決めて、テリーヌたちの手伝いをすべく食堂へ足を向けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る