第108話 あの娘を意識しよう!
「お前、姉ちゃんが好きなんだろ?」
いつになく真剣なヴァンの瞳に僕はすぐに言葉を返すことが出来なかった。
それは恥ずかしかったからではない。
本当に。
ただ本当に僕は自分の気持ちがわからなかったからだ。
「……わからないんだ」
だから僕は素直にヴァンにそう答えるしか無かった。
「わからねぇか。まぁ、レストは意外にお子ちゃまだからな」
「うっ……」
否定できない。
貴族社会というのは余りに恋愛とは縁遠い世界だった。
結婚相手も他人が決めるのが当たり前で、母も自分の意思でダイン家にやって来た訳では無いと聞いている。
だから僕にはそういったことがいまいち実感できない。
なのでエストリアに感じているこの気持ちがどういうものなのか。
あらためて聞かれると困ってしまう。
「それならそれで構わねぇけどよ。まぁ、安心しろ」
「何が安心しろ何だよ」
「姉ちゃんは獣人族だから、そりゃ強い男は好きだとは思うけどよ」
見かけと違って、僕が持ち上げられない様な荷物も軽々と持ち歩く。
コーカ鳥の上に僕を引き上げてくれるときも片手で軽々と持ち上げてくれる。
そんなエストリアから見て僕はきっと強い男手は無いだろうという自覚はある。
「だけどまぁ、姉ちゃんはそんな所だけで人を選ばねぇし……それに」
「それに?」
「そもそもレストは姉ちゃんより強いと俺様は思ってるんだぜ」
僕が強い?
いろんな人に助けられて生きてきた僕が?
「だってよ。あの入り江のときだって、あんなトンデモねぇ波を一瞬で防いじまったんだぜ。あんなこと出来る奴なんて見たことねぇよ」
「それは僕がクラフトスキルを使えるからで」
「だったら俺様たちだって獣人族だから力が強いってだけだ。本質はその力をどう使うかだぜ」
ヴァンはキエダと話をしているフェイルをチラリと見て言葉を続ける。
「フェイルだって力だけなら俺様の方が遙かに上だ。これは間違いねぇ。でも俺は負けた」
「それはヴァンが油断してたからじゃないか?」
「いいや。多分十回戦ったら八回は負けるだろうな。それくらいアイツは強い。そしてお前も同じくらい強いって俺様は思っているんだがな」
そしてヴァンはまた僕の肩に手を回し僕にだけ聞こえる様に言った。
「てなわけで姉ちゃんのことは任せたぜレスト」
「そんなこと言われても」
「まだ決心がつかねぇか? まぁ、今まで恋もしたことが無いんならしゃーねぇか」
軽く僕の肩を叩きながらヴァンが離れる。
反論したいが本当のことなので何も言い返せない。
「さて、俺様はこれからフェイルとレースの打ち合わせしてくるぜ」
「まだ朝の会議の途中だったんだけど」
「まだ何か話すこととか決めることあんのか?」
言われて見ると特にない。
今日の主題はコーカ鳥たちへの対応だけで、それ以外は昨日と同じ仕事を皆がするだけである。
「特にないかな。拠点の拡張をするにはまだ早すぎるし、僕が呼んだ人たちもまだ島に来てないから急いでやることもほとんど無いんだよね」
「そんじゃ皆にもそう言っといてやらぁ」
ヴァンはそう言い残すとフェイルに「後で鶏舎に行く」と言い残して庭で話をしている皆の元へ駆けていく。
僕はその背中を見送りながら思った。
「僕はエストリアに恋をしているのだろうか」
確かにエストリアと話をしたり、一緒に星を見たり川へ出かけたりするのは楽しい。
それはきっと彼女が僕の話を嬉しそうに聞いてくれるからだと思っていた。
だけどそうじゃないことに気付いた。
気付かされてしまった。
「そっか、エストリアと一緒だったから楽しいのか」
一度意識してしまうともうダメだった。
僕は前庭で話をしているエストリアから目が離せなくなってしまう。
「ではフェイル。くれぐれも油断しない様に、外に出るときは帯刀をわすれないようにするのですぞ」
「わかりましたですぅ」
「フェイル用の剣は私が容易しておきますからな。夕飯の後にでも渡しますぞ」
隣の二人の会話も上の空で。
キエダから声を掛けられるまでずっと僕はエストリアを目で追い続けいたのだった。
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