第98話 初めての法案を決めよう!

 水路工事を始めて六日ほど経った。


 僕のクラフトスキルとドワーフたちによる共同作業は予想以上に順調に進み、あと数日もあれば拠点までの水路は完成する所まで来ていた。


 その間にカイエル共和国はある画期的な改革を行った。


『エバ法』から『センチメル法』への単位変更である。


 切っ掛けはギルガスの提案だった。


「お主らが使う単位なんじゃがな」

「単位ですか?」

「そうじゃ。お主らが元々所属していたエンハンスド王国は特殊な単位を使っているだろう?」


 ギルガスのいう特殊な単位とは『エバ』のことである。


 エンハンスド王国建国時の王都。

 その大きさを基準とした『1エバ』という単位を使っているのは、その成り立ちもあってエンハンスド王国だけである。

 なので他国から見るとかなり特殊で、その単位の違いから時々問題が起こっているという話は知っていた。


「せっかく王国から独立して新しい国を作るんだ。単位も一番よく使われている『メル』に統一してはどうかな?」

「メルですか。学生時代に習ったことはあるんですけど、生まれつきエバで育ってきたので違和感があるんですよね」

「そんなものはすぐに慣れる。そもそも――」


 ギルガスはお手製の1メル定規を背中から引き抜くと僕にその横に書かれたメモリを見せながら続ける。


「ワシらドワーフ族も基本はサンチメル法を使っておるのは知っているだろ?」

「ええ、まぁ」

「今回の水路工事で痛感したんだが、お前さんやキエダの旦那の作った設計図に書かれている数値をいちいちセンチメル法に描き直すのはいささか面倒になってきたのだ」


 今までは僕やキエダが彼らに何かを作って欲しいと頼んだとき、その指示は『エバ』で行われていた。

 それを彼らは毎回『センチ・メル』に変換して、設計図の数値を書き換えてから作るという二度手間を行っていたというわけである。


「別にワシらが楽をしたいからというだけで行っておるわけじゃない。実際世界を旅したワシだからこそ言えるが、王国以外の国で『エバ』はほとんど通じない」


 それはそうだろう。

 今でこそ西の大国となったエンハンスド王国だが、世界全てに影響力を持つわけでは無い。

 王国に関わり合いの強い国以外では独自単位が通じるとは思えない。


「これからカイエル共和国を本格的に運営していくのなら王国以外と交易から何から進めていかねばならんだろ。

いや、むしろ王国以外を味方に付けることこそがこの国を存続させる道だとワシは思っておる」

「そうですね。王国から見れば僕らは裏切り者と思われるかもしれないですし」

「だからこそ単位を世界基準に改める必要があるとワシは思うのだ」


 ギルガスの言い分はもっともだ。

 僕はその日の夕方に、早速みんなを集めるとギルガスの提案を皆に伝えた。


 その意見には誰も反対は無く。

 それどころかギルガスと同じく王国の外を知っているキエダは真っ先に賛成の意を示した。


「反対意見は無しか。それじゃあカイエル共和国の共通単位はこれ以降『エバ法』ではなく『センチメル法』とする」


 そうしてカイエル共和国として初めての法案が決議したのだった。



****



「まさか最初の法案が単位改正とはね」


 それはさすがに予想外だった。

 やはり学校で学んだだけの知識しか持たない僕と違い、世界を知っている人の存在は大きいと痛感する。


「建国ってものを簡単に考えすぎていたかも知れないな」


 単位改正が決まった翌日。

 僕は水路工事に向かう為、コーカ鳥の鶏舎に向かいながら考える。


 やはり僕の知識や経験はまだまだ未熟で足りない者が多すぎる。


 もちろん行く行くは王都を出て辺境で領主をする計画のために領地経営の勉強は一生懸命したつもりだ。

 だけどそれはやはり『王国内の一領主』としての領地経営で。

 外交や面倒なことは王国に任せれば良いといった他力本願な考えが強かった。

 しかし建国した以上、そういう外国との交易や交流について王国を頼るわけにはいかない。


「やっぱり人材がまだまだ足りないよな」


 自分に足りないものを補うには色々な方法がある。

 一つ目は自分自身でその知識を学ぶことだ。

 だけどそれは時間が掛かるし、全てを僕一人でまかなうのには限界がある。


 となるともう一つの手段を用いるのが現実的で。

 そのための布石はクレイジア学園に通っている間に既に打ってあった。


 もちろんその時は王国を出て建国するなんてことを本気で考えていたわけじゃ無い。

 ただ自分はそれほど万能では無いということくらいは自覚していた。

 だからもし何か不測の事態が起こったときに頼る人材を探した。


 クレイジア学園の主な生徒は貴族や有力な商人などの子息子女である。

 そして一般の生徒も王国の内外問わず優秀な人材が揃っていた。

 その中には能力はあるものの家を継ぐことが出来ない者たちも多くいて。

 そんな人材を僕は暇を見つけては探し出して目星を付けていた。


「といっても王国を捨ててここまで来てくれるような人がどれだけいることやら」


 すでに建国のため欲しい人材に僕はエルを通じて手紙を送ってある。

 その返事はまだ一つも返ってきていないが、その内の一人でも来てくれれば御の字だろう。


 過度は期待はしない方が良い。


「出来れば先生だけでも来てくれれば助かるんだけどな」


 僕はクレイジア学園で唯一話が合った魔族の先生のことを思い出す。

 きっと先生は僕が本当に建国するなんて微塵も思っていなかったに違いない。

 だから簡単に口約束をしてくれた。


 もちろん僕だって自分が建国までするとは思ってなかったし、軽い気持ちで保険をかけただけだった。

 だからもし先生が約束を無かったことにしたいと言うなら、僕は無理にこの島へ呼ぶことはしない。

 そのことはエルにも伝えてある以上、最終的に決めるのは先生だ。


「レスト様。準備は出来てますわ」


 鶏舎にたどり着くと、先に出ていたエストリアがクロアシと共に僕を待っていてくれた。

 既にヴァンとドワーフたちは一足先に水路工事現場へ向かった様だ。


「ごめん。後れた」


 僕はエストリアに駆け寄ると頭を下げる。

 昨夜、どうしてもやっておきたいことがあったので今朝は寝坊してしまった。


「ふふっ。レスト様も寝坊なんてするんですね」

「僕は元来怠け者だからね」

「そうなんですか?」

「ああ。もし僕が勤勉だったら今頃ダイン家を継いでいたよ。そうだ、これアグニから」


 僕はそう言って領主館を出る時にアグニから預かってきた鞄をエストリアに差し出す。

 中にはアグニお手製のクッキーとお茶の水筒が入っていて結構重い。

 だけどそんな荷物もエストリアにとっては関係なく。


「この鞄はクロアシちゃんの横に下げておきますね」


 そう言って軽々と僕から鞄を受け取ると手早くクロアシの鞍に結びつけた。


「それじゃあ行きましょうか」


 そのままクロアシの背中に飛び乗ったエストリアが僕に向かって手を差し出す。

 いつも思うのだが、これって本来は立場が逆じゃないといけないのでは無いだろうか。


「ああ、行こう」


 しかし自力で登れないのだから仕方が無い。


 僕は暖かなエストリアの手を取る。

 そして先ほどの荷物よろしく軽々と僕を引き上げてくれた彼女の後ろにいつもの様に乗り込んだのだった。

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