第107話 話を聞こう!
突然のプロポーズ宣言に誰もが唖然としてヴァンを見ている。
いや、ただ一人。
エストリアだけは平然としていたが、獣人族としては当たり前の行為だったのだろうか。
「結婚するぞ。いいな?」
「えっ……嫌ですぅ」
だが現実は残酷だ。
あっさりとフェイルはヴァンからのプロポーズを断ってしまった。
いや、普通は断るか。
「どうしてだ?」
「貴方が弱いからじゃないかしら」
断られたことが全く理解出来ないといった表情のヴァンに答えたのはフェイルでは無く、横で見ていたエストリアだった。
「自分より弱い男に女の子は惹かれないものですよ」
何故だろう。
エストリアの言葉が僕の胸にも突き刺さってくる。
「そ、そうなのか。いや、でも今のは油断していただけで本気を出せば俺様の方が……そうだ、結婚を賭けてもう一度勝負を――」
「違うですぅ」
姉弟の会話にフェイルが割り込む。
「ヴァンはあたしの趣味じゃ無いってだけですぅ」
「なっ……」
「それにぃ、あたしはどちらかというと守ってあげたい方なんでぇ」
チラチラとフェイルの目がコリトコに向けられる所を見ると答えは明白だ。
どうやらフェイルはコリトコのことが気になっているらしい。
前々からよく構っているなとは思っていたが、そういうことだったのか。
「あとモフモフはもう間に合ってますですぅ」
「もっ、モフモフだとっ」
「あたしにはふわふわもふもふなファルシもコーカ鳥ちゃんたちもいるですぅ。ヴァンの毛は硬くて好みじゃ無いですしぃ」
絶句するヴァンに「ごめんなさいですぅ」とフェイルはちょこんと頭を下げる。
そしてトコトコと僕の方へ歩いてくると僕――ではなくキエダに可愛く頭を下げて「師匠ぉー、これでいいですかぁ?」と微笑んだ。
「先ほどの戦いは見事でしたぞ」
「えへへー」
売れしそうにピョンピョン跳ねる少女の姿からは、一撃で獣人族の男を倒した先ほどの出来事は想像出来ない。
ふと僕は彼女の手に握られた枝に目を向ける。
どこにでも落ちてそうな木の枝だ。
見かけはとてもでは無いが獣人族どころかひ弱な僕ですら倒せそうに無いもので。
「フェイル。その枝、ちょっと貸してくれる?」
「いいですよぉ」
フェイルから受け取った枝をしげしげと眺めるがやはり普通の枝だ。
端と端を持って少し曲げてみると。
ぽきっ。
「あっ……ごめんフェイル。折っちゃった」
僕の力ですら簡単に折れてしまう。
こんな枝では誰が使っても相手に与えられるのは小さな痛みだけだろう。
「別に謝ってもらわなくてもいいですよぅ。またそこらで拾ってこればいいだけですしぃ」
「それだよ」
「どれですぅ?」
「このどこにでも落ちてる折れやすい枝で、どうしてヴァンを倒せたのかって思ってね」
「わかんないですぅ」
本当にわかってないような表情で首を傾げるフェイルを見て僕は理解した。
キエダの言ってた通り、彼女は自分のギフトについて何もわかっていないのだと。
僕は今までギフトというのは授かった直後に使い方も自然にわかるものばかりだと思っていた。
実際僕が見聞きしたり学んだ中ではそうなっていた。
だけど例外が今目の前に居る。
「そっか。じゃあ仕方ないな」
もしかしたら。
そう、もしかしたらフェイルの様な人は他にもこの世界には沢山居るのかもしれない。
今までギフトは一部の人間だけが授かるものだと考えられていた。
だけど本当はそうじゃないのではなかろうか。
誰もがギフトを授かっているのに、使い方がわからないまま眠らせている。
そんな可能性を僕はフェイルに見出してしまった。
「所で良かったのかい?」
「何がです?」
「ヴァンのプロポーズを断ってさ。アレでも大国の元皇子だぞ」
広場に棒立ちのままのヴァンが少し哀れに思ってしまう。
もちろん誰を選ぶのかはフェイルの自由なんだけど。
「あたしモフモフは大好きですけどぉ、毛深い人は苦手ですぅ」
僕の横でキエダが
彼も髭を生やしているし胸毛も濃いタイプなので自分のことを言われたような気分なのかも知れない。
「毛深……そりゃヴァンは獣度の高い獣人だから仕方ないだろ」
「それに年上の人って苦手ですしぃ」
げふんげふん。
隣りのキエダに更なる追い打ちが決まる。
だけど年上と一括りにされると僕だってその範疇に入るんだけどね。
とにもかくにもフェイルがヴァンのプロポーズを断った理由はわかった。
これはヴァンには望みは無さそうだ。
「そうか、わかった。それじゃあヴァンには諦める様に言うよ」
「お願いしますですぅ。それとぉ」
「コーカ鳥レースのコースの方もフェイルに任せるよ。まぁ思いっきり振られた後だし、ヴァンはいけないかも知れないけど」
「あたし一人でも平気ですぅ」
「いくらフェイルが強くても、それは剣を持ったときだけらしいし心配だな。もしヴァンがダメだったらキエダにでも一緒に行って貰うよ」
「ふむ……それでも構いませんが」
キエダの視線が僕の背後に向けられ。
「俺様なら大丈夫だぜ」
「ヴァン!?」
後ろから覆い被さる様に肩を組んできたのは、振られて落ち込んでいるはずのヴァンだった。
顔と首元に突き刺さる毛が少し痛い。
確かに彼の毛はコーカ鳥たちの羽や、ファルシに比べて堅いことを実感していると。
「あたしはちゃんと断ったですよぉ」
「そうだ。お前は俺様のプロポーズを断った。ここまで速攻で断られたのは初めてだったからちょっとだけ呆けちまったぜ」
がははと笑うヴァンは、とても振られたばかりとは思えないほど快活だった。
しかも目の前に振られた相手が居るというのにだ。
僕だったら三日三晩は引き籠もる自信がある。
「なんでだろーなー。俺様が結婚してくれって頼むとみんな断るんだよなー」
どうやらヴァンの奇行は今回だけじゃなかったらしい。
獣人族のプロポーズってああいうものなのかなと思っていたが、ヴァンだけなのかも。
「まぁ、断られたモンはしかたねぇ。俺より強い女なんて姉ちゃん以外じゃ初めてだったからよ。こいつを嫁にしてぇって思っちまって告らずにいられなかったんだ」
それは獣人族の血なのか。
それともヴァンの性格なのか。
前者であってくれと僕は願う。
獣人族全てがヴァンのような価値観だったらあの国と交易を結ぶのが怖くなってしまう。
それに――
僕は広場からこちらの様子を興味深げにみて何やら話している仲間たちに目を向ける。
自然と僕の視線は頭の丸い耳をピコピコとゆらしているエストリアに行ってしまった。
「なぁヴァン」
「ああん?」
「獣人族って自分より強い相手としか結婚……いや、なんでもない」
自然と口からこぼれた質問に僕自身が戸惑っていると。
「ふーん」
僕の肩から離れたヴァンが興味深そうな目を向ける。
そして犬顔の長い口元にからかう様な笑いを浮かべながら。
「安心しなレスト。獣人族だって普通一番の判断基準は自分が相手を好きかどうかだ。その次に相手が自分を好きかどうか。自分より強いからって誰彼構わずプロポーズなんてしねぇよ」
「安心って、僕はただ興味本位で聞いただけで」
「じゃあそういうことにしといてやらぁ。まぁ、俺様は強い女に惹かれるから負けた相手には全員プロポーズしてきたがよ」
とんでもないことをさらりと言うヴァンの後ろで、フェイルがあからさまに軽蔑の視線をヴァンに向けている。
別に好きでも何でも無いが自分より強かったからプロポーズしたと言われて気分がよくなる女性はいないだろう。
「いや。もちろん俺様だって嫌いな相手にはプロポーズなんてしねぇけどよ。フェイルだって可愛いとおもってたし」
背後からの殺気に気がついたヴァンが焦りながらフォローの言葉を並べる。
そんな雑な言葉でもフェイルからの殺気が消えたのは彼女が本気で怒ってはいなかったからだろうか。
「でもよ。俺様はレストが姉ちゃんより弱いなんて思っちゃいねぇぜ」
「ど、どうしてそこでエストリアの話が出てくるんだよ」
ぼりぼりと頭を掻くヴァンを見ながら僕は内心かなり焦っていた。
自分でもなぜこんなに焦っているのかわからないほどに。
「……ったく、めんどくせぇな」
そんな僕の内心をしってか知らずか。
「お前、姉ちゃんが好きなんだろ?」
ヴァンの口から決定的な一言が放たれたのだった
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