第113話 コーカ鳥レース大会 2

コーカ鳥レース後半戦のコースは前半戦より過酷である。


 スタート地点は一緒だが、今度は川ではなく僕たちが上陸してきた桟橋が折り返し地点になる。

 つまり拠点を出てトンネルへ入り桟橋までグネグネと長いトンネルを降りて桟橋を目指す。

 そして前半戦と同じくたすきを取って今度は上り坂を駆け上がるというコースになっている。


 上り下りの大変さもさることながら、トンネルの中は坂の先に百八十度カーブが毎回待ち構えているというコースなので直線でスピードを出しすぎると曲がりきれず壁にぶつかってしまうという危険性もある。

 一応前もってそれぞれのカーブの壁には緩衝材を貼り付けておいてあるが騎手たちにはヘルメットと肘や膝には簡易的なガードは付けて貰うことになっていた。


「ど、どうでしょう?」

「似合ってるんじゃないかな」

「喜んで良いのか複雑ですね」


 ヘルメットとガードを身につけたエストリアは、ヘルメットのせいで耳が押さえられているのが気持ち悪いのか、なんども位置を直していた。

 獣人族の身体能力なら必要ないかも知れないが、安全第一だと僕が全員付ける様にと決めたのだが彼女にとっては逆効果かもしれないと少し不安になってしまう。


「おーい。そろそろスタートするぞ」


 スタート地点でヴァンが呼ぶ。

 前半戦で勝ったせいかやる気満々だ。


「いまいきますよ。本当にあの子はまだまだ子供なんですから」

「しかたないさ。それよりも怪我だけはしない様にね」


 エストリアと共にスタート地点に向かうと既に全員が揃って準備をしていた。

 すでにコーカ鳥に乗っているのはヴァンだけだが、アグニもテリーヌも既にヘルメットとガードは身につけて、あとは乗り込むだけという姿だった。


「テリーヌ」

「あら、レスト様とエストリア様」


 僕らに向けて軽くお辞儀をするテリーヌを見て僕は呟く。


「本当に出るんだ」

「もちろんです。フランソワちゃんにどうしても自分に乗って欲しいって頼まれましたので」

「頼まれたって、フランソワの言葉がわかるの?」


 コリトコやトアリウトさんみたいにコーカ鳥の気持ちがわかるような力をテリーヌは持っているのだろうか。


「いえ、私はフランソワちゃんの言葉はわかりませんわ。でもこの鞍ですか。これを咥えて私に押しつけてくるのです」


 テリーヌが卵を取りに鶏舎に行く度にそんなことが最近ずっと繰り返されていたらしい。

 それでコリトコに話を聞いた所、どうやらフランソワがテリーヌに自分に乗ってレースに出て欲しいと思っている事を知ったという。


「テリーヌがフランソワに乗っているのは見たことあるけど、レースはあんなのんびりとしたものとは違うんだぞ」

「そうですよね。でもフランソワちゃんがそこまで私と出たいって言われたら断る訳にもいきませんでしょう?」


 テリーヌはそう言いながらフランソワの羽を撫でる。


『くわぁぁ』


 気持ちよさそうに目を細めて鳴くフランソワからはレース前の緊張感は一切感じない。

 もしかすると彼女はレースというよりテリーヌと外を散歩するくらいの気持ちなのかも知れない。


「それじゃあくれぐれも無茶しないように」

「はい。今回はキエダもコリトコちゃんも付いてきてくれますし大丈夫だとは思いますけど」


 後半戦はさっき言った様な危険がある意外にもう一つ問題があった。

 それはトンネルの中に入ってしまった後は星見の塔の上からでも様子がうかがえなくなってしまうということである。


 なので今回はキエダが母鳥に、コリトコがファルシに乗って併走することになっている。

 キエダがいつの間にあの気難しい母鳥を手懐けたのかと驚いたものだ。


 ちなみにいつまでも母鳥と呼ぶのも寂しいと言うことで彼女にも名前が付いた。

 その名は『ママトリアン』。

 名付け親はトアリウトである。


「とても気に入ったと言っている」


 トアリウトにそう『通訳』されては反論しようがなかった。

 実際ママトリアン自身もその名で呼ぶと『コケケッ』と返事をするのでトアリウトがあながち嘘を言っている訳でも無さそうではあるのだが。


「お前たち。準備が出来ているならさっさとスタート地点に来るがいい」

「もうキエダちゃんとコリトコちゃんは先にトンネルにいっちゃったわよん」


 レースの雑用係をしているオルフェリオス三世とジルリスがテリーヌとエストリアを呼びに来た。

 どうやらキエダたちは既にトンネルに向かった様だ。


「それじゃあ二人とも頑張って」

「はい」

「いってきますレスト様」


 小さく手を振ってスタート地点に向かう彼女たちを見送り、あとはスタートを待つだけとなった。

 既にスタート地点ではヴァンとアグニが睨み合っている。

 前半戦の最後の最後で抜かれたアグニの「今度は負けない」という気合いはビシビシつたわってくる。

 気合いが空回りしなければいいが。


「それでは第一回コーカ鳥レース 後半戦!」


 ヴァンとアグニの横にエストリアとテリーヌが、それぞれクロアシとフランソワに乗って並ぶ。

 その顔は真剣だ。


「スタートっ!!」


 パーン!


 ドワーフ製の大きな音が鳴るだけというおもちゃの音とともに後半戦が始まった。

 土煙を上げ拠点を出て行くコーカ鳥たちのお尻を見送ってから僕は休憩所へ向かう。


「まずは良いスタートを切ったのは今回もアレクトール、アグニ選手だぁ!」


 星見の塔から聞こえてくる実況を聞きながら休憩所に入ると、中ではギルガスが大口を開けて椅子に座ったまま眠っているだけで他には誰もいない。

 さっきの破裂音を聞いても目が覚めないということはよほど疲れているのだろう。


「帰ってきたのは昨日の夜だっけ」


 実はギルガスは昨日までリナロンテに乗ってウデラウ村に出かけていた。

 正確にはウデラウ村の秘密の入り江にだけど。


「何か見つかったのかな」


 秘密の入り江の話をギルガスとドワーフ三人衆にしたのは十日ほど前。

 光石を採取してこられればいい光源に成るのではないかという話をしていた時だった。

 暫く黙っていたギルガスが突然「その秘密の入り江とやらに行きたい。紹介状を書いてくれ」と言い出したのである。


 ギルガスには一度あの光石の天井を見てもらいたいと思っていた僕は一も二も無く頷いて早速ウデラウ村の村長へ向けて紹介状を書いた。

 今、あちらにはトアリウトもいるので招待状なんてなくても案内して貰えそうではあったが、一応礼儀としてだ。


 そして翌日。

 ギルガスはリナロンテに乗って空中回廊へ向かった。

 彼は長い放浪生活で馬に乗った経験もそれなりに豊富だったらしく、僕よりも余程乗馬が得意そうに見えた。


「そういえば昨日帰ってきてからまだろくに話もしてないな」


 今日がレース本番だったこともありバタバタしていてそれどころでは無かった。

 それに何か重要な話があるならギルガスの方から放しに来てくれたはずだ。

 なので大きな問題は起こらなかったのだろう。


「あっ、カイエル公」


 ギルガスを起さない様に少し離れた所に座って休憩していると、休憩室にレッサーエルフの若者が顔を出した。

 たしかシュエルという名前だったはずだ。


「カイエル公はやめてくれよシュエル」

「そうでした、レスト様。何か飲みますか?」

「君も休憩に来たんだろ? 自分の飲み物くらい自分で用意するから」


 今回のレースで色々な雑用を嫌な顔一つせずこなしてくれている彼らだ。

 休めるときに休んでおいて貰いたい。


 むしろ今日一番暇なのは自分なのだし。


「シュエル、私もハーリンに代わって貰って休憩に――カイエル公!」

「またか……」


 シュエルに続いて入ってきたのは彼の婚約者のエットだ。


 これはあれかな。

 レッサーエルフたち全員にちゃんと話をしておく必要があるな。


 僕は苦笑いを浮かべながら立ち上がると休憩所の隅に置いてある棚に飲み物を取りに向かった。

 そして中からアグニが用意してくれていた水筒がいくつか置いてあり、その中には紅茶や水、ナバーナで作ったジュースなどが入っている。


「エット、シュエル。君たちは何を飲む?」

「さすがにレスト様にそこまでして貰うわけには」

「いいからいいから。二人には休憩の後も頑張って貰わないといけないからね。これも君主の勤めだよ」


 僕がなるべく気を遣わせないように笑顔でそう言うと、硬い表情ながらおずおずと二人は応えてくれた。


「私はナバーナジュースを」

「自分は紅茶を頂けますか」

「了解。ちょっと座って待っててくれ」


 俺は紅茶とジュースの入った水筒を棚から取り出す。

 そしてコップを三つ近くのテーブルに載せると一つにジュース、残りの二つに紅茶を注いだ。


「レスト様も紅茶なんですね」

「僕は今日はあまり動いてないからね。紅茶で少し喉を潤せればそれでいいから」

「そういえばナバーナって栄養満点だってアグニさんが言ってました」

「たしかにこのジュースを飲むと力が湧いてくる気がします」


 二人の前にジュースと紅茶のカップを置いて話をする。

 段々と固さが取れ、話が弾みだす。


「私、こっちに来て良かったって最近よく思うんです」


 中身のほとんど無くなったコップに目を落としながらエットが口を開く。


「別に村での生活が嫌だったって訳じゃ無いんですけど。村では今までと同じことを今までと同じようにして生活して、それで生きていけたけど」

「刺激が足りなかった?」

「そう、それです。安定した生活っていうのも大事だと思うんですけど、レスト様と皆さんが村に来てから色々なことが起こって、今まで当たり前だったことが変っていって」


 全てが良いことでは無かったかもしれない。

 スレイダ病や聖獣様のこと。

 良くなったことも勿論ある。

 だけどそれまでの安定した生活を僕が壊してしまったのは間違いない。


「私、それが楽しかったんです」


 だけど曇りの無い笑顔でエッタに言われて僕は少し救われた気がした。

 たぶん彼女が変ったことで迷惑を掛けた人もいるかも知れない。

 彼女の両親は娘が村を出ることをどう思っただろう。

 僕を恨んでいるのではないだろうか。

 そんなネガティブな考えが浮んだ。


 そのことを聞いて見ると。


「両親どころか村中のみんなに『レスト様に恩返しするつもりでがんばってこい』って、むしろ背中を押されましたよ」


 今度はシュエルが苦笑いで応えた。

 別に僕は恩返しなんてして貰わなくてもいいんだけどな。


うちなんて『アンタはいつも無茶するから、むしろレスト様の所の方が安心だよ』って言われちゃった」

「無茶って……」


 エットはいったいウデラウ村でどんなことをしでかして来たんだろうか。

 僕は少し心配になってしまう。

 だけど彼女がこの拠点に来て問題を起したという話は聞かない。

 むしろレッサーエルフのリーダーのような立場でいつも先頭に立って仕事をしているくらいだ。


「こいつって男衆の狩りに交じって出て行こうとしたり、子供の頃なんて聖獣様の住処を探すんだって森の奥に一人で行こうとしてたんですよ。俺も何度か巻き込まれて魔物に追いかけられたこともあるんですから」

「それはまた、お転婆というか無謀というか」


 幼馴染として共に育ってきたシュエルの話に嘘は無いだろう。

 たしか彼はエットより一つ年下だったはずだ。

 子供の頃の一歳差はかなり大きい。

 きっと彼女に古文の様に引きずり回されていたに違いない。


「レスト様っ! 大変ですっ!!」


 そんな二人の意外な話を楽しく聞いていると。

 休憩所にレッサーエルフのウェイがそう叫びながら飛び込んで来た。


「何事っ」

「それが、キエダ様が行き倒れを見つけたとかでレースを中止してこちらに戻ると」

「行き倒れって、どこで行き倒れてたんだ?」

「詳しい話は先に戻ってきたテリーヌさんに聞いて貰えますか?」


 どうやら行き倒れの人を救護するためにテリーヌが一足先に戻って館の医務室に向かったらしい。


「僕はここでキエダを待つよ。エットたちはテリーヌに手伝いが必要そうだったら手伝ってやってくれ」

「はい」

「わかりました。いくよシュエル!」


 休憩所を飛び出していく二人に続いて僕も外に出る。

 そこにはドワーフの二人とフェイル、あとハーリンというウェイの許嫁が僕を待っていてくれた。


「とりあえずキエダを迎えに行くよ。手の空いている者は付いてきてくれ」


 僕は全員にそう告げるとキエダがくるであろう入り口に向かって駆け出したのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る