第103話 未来のために決断しよう!

「昨日作った畑についてはコリトコやトアリウトさんたちレッサーエルフの皆には手伝って貰わないことに決めたよ」


 翌日の朝食会議。

 僕は昨日聞いたレッサーエルフの能力スキルのことと、今後の予定を皆に伝えた。


「えっと……質問なのですが?」

「何かなエストリア」

「トアリウトさんたちに手伝って貰えば、畑の収穫量は何倍にも増すのですよね?」

「そうだよ。昨日聞いた話の通りだとするとかなりの作物が一年で収穫できると思う」


 その答えにエストリアだけでなく他の皆も首を傾げる。


「じゃあ何で手伝ってもらわねぇんだ?」

「ヴァンくん。質問は挙手してからって言ったよね」

「きょ……あーめんどくせぇな」


 心底面倒そうにそっぽを向くヴァンに僕は苦笑いするしかない。


 昨日わかったことなのだが、仲間の数が増えてきたせいで誰も彼もが好き勝手にしゃべり出すと会議が進まなくなってしまうようになっていた。

 なので今日、会議を始める前に『発言の前には手を上げる様にしましょう』と決まりごとを一つ加えたのである。


「たぶん皆ヴァンと同じことを聞きたいんだと思うから説明するよ。質問はその後にしてくれると助かる」


 僕は昨日トアリウトとキエダの三人で話あった内容の説明を始めた。


「僕がこの拠点の畑を作る目的は二つあるんだ。まず一つは純粋に食料が欲しいってこと」


 この島に来た時に持って来た色々な食材はそろそろ尽きてしまう。


 もちろん一番近い港町に近いうちに買い出しに出かけるつもりだ。

 けれど僕たちが王国からすれば既に国民で無くなってることがわかった現状では、もし何か問題が起こったときに王国軍に拘束される可能性もある。

 なのであまりおおっぴらに大量の物資を買い込む訳にはいかない。


 だからといって国同士の交易をするにはカイエル公国はまだ全く国の体を成していない。

 なので僕たちには急いである程度自給できるだけの食糧を作る必要があるわけだ。


「特にパンを作る為に必要な小麦とかはウデラウ村でも手に入らないからね」

「だったらトアリウトのおっさんの力は絶対に必要だろ?」


 面倒くさそうに右手を挙げてヴァンが質問を口にする。

 事情を知っている者たち以外はヴァンが言ったことに小さく頷いていた。


「まぁとにかく僕の話を最後まで聞いてから質問してって言ったよね?」


 僕は皆の顔を見回してもう一度繰り替えす。


「わーったよ」

「わかりました」

「ふむ。説明を聞いてから考えるとするか」

「畑の仕事しないでいいならコリトコくんはフェイルと一緒にコーカ鳥さんの世話をしまくるといいですぅ」

「えっ、それはやるけど、アグねえの仕事も残しておかなきゃだし」

「……それ、重要」


 コリトコ争奪戦というよりコーカ鳥争奪戦が起こりそうだなと思いながら俺は説明を再開した。


「聞いた話だとレッサーエルフの力を使えば大体の作物はひと月で収穫できる様になるらしいんだ」

「ひと月……そんなの信じられません……あっ、質問は後でした」


 エストリアが慌てた様に自分の口を両手抑える。


「ほほう。そんな魔法が存在するというのか」

「早すぎよぉん」

「途方もない力ですが。その力に生活鍛冶の道具が加わればもっと……」


 そんなエストリアとは対照的にドワーフ三人衆は好き勝手に喋っていた。

 まぁ僕に対する質問じゃないから手を上げる必要は無いと思っているんだろうけども


 それに彼らの気持ちもわからないでも無い。

 僕だってそんなに早く農作物が育つなんて信じられないくらいなんだから。


「問題なのはその力があまりに強力すぎることなんだ。たぶん彼らに助けて貰えば楽に成果が得られてしまう」


 それの何が悪いんだ。

 そう言いたげなヴァンを横目に僕は説明を続ける。


「彼らの力に頼り切って、全てを委ねてしまった後になってその力が失われてしまえばどうなるだろうって僕は考えたんだ」


 ウデラウ村で聞いたレッサーエルフたちの話を思い出して欲しい。

 彼らは子孫が徐々に生まれなくなってきたという状況を打開するために森を出た。


 目論見は一見成功した様に思える。

 しかし代を重ねる度に本来のエルフとしての力を徐々に弱まっていると彼らは言っていた。


 人間よりも遙かに長寿で強力な魔法を操ることが出来たはずが、今では寿命も人間と変らずに魔法も簡単なものしか使えない。

 それはエルフの血が薄まってしまったからなのか、別の理由があるのかはわからない。


 だが確実にエルフとしての力は失われて来ている。


「だから今は畑の作物を一ヶ月で収穫できるまでに育てることが出来ていても、いつかはその力も失われてしまうと思っている」


 もしカイエル公国が彼らに頼り切ったままであったなら。

 遠くない未来にこの国は滅んでしまうかもしれない。


 国にとって食料というのは命と同じ意味を持つと僕は学んだ。

 だからこそ。


「この島ではどんなものが育ちやすく、どんなものが育ちにくいのかをきちんと調べる必要がある。そのためには彼らの力だけに頼ることない農業基盤を作っておきたいんだ」


 そもそも今回の畑作りの目的はそこにある。

 なのに植物を育てる力を使ってしまってはその見極めが出来ない。


「作物の育成状況を見るために始めるには今が一番良い時期だと思う。だからあの畑はその実験のために使いたいんだ」


 僕はそこまで説明してからトアリウトの方を向く。


「それにトアリウトさんたちには後で作る予定の農業区画を手伝って貰うつもりだから。別に畑仕事全てに関わらないって話じゃ無い」


 といっても農業区画にする予定の土地はまだ全く開発していない。

 やっとキエダによってある程度の調査が済んだだけである。

 なのでそこを区画として壁で囲い、農地にするのはまだ先のことである。


 これからやらなければならない色々なことを考えると夏には間に合わないかもしれない。

 だけどレッサーエルフたちの力であれば後からでも十分な収穫量を得ることが出来るはずだ。


「というわけで何か質問があれば答えるよ」


 僕は最後にそう言って話を終え、皆の顔を見回した。

 どうやら質問は無いらしい。


 なんとか全員から理解が得られたと心底ほっとしながら僕は腰を下ろす。

 長々と説明するのはかなり精神的に疲れるものだ。

 目と目の間を指でつまみ、軽くも見ながら息を吐く。


「ひとつ提案があるんだがいいか?」


 ヴァンだ。

 今日の会議は、やけに彼の声を聞く気がする。

 いつもは我関せずとつまらなさそうにしているだけなのに何か心境の変化でもあったのだろうか。


「なんだい?」

「さいきん俺たちずっと働き詰めだろ?」

「そうだね。建国するって決めてからやらなきゃならないことが多すぎて休んでる暇も無いから」


 なんだろう。

 休みが欲しいとか言うつもりなのだろうか。


「それでな。皆がセカセカしてるせいで、なんだかコーカ鳥たちもピリピリしてやがんだよ」

「そうなのか? コリトコ」

「うん。最近落ち着かないみたいで卵を産む数もちょっと減ってきたんだ」


 全然気がつかなかった。

 今のカイエル領においてコーカ鳥の卵というのは貴重なタンパク源である。

 毎日の食卓には必ず卵料理が出るほど依存していると言って良い。


 まさか将来を心配している足下で既に崩壊が起こっているとは。


「それでヴァンはその対策方法に何か心当たりがあるんだね?」

「おう、そうそれだそれ。前々から言ってるアレだよ」

「アレ?」


 何だろう。

 僕が首を傾げているとヴァンは少し憤った声で強く言い放つ。


「レースだよ、レースっ! コーカ鳥のレースをやるんだよ!」

「そういえば前からレースがしたいってヴァンは言ってた気がするけど、それでコーカ鳥たちは落ち着くってのかい?」

「たぶんな。彼奴ら皆が働いてるってのに自分たちだけが厩舎で草喰って歩き回ってるだけなのが気にくわないみたいでな。それでストレスが溜まったみたいなんだよ」


 クロアシやトビカゲのように拠点の外の探索やドワーフたちの輸送兼護衛をしている子たちはまだいいとして、それ以外のアレクトールとフランソワは余り外に出る機会が無い。

 なので余計に自分たちは何もしていないと思ってしまっているのではないかとヴァンは言う。


「そのことはトアリウトさんには?」

「そういやオッサンはコリトコよりももっとコーカ鳥の気持ちがわかるんだったな。だったら一度厩舎に来てくんねぇか」

「それは構わんが。いいのかコリトコ?」


 トアリウトは拠点に来てからもあまり鶏舎には近づかなかった。

 何故かと聞くとコリトコの仕事を奪いたくないと僅かに微笑んで答えてくれたのだが。

 それが仇になった形だ。


 コリトコにもトアリウトと同じ魔物と意思疎通が出来る能力はあるが、それはまだ完全に開花していない。

 なのでコーカ鳥の様子がおかしいことは薄々感づいていたものの、その原因まで気付くことが出来なかったという。


「あっちも早く大人になってお父ちゃんみたいに立派なテイマーになりたいよ」


 そう悔しそうに唇を噛むコリトコの頭を軽く撫でるトアリウトに僕は「お願いできますか?」と聞くと、彼は大きく頷いて返してくれた。


「それじゃあトアリウトさんは今日は畑の方じゃ無く鶏舎の方ということで。それで手が空くヴァンにはギルガスさんの手伝いに回って貰って、あとは昨日と一緒でよろしく」


 それから僕は皆の顔をもう一度見渡してから「今日も一日頑張りましょう!」と朝の会議を締めくくったのだった。

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