第112話 コーカ鳥レース大会 1

「先頭はアレクトール! 続いてトビカゲが追う! 少し離れてフランソワ、最後尾のクロアシはまだ余裕を残している様に見えるが果たしてどうなるっ!」


 第一回コーカ鳥レース大会の前半戦。

 出場メンバーは以下の通り。


 第一走者 アレクトール 騎手はアグニ。

 第二走者 クロアシ 騎手はエストリア。

 第三走者 トビカゲ 騎手はヴァン。

 第四走者 フランソワ 騎手はフェイル。


 今回のコーカ鳥レースは前半と後半に分れており、前半は比較的平坦な場所の多いスピードコースだ。

 拠点をスタート地点とし、水路の左側に沿って取水口のある川まで走る。

 そしてそこに置かれたたすきを騎手が掛けて、今度は来た時と反対側。

 拠点から見て水路の右側を戻って、スタート地点がゴールとなるコーカ鳥の全速で往復1時間もかからないコースとなっている。


 行きは上りで、帰りは下りとなるがその鶏舎はかなり緩い。

 それと水路の左右はメンテナンス性を考えて舗装してあるためにかなり走りやすいはずなので純粋なスピード勝負になると予想されていた。


 四羽が一斉にスタートしたのはお昼前。

 前半が終わってから昼食を挟んで暫く休憩の後に後半戦という予定である。


「さぁ最終コーナーを曲がって最初に拠点に戻って来るのは誰だ!」


 星見の塔の上から拡声魔道具で実況をしているのはドワーフでギルガスの息子のライガスだ。

 いつもは真面目を絵に描いた様な彼だが、思ったよりノリノリである。

 まさか彼にこんな面があったとは予想外だった。


「実況? それならライガスがいいんじゃなぁい? ああ見えてそういうの得意なのよぉん」


 ジルリスに推薦されたときは半信半疑だったが正解だったな。


 ゴール地点でコーカ鳥たちを待ち受ける皆は、見えないところを走っているというのに臨場感に溢れた実況のおかげで熱が冷めていない。

 正直レースをしたとしても、拠点の外をコースにするとなると走っている当事者以外は盛り上がれないだろうと思っていただけに嬉しい誤算である。


「キエダは誰が勝つと思う?」

「そうですな。コーカ鳥たちの実力でいえばトビカゲが一番ですが」

「じゃあトビカゲが勝つ?」

「いえ、今回の前半は単純なスピードコースに見えますが所々にテクニカルなカーブがありますからな」

「水路を作ったときに何個か曲げた所か」


 実は水路は川と拠点の間をまっすぐ一直線に作られていない。

 僕にはよくわからなかったがドワーフたちが下見をした結果そうするようにと言われたのである。

 多分水の流れを調整するためのものなのだろうけど、おかげで今回のコースでも数カ所直線では泣くおかしな曲がり方をしなければならない場所が出来ていた。


「ですので私はエストリア様に賭けますぞ」

「エストリア……っていうとクロアシか」

「はい。コーカ鳥たちの実力は拮抗しておりますが、その実力を超えた者を引き出すのが騎手の手腕でございます。特にテクニカルなコースともなるとその差が如実にあらわれますからな」


 たしかにエストリアの手綱捌きは見事だ。

 何度も彼女の後ろに乗せて貰っている僕は実感している。


「でも今ライガスがクロアシは最下位って言ってなかったっけ?」

「勝負は終わってみるまでわからないものですぞ」


 自信満々のキエダに僕は勝負師のきらめきを見た。

 もしかすると本当にここからエストリアが巻き返すに違いない。


 そしてその時は来た。


「ゴーーーーーーーーーール!!」


 ゴール地点に貼ったテープを切ったのはなんと。


「おっしゃああああああああああっ!! 俺様の勝利だああああああっ!!」


 最後の最後。

 拠点の入り口からゴールまでの短い間に首位だったアレクトールを抜き去ったトビカゲとヴァンだった。


「キエダ?」

「勝負は時の運とも言いますからな」


 あれだけ自信満々にクロアシの勝利を口にしていたのにこの態度である。

 そういえばキエダは意外にも賭け事に弱いのを思い出した。


 なんでも出来て有能そうに見えるのにカードゲームでも滅多にトップになったのを見たことが無い。

 逆に運が良いのはフェイルだ。

 今回は最終的に四位になっていたが、どうやらそれは途中でフランソワが文字通り道草を食べ始めたかららしい。


「あー、負けちゃいました」

「……勝てると思ったのに……悔しい」


 盛り上がる観客の中心で自慢げに両手を挙げて勝利を誇っているヴァンを尻目に、エストリアとアグニがやって来た。


 アレクトールとクロアシは一足先に鶏舎にコリトコたちが連れて行ったらしい。

 全力で走った後だし、後半もあるので怪我をしてないかとか後半も出て大丈夫かを調べるらしい。


 まぁ二人に聞くと二羽ともやる気満々だったらしいので心配はしていない。


「……最初に飛ばしすぎ……反省」


 確かにアレクトールは最初から全速力で飛ばしていて、一時はかなりの差を付けてトップを走っていたが、力を温存していたヴァンとトビカゲにまんまと捲られてしまった。


 こういったレースの場合、常に全力で走ればいいというものではない。

 適度に力を抜いて後半まで体力を持たせる戦略も必要だ……と、本には書いてあった。


「二人ともお疲れ様」

「はい。レースって思ったより疲れるものですね」

「……次は負けない」


 僕は用意してあったタオルを二人に手渡す。

 後半戦は食事の後、一休みしてからなので彼女たちは一旦屋敷に戻ってお風呂に入るらしい。


「うーっ。フランソワが言うこと聞いてくれなかったですぅ」


 四人でレースのことを話していると、恨みがましい声を上げフェイルがタオルを受け取りにやって来た。

 その顔には珍しく疲れた様な表情が浮んでいる。


「フランソワちゃんは気まぐれなところがありますからね」

「……そこが可愛いところ」

「ぜんっぜん可愛くないですぅ!」


 地団駄を踏みながら悔しがるフェイル。

 そんな姿を見るのは珍しい。

 余程悔しかったのだろう。


「せっかくコリトコくんがレース前に絶対優勝してねって応援してくれたのに顔向けできないですぅ」


 なるほどそういうことか。

 それは優勝したかっただろうな。

 しかも実際優勝したのがあのヴァンである。

 もうプロポーズの時のわだかまりは無いものの、フェイルとしてはヴァンにだけは負けたくなかったに違いない。


「次は勝てば良いさ」

「次はあたし出場しないですよ?」

「えっ」


 思わず僕は傍らのキエダを見る。

 てっきり僕は前半後半とも同じメンバーが出場すると思っていた。


「後半はフェイルの代わりにテリーヌが出場することになっていますぞ」

「テリーヌが!? 大丈夫なの?」

「本人たっての願いでしてな。フランソワと一緒に出たいと」


 前半は昼食の準備などもあってテリーヌは出場出来なかった。

 なのでフェイルが出場したらしい。


 因みに料理長であるアグニについてはアレクトールが他の人を乗せたがらないという理由で前半も後半も出ることになった。

 代わりに昼食は料理が出来るレッサーエルフたちに任せることにしたのである。

 一応テリーヌが管理者の立場だが、彼女は卵料理以外は壊滅的なので卵を使わない料理には携わせられない。


「みなさーん。それではお昼休憩ですよー」


 拠点の中央広場に作った仮設の休憩所からテリーヌの声が聞こえた。


「まぁあれだ。フェイルは第二回の大会で見返してやれば良いさ」

「ううー」


 未だに悔しそうなフェイルの頭を軽く。

 今回が好評であれば第二回はそれほど遠くない時期にやるだろう。


 そちらにしろコーカ鳥たちのストレス解消方法が他に無いなら第三回、第四回と続いていくはずだ。

 いっそそのままカイエル公国の名物イベントにしていくのもいい。

 そんなことを考えているとキエダが声を掛けて来た。


「レスト様が行かないと他の者が食事を始められませんぞ」

「あっ、そうか。別に先に食べて貰ってても構わないんだけどね」

「そういうわけにはいきません。国を挙げての初めてのイベントで代表者を差し置いてなど」

「わかったわかった。それじゃあ皆、急ごうか」


 僕はまだ続きそうなキエダの言葉を遮ると急ぎ足で休憩所へ向かうのだった。


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