第106話 大胆に攻めよう!
「ったく。なんなんだよあの娘っ子は」
腹を押さえながらヴァンが剣舞らしきモノを披露して歓声を浴びているフェイルを親指で指す。
「いてて……まだちょっと傷むな」
獣人族の強靱な肉体と回復力のおかげで暫く休めば痛みも引くと、屋敷の玄関に腰を下ろしただけでテリーヌの治療も受けずにいるヴァンだったが、まだ痛みは消えないらしい。
「それでどういうことか教えてくれるんだろ? 爺さんよ」
彼の質問は僕にでは無く、隣りに立つキエダにだ。
「天賦の才……というには
「あたりめぇだ。アレ、ギフトって奴だろ?」
ヴァンの言葉に僕はやっとそれに思い至った。
先ほど見せたフェイルの豹変。
ヴァンという獣人族の実力者をも一撃で倒す鋭い技。
それはまさしく神から与えられた
「明確に調べた訳ではありませんし、なんせフェイルはあのような子ですので。彼女自身、自分の力についてはよくわかってないよようで断言出来ませんが」
庭で棒を一本、剣に見立てて目鱈めっぽうに振り回すその姿からは、先ほど見せた様な達人的な動きは一切感じられない。
本人は剣舞だと言い張っているが、子供がおもちゃの剣を振り回して遊んでいる様にしか見えない。
「……おそらくは間違いない……はずですぞ」
歯切れの悪いキエダの気持ちはよくわかる。
どうやらフェイルのスキルは彼女が本気で相手を倒そうと思うか、自らの身に危険が及ぶかしないと発動しないということらしい。
「それでいつもはあんな風なのか」
「左様でございますな。しかし
「キエダの爺さんがフェイルを連れて行っても大丈夫だと言った意味が身にしみてわかったぜ」
そう言いながらゆっくりと立ち上がるヴァンの足下はまだ少しふらついていて。
僕が肩を貸そうかと尋ねると「大丈夫だ。問題ねぇ」と言い残し、彼はフェイルたちの方へ向かっていく。
「ヴァン、もう大丈夫」
「ああ。みっともない所を姉ちゃんに見せちまった……」
駆け寄ってきたエストリアの差し出す手もヴァンはさりげなく拒否して歩いて行く。
その目はずっと剣舞もどきを続けているフェイルに向けられている。
もしかして再戦でも申し込むつもりなのだろうか。
ゆっくりと近づいてくるヴァンに気がついた皆が口々にいたわりの言葉を掛ける。
だけどそれはフェイルに一撃の下倒された彼にとっては罵倒より辛いのではないだろうか。
「キエダ。ヴァンに僕はなんて言葉を掛けたらいいかな?」
「何も言う必要はありませんぞ」
「そうなのか? 僕はほら、戦士じゃないから戦って負けた人の気持ちはわからなくて」
「お気持ちは十分に伝わっております。それよりも」
ヴァンの異様な様子に気がついたのだろう。
彼を囲み、声をかけていた皆が少しずつ離れていく。
「あれは覚悟を決めた男の目ですな。何者も駐めることは出来ませんぞ」
「覚悟って、何の?」
「それはわかりませんが。決して悪いものではないことだけは伝わってきます」
フェイルから二歩ほど離れた場所でヴァンは足を止める。
演舞を止めたフェイルがキョトンとした顔でヴァンを見上げ首を傾げた。
「もう動けちゃうんです?」
「まだ痛ぇけどな」
「やっぱりテリーヌに診てもらった方がいいんじゃないですかぁ?」
「獣人族は自分の体の傷は大体わかんだよ」
「へぇー。それは羨ましいですぅ」
何だろう。
僕が予想していたのとは全く違う普通の会話が二人の間で交されている。
しかし、だからこそヴァンが痛みの残る体で無理矢理フェイルの元へ行った意味がわからない。
「目の色が強くなりましたな。来ますぞ」
「へ? 何が来るの?」
キエダの細められた目の見つめる先は先ほどからずっとヴァンとフェイルから動かない。
僕は慌てて意識をキエダの顔から二人へ向け。
次に放たれたヴァンの言葉に――
「よし決めた」
「?」
「お前、俺様の嫁になれ!」
「ふえっ!?」
その場にいた人々全てが絶句したのだった。
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