第109話 星に願いを 1

 フェイルとヴァンの模擬戦からしばらく経った。


 二人にコーカ鳥レースについては二人に任せ。

 僕は時折伝えられる報告を確認しつつ、必要なものをドワーフたちに頼んだりクラフトしたりするだけの役割に徹していた。


 試験を兼ねた畑の方も既に種植えは終え、あとは経過観察するだけである。

 その役割は僕とエストリアが担当することになった。


 何故かというと手の空いている人が他にいなかったからである。

 コーカ鳥の世話のあるトアリウトは村へ帰り、代わりにウデラウ村から数人の若者が移住して来てくれてはいたが、畑については彼らの手を借りることは出来ない。


 だが彼らには近い将来拡張予定の農業エリアを担当して貰うという重要な役割がある。

 なのでそれまではこの拠点と、ここに住む皆との生活に慣れて貰う為に雑事をして貰っている。


 雑事というと聞こえは悪いが、鍛冶工房や鶏舎、そして星見の塔に領主館といった現在有る主要施設全てを知り、そこで働いている皆と交流を持つという意味では非常に有益な仕事だと僕は思う。


 四人の若者はそれぞれ婚約者同士。

 なので僕は家を住宅街予定地に、二人に一軒ずつで二軒作ることを許可した。


 家に着いては彼らにはドワーフたちと相談して協力して作らせることになっていて、時々雑事の傍らドワーフたちに相談している姿を見かける。

 このことについてはキエダたちと相談して決まったことで、トアリウトも了承済みである。


 全部を僕がクラフトするというのは街が大きくなっていくに連れて不可能になっていくだろう。

 だったら今からそうなったときのことを考えて経験をしておいた方が良い。

 それにドワーフたちも水路工事という大工事が一段落して手が空いているというのもある。

 なんせ四人もいるのだ。

 簡単なものならすぐに出来上がってしまう。

 なので家一軒まるごと内装も含めて彼らに任せることにしたのである。


 あとドワーフたちには別の仕事もお願いしてある。

 それは炭作りだ。


 トアリウトから聞いた所によるとこの島の冬はそれほど寒くは成らないらしいのだが、それでも時々雪が積もることもあるという。

 なので燃料の備蓄は必要だと僕は判断した。

 それにドワーフたち自身も鍛冶場で大量に燃料は使うので炭焼き小屋を作るのは必然の流れであった。


 炭焼き小屋の場所は拠点の南東の端で、他の建物からはなるべく放す。

 なんせ炭を作る時にはかなりの煙が出る上に火事の危険もある。

 建物自体は僕が収納していた石を材料にして作られているので心配は無いと思うが、それでも常に火を扱う場所なので用心するに越したことは無い。


 ちなみに水路から水も目の前まで曳いたので、何かあってもすぐに消火活動が出来るようにはしておいた。

 材料の木材については、今のところ僕が素材化で収納してある大量の木を木材置き場に出して使っているが、何れ人口が増えれば木こりをしてくれる人に仕事を任せるつもりで居るが。


「僕がいなくなっても誰も困らない国にしたいからね」


 恒例の朝会議で皆に向かってそう言った時も最初は微妙な反応をされたっけ。

 そんなことを思い出しながら畑を一つ一つ回って作物の生長を記録して回る。


「あっ、レスト様。見て下さい、このあたりはもう芽が出てますよ」 

「そこは……キャロリアの種を蒔いたところだね。記録しておくよ」


 僕は手にしたノートから目を上げずに記録を書き留める。


「それじゃあ次に行こうか」

「はい。次はキャベの種を植えたはずですけど……」


 しゃがみ込み、真剣な表情で土の表面を見ているエストリア。

 僕の視線は畑では無く、そんな彼女の顔ばかり見てしまう。


「っと、いけないいけない」


 あの日以来僕はエストリアを変に意識してしまう様になっていた。

 それもこれもヴァンのせいだ。


 今まで僕はいったいどうやってエストリアに接してきたのか思い出せない。

 それほどまでに僕の中の意識が変ってしまったのである。


「どうかしましたか?」


 見上げる様に僕を見るエストリアから慌てて目線をそらす。


「いや、なんでもないよ。ただキャベはキャロよりも成長が遅いから、今はまだ芽が出て無くても問題ないんじゃないかなってね」

「そうなんですね。私は余り野菜については詳しくないので、レスト様の知識の多さには驚いちゃいます」

「本を読んで勉強しただけで実際に育てたことも農家に視察に行ったことも無いけどね。こういう土壌ならこういう作物が育ちやすいという知識だけだよ」


 エストリアに誉められたことが嬉しくて、ついにやけてしまいそうになるのを必死で堪える。

 あの日までは誉められたら自然に「ありがとう」と返せたのに。


「レスト様。お願いがあるのですけど」

「お願い?」


 一通り畑の記録を取り終えた午後。

 館に戻る道すがらエストリアが僕にそう話しかけてきた。


「はい。最近レスト様と前みたいに星見の塔で星を見たり、川へ遊びに行ったりしてないなって」

「い、忙しかったからね。色々と」


 少し挙動不審になりながら僕は返事をする。

 だが本当の理由は違う。

 ただ単にエストリアとの距離感が掴めなくなってしまったせいで、二人きりの時間をついつい避けてしまっていたのだ。


「よろしければ今夜また星見の塔に登って星を見ませんか?」


 今までであれば一も二も無く即答しただろう。

 だけど僕は一瞬その答えを悩んでしまった。


「だめ……ですか……」


 横を歩くエストリアの可愛らしい耳がへちゃりと倒れて。


「だめじゃ……ない。ちょっと空の様子を見てから返事しようと思ったんだ」


 嘘だ。


 最近は以前に比べてこのあたりの空はずいぶん曇りが無くなってきている。

 たぶん気候の変化なのだろうがけど、以前は薄らと靄の掛かった様な火が多かったが今日は夜空も綺麗に見えそうな天気だった。


「それじゃあ今夜、夕飯を食べ終わってお風呂に入ってからファルシに頼んで連れて行ってもらおうか」

「はい。楽しみにしていますね」


 へにゃりとしていた耳が元気に跳ねて。

 眩しいばかりの笑みを浮かべたエストリアの顔を僕はやっぱり直視できずに目を反らしてしまった。


 こんな調子で今夜星なんて見ていられるのだろうか。


 そんな不安を抱えつつ。

 それでもエストリアがこんなに喜んでくれることに心を満たされながら僕は足を進めるのだった。


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