第104話 コーカ鳥のストレスを解消しよう!
夕方。
「なるほど、つまりコーカ鳥たちもやる気満々だと?」
僕は鶏舎でコーカ鳥の話を聞いてくれたトアリウトから報告を受けた。
どうやらヴァンの言っていたことは本当らしい。
「自分たちの中で誰が一番早いか勝負をしたいらしいのだが、あの鶏舎の庭では狭すぎて走り回れないと言っていた」
そんなことを言われても、今の拠点にはあれ以上鶏舎を広げる余裕は無い。
そもそもコーカ鳥たちは現在も庭の柵を飛び越して拠点内を走り回っているわけで。
「拠点の中は人が働いている上にものが多いから全力で走れないらしいな」
「たしかにコーカ鳥たちが全力で走り回っていたら危ないもんね。彼らもきちんと力を抑えて気を付けてくれてるんだ。コリトコが躾けてくれたおかげかな」
人を背中に乗せて庭を暴走していたコーカ鳥たちだったが、そんな姿も最近は見なくなっていた。
それはコリトコが危険なことはしないようにと鳥たちを躾けたからだとエストリアからは聞いている。
心なしか自慢げなトアリウトさんの表情からすると、僕が思っていた以上にコリトコは上手くやっているようだ。
だけどそのせいで逆にコーカ鳥たちにストレスが溜まってしまったのだから生き物の飼育は難しい。
特に元々鶏舎で生まれ育った動物とは違い、今のコーカ鳥たちが生まれたのは拠点の外の森である。
だからなおさらなのだろう。
「確かに生まれた時から鶏舎で暮らしているウデラウ村のコーカ鳥たちには無かった現象だ」
トアリウトにも初めての経験らしく、その言葉には戸惑いを感じる。
彼ですらそうなのだから、コリトコが気がつかなくても仕方が無いことだった。
むしろ少しの付き合いで全てを察したヴァンが異常で。
そこはさすが元とはいえ獣人族の皇子と言った所か。
「それでトアリウトさんもヴァンの言う様にレースをやった方がいいって思う?」
「そうだな。定期的にコーカ鳥たちのストレスを発散する機会を設けてやる方が良いだろう」
「じゃあ近いうちに開催するとして、コースとかはどうしようか」
本格的にコーカ鳥たちを走らせるとなると拠点の中だけでは無理だ。
となると拠点の周りにちゃんとしたレースコースを設定する必要がある。
僕はとりあえずそれを明日の会議の議題にすると決めたのだった。
* * * * *
「それは俺様がやるぜ!」
翌日の朝礼会議。
コーカ鳥のことを話した後、レースをどう行うかについて話し合うことになった。
そしてコースをどうするかという話になったときに真っ先に手を上げたのがヴァンである。
「はいはーい! あたしもやりたいですぅー」
一番乗り気なのはヴァンだというのはわかっていた。
なので最初から彼に任せるつもりではいたのだが。
まさかフェイルが立候補してくるとは予想外だった。
椅子から立ち上がって手を上げぴょんぴょん自己主張するフェイルに呆れた顔でヴァンが声をかける。
「おいおい。塀の外は魔物だって彷徨いてんだ。今回はコーカ鳥は連れて行けねぇんだし、お前みたいなお子ちゃま連れじゃあ危ねぇだろ」
本来であれば拠点の外で活動するときは護衛にも、近寄る魔物を素早く察知して退避するためにもコーカ鳥と共に出かけることになっている。
だけど今回のコース作りにコーカ鳥たちは同伴させない。
これはヴァンが言い出したことなのだが、特定のコーカ鳥だけ連れて行くのは不公平だというのである。
「やるなら全員連れて行くしかねぇが、そういう訳にもいかねぇだろ」
現在コーカ鳥たちは僕らの拠点開発に置いて移動手段兼荷物運び兼護衛役としてファルシと共に重要な仕事をになっている。
一羽二羽ならヴァンに着いていって貰っても構わないが全員は困る。
「大丈夫だよぅ。あたし強いもん」
「そんな訳あるかよ。キエダの爺さんならともかく、お前さんみたいな子供が魔物を相手に出来るわけねぇだろうが。ったく……俺様だってずっとお守りをしてる訳にゃいかねぇしよ」
「むぅー」
ヴァンの言うことはもっともだ。
もしフェイルを連れていくとなると、その護衛はヴァンがすることになる。
となるとヴァンの仕事も遅れるわけで。
「ファルシを連れていったらどうかなって、あっちは思うんだけど」
フェイルとヴァンが睨み合っていると、コリトコが可愛らしく手を上げてそんな提案を口にした。
そうだ、その手があった。
コーカ鳥の話ばかりしていたのと常にコリトコと一緒という思い込みもあって忘れていたが、ファルシの実力はコーカ鳥の成獣に勝るとも劣らないものがある。
危険察知能力では及ばないが、素早さと攻撃力ではコーカ鳥以上のはずだ。
「それなら問題ないだろヴァン」
「うーん。まぁファルシがいれば安心だろうけどよぉ。お子ちゃまのお守りをするのは変んねぇだろ?」
「お子ちゃまじゃないですぅ! フェイルは立派な大人の女だもんっ!」
「はんっ! 大人の女ってのはなぁ。テリーヌ姉ちゃんみたいなのを言うんだよっ」
唐突にヴァンに名前を出されて驚くテリーヌと、ますます怒り出すフェイルに僕はどうすればこの場が収まるのだろうと頭が痛くなってきた。
ファルシを同行を許可すれば万事解決だと思ったのに。
「それでは一つ手合わせをしてみてはいかがですかな?」
そんな中、予想外の方向から声が上がった。
キエダである。
「えっ? 手合わせってどういう」
「言葉通りの意味ですぞ。フェイルが足手まといになるかどうか、模擬戦をしてフェイルの力を知って貰った方が速いと思いましてな」
その言葉に反応したのはヴァンだ。
「おいおいおい。爺さん、耄碌するにはまだ早いんじゃねぇのか?」
「最近物忘れが増えてきたのは自覚しておりますが、まだ耄碌した覚えはございませんぞ」
キエダは顎髭を撫でながらいつもと変らない様子でヴァンにそう言ってから。
「それでは皆さん。少しお時間を頂いてもよろしいですかな?」
と席を立つと。
「前庭で模擬戦を行うことにしましょう」
そう言い残し先に食堂を出て行った。
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