第99話 浄水装置と種族の違いを考えよう!

「今日から拠点の中に水路を引くよ」


 朝食の席で俺は全員に向けて今日の予定を告げる。

 これが最近の日課だ。


 朝食と夕食は現在拠点にいる全員が集まって一緒に食事をすることにしていた。

 この先住民が増えていけば一緒に食事をする機会は減るだろう。

 だけどそれが可能な内はこの習慣は続けて行きたいと僕が提案したのである。


「わかりました。それで私たちは何をすればいいのでしょう?」

「もうどこにどう引くかは決まってるからいつも通りして貰って結構よん」


 テリーヌの質問に答えたのは僕では無くジルリスだ。

 彼女の言うとおり、現在の拠点部分に関しては設計済みである。


「これが計画図なんだけど。昨日のうちに領主館の裏まで水路は引き終わってるから、今日はこの部分の壁の下を掘って――」


 拠点を上から描いた俯瞰図には、これから作る予定の水路だけでなく畑や家、倉庫なども描かれていた。

 その中で水路の入り口は領主館の裏手に位置している。


「中に引き込んで領主館の右と左へ水路を延ばそうと思ってる。一応左側に伸ばす分は飲み水用で、外から入ってきた水のウワバミだけが流れる様にして、残りは右側にながして農業用とかの用途に回すつもりなんだけど」

「もちろん皆が飲む水に関してはそのまま水路の水を使うことは無い。ここを見るがいい」


 俺の話を継いて、いつもの様に尊大な態度でオルフェリオス三世が図面の一部を指さす。

 そこには樽の様な絵が描かれている。


「……樽?」

「それ、何かなってさっきから気になってたですぅ」


 アグニとフェイルにわかるはずはない。

 僕だって何も知らずにこの絵だけ見たら大きな樽にしか思えなかっただろう。


「ふふんっ。聞いて驚け! 実はこれは我が生活鍛冶師が研究に研究を重ね産みだした――」

「これは浄水装置というものだ」


 無駄に自慢げに正体を告げようとしているオルフェリオス三世を押しのける様にギルガスが席から腰を浮かして図面を指さし答えを言ってしまう。


「し、師匠ぉ」

「ふんっ。お前はいちいち勿体ぶる悪い癖をいい加減に直せ」


 情けなくギルガスにすがりつくオルフェリオス三世に向かってギルガスは冷たく言い放つ。

 だがやはりそんな彼も弟子には少し甘い様で。


「それなら浄水器の説明はお前に任す。しっかりやれ」


 と、オルフェリオス三世に告げて腰を降ろした。


「ゴホン。それでは師匠から指名された我が責任を持って説明しよう」

「簡単にお願いするよ」

「うっ……わかった。なるべく簡単に説明させて貰おう」


 浄水器の仕組みを一から説明する必要は無い。

 というか開拓計画の時に僕はその仕組みを詳しく教えて貰ったが、半分くらいはもう忘れている。


「この樽形のものは先ほど師匠が言った様に『浄水装置』と言って、その名の通り水を綺麗にするものだ」


 仕組みは簡単。


 浄水装置の中は水を濾過するための円筒状の筒がいくつか入れてある。

 その筒の中には石粒や砂、そして炭などが濾材として詰め込まれていて、中を順番に水を通すことで徐々に水の中に混ざっている不純物を濾過いくという仕組みだ。


 もちろん使えば使うほど濾材は汚れていくので、定期的に入れ替える必要はあるが、そのために一つ一つの濾材を別々の筒に分けて簡単に取り替えできる様に作ってあるのでそれほど手間は掛からない。


「水路を流れてきた水を浄水装置の横に設置した魔導ポンプで汲み上げ、上部から流し込む。すると一番下まで流れ出るころにはすっかり綺麗な水に生まれ変わっているというわけだ。凄いであろう?」

「質問良いでしょうか?」


 自慢げに胸を張るオルフェリオス三世に、エストリアが手を上げる。


「どうしてそのような装置が必要なのですか? 別に川の水をそのまま飲めば良いのでは無いのでしょうか?」

「は?」

「えっ!」


 エストリアの質問に幾人かが驚きの声を上げる。

 もちろんオルフェリオス三世もその内の一人だ。


「そうだよな。別にあれだけ綺麗な川の水だったらそのまま飲んでもいいんじゃねぇか?」


 手を頭の後ろに組みながらヴァンもエストリアと同じようなことを言う。

 二人の表情を見ると、まるでそれが当たり前のことだろうと言わんばかりで。


「ん? 何か間違ったことでも言っちまったか?」


 皆の顔を見て自分の言葉のどこがおかしかったのかと頭を捻るヴァン。


 だが。


「そういえば獣人族の皆さんは生水を飲んでも問題ないほど胃腸が丈夫なのでしたな」


 皆の疑問はキエダのその言葉で氷解した。

 つまりエストリアたち獣人族は強靱な胃腸を持つが故に生水を飲んでも平気なのだ。

 だからいちいちそこまでして浄水するということが理解出来なかったわけである。


「なるほど、そういうことか」

「もしかして皆さんは川の水をそのまま飲まないのですか?」


 不思議そうに尋ねるエストリアに僕は端的に説明をする。


「どうしても飲まなきゃいけないときは飲むけどね。僕らは川の水をそのまま飲むとお腹を壊しちゃう時があるんだ」

「そうなのですね。知りませんでした」


 種族が違えば常識も変る。

 ほとんど他の種族が住んでいなかった王国で生まれ育った僕には、その視点が抜けてしまうことが多い。

 僕はこの国を様々な種族が住める国にしようと考えているというのに。


「いや。むしろ勉強になったよ。ありがとうエストリア」


 知らないことは知ればいい。

 そうして誰もが前へ進んでいくのだから。


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