第110話 星に願いを 2
畑から戻り、記録を整理したり上がってきた報告を確認していると、あっという間に夜になった。
戻ってきたコリトコにファルシを借りることを伝え、皆と一緒に夕食を済ます。
トアリウトの代わりにやって来たレッサーエルフの四人も、最初の頃よりずいぶん馴染んでいるようで安心しつつ視線はついついエストリアに行ってしまう。
「よぉレスト」
「なんだよヴァン」
「聞いたぜ。今日これから星見の塔でデートなんだろ?」
ニヤニヤと俺にだけ聞こえる声でそんなことを言うヴァンを僕は睨み返す。
元はと言えばこいつが余計なことを言ったせいで僕はエストリアを意識してしまうようになったのだ。
殴りたい。
「まぁ、せいぜい頑張れや。それとレースコースはあと三日もあれば出来上がるぜ。それを言いに来ただけだ」
僕が文句を言う前にヴァンはそれだけ言い残して去って行く。
ならレースコースのことだけ言えばいいのにと思っていると。
「……レスト様、これを」
アグニが小さめのバスケットを一つ持ってやって来た。
何だろうと僕は彼女に聞いてみた。
「えっと、これは何かな?」
「……エストリア様と一緒に食べて貰う為に作った最新作のおやつです。あとお飲み物も入ってます」
おかしい。
僕は今夜のことは誰にも言ってないはずなのに。
「今夜僕らが出かけることを誰に聞いたのかな?」
「……エストリア様からですが?」
なるほど。
そういえばエストリアには別に口止めした訳じゃないし、今までだって内緒で出かけたことなんて無いのだから当たり前か。
というかむしろ屋敷の皆に黙ってこっそり出て行こうと考えていた僕がおかしい。
それでもし僕がいないことに誰かが気がついたら大騒ぎになりかねないじゃないか。
「そうか。いつもありがとうアグニ」
お礼を言いつつバスケットを受け取る。
言うほど重くは無い。
「……ご武運を」
「今なんて?」
去り際に残された一言にハッと顔を上げる。
だが既にアグニはいつもの無表情でキッチンに入っていくところだった。
素早い。
「ま、まぁとにかくこれで準備は整ったな」
僕がバスケットを持って食堂から出るために立ち上がると。
「レスト様、先にお風呂頂きますね」
エストリアがそう言いながら出て行こうとする。
そんな彼女に僕はバスケットを軽く持ち上げて見せると、それだけで彼女にはには伝わったらしく。
嬉しそうに微笑み「レスト様も準備してくださいね」とだけ言い残し去って行った。
「そうだな。僕もさっさと風呂に行って着替えなきゃ」
今日も一日外で働いたからそのままでエストリアと出かけるのは躊躇う。
だから一旦風呂に入ってから出かけようと約束をしたのだから。
今の季節ならまだ風呂上がりに出かけても風邪は引かないだろうし問題ない。
「それじゃ、皆。後は頼んだよ」
「はい、お任せ下さい」
「レスト様、私は信じておりますぞ」
いつのまにか既に食堂に残っているのはテーブルを片付けているテリーヌと、広いテーブルの上で何やら設計図らしきものを広げているキエダだけとなっていた。
フェイルは真っ先に風呂に向かったし、アグニはキッチンの中で洗い物をしている。
彼らは今夜のことを知っているのだろう。
しかしキエダは一体僕が何をすると思っているのだろうか。
気になったが聞いてはいけない気がして僕は軽く手を振って食堂を後にした。
***********************
「ファルシ、ご苦労様。これでも食べて休んでいてくれ」
「いつもありがとうございます、ファルシさん」
『わふんっ』
星見の塔の頂上で千切れんばかりに尻尾を振るファルシに、アグニが準備してくれていたご褒美用ドッグフードと水をプレゼントしてから僕らは部屋の中央に移動した。
「お茶でも飲む?」
「喉はまだそれほど渇いてないので大丈夫です」
バスケットから水筒とコップ、アグニの新作菓子を取り出しテーブルの上に置く。
今回はマフィンのようで、よくもまぁ今残っている材料だけでこんなものが作れると感心してしまった。
「そっか、それじゃあ……」
あれ?
いつもはどうしてたっけ?
「外に出ましょうか」
「あ、ああ。そうだね。そうしよう」
星見の塔の頂上は定期的に僕が手を加えて改装を続けていた。
エストリアが誘ってくれたのは頂上の部屋をぐるっと囲む様に2メルほど拡張したテラスである。
「椅子は僕が持っていくよ」
「大丈夫ですか?」
「これくらいは大丈夫さ」
先日のヴァンの件もあって少しは強さを見せたいと思っている僕は、部屋の中から椅子を二つ引きずる様にテラスへ持ち出した。
別にクラフトスキルで外に作れば良いのだけど、それは何か違う気がして。
「こ、ここらへんでいいかな」
「はい。ここなら星もよく見えますね」
僅かばかりにリクライニングするように作られたその椅子に二人で並んで座る。
見上げた空は初めてこの地を訪れたときよりも美しく星が瞬いていた。
最近ずっと落ち着かなかった僕の心も、星の瞬きと共に落ち着きを取り戻してきた気がする。
「いつ見ても綺麗ですね」
「そうだね。綺麗だ」
時折聞こえる動物の鳴き声や木々のざわめきはあるものの、基本的にこの島の夜は静かだ。
特に地上から遙か高いこの塔の天辺までは地上の雑音は余り届かないのもあって、自然と心が落ち着いていくのを感じる。
「今日も星の話をしてくださるのでしょう?」
「前に来たときからずいぶん経ったからね」
美しい星のおかげで僕は前の様にエストリアと自然に話をすることが出来る様になっていた。
不思議だけど、それが星の持つ力なのかもしれない。
「じゃあ新しく見えるようになったあの星たちが描いている星座の話をしようか」
古の人たちが紡いできた星の神話が僕は好きだった。
空の彼方に浮ぶ星を見て、彼らが紡ぎ出したそれは何者にも縛られていない自由な発想の宝庫だ。
あまりに自由すぎて理解出来ないものも多くあるけど。
それも含めて僕は星の話に夢中になって内緒でキエダに買って来て貰った星座の本をすり切れるほど読んでは夜中に屋敷の庭に出て空を眺めていたっけ。
「あの星と言うと、あっちにある赤い星と黄色い星でしょうか?」
「そう。それとその上にあるちょっと小さな三つの星を結んで出来る星座の話さ」
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