第95話 拠点拡張計画を立てよう!

 タタッ。


 タタッ。


「レスト様ぁ」


 軽い足取りで駆けてくるファルシの背中でコリトコが大きく手を振る。

 その後ろに座っているのはキエダだ。


 彼らには今日、拠点の開発方針を決めるために星見の塔の上から周囲の地形をスケッチするという仕事を任せてあった。

 星見の塔の上り下りには人の足では時間が掛かる。

 なのでファルシに今回もお願いしてキエダの送り迎えを頼んだわけである。


「戻りましたぞ」


 僕の目の前でファルシが停まると、その背中からキエダとコリトコが軽い身のこなしで地面に降り立つ。

 コーカ鳥にしゃがんで貰っても乗り降りに苦労する自分とは大違いだ。


「ただいま」

「おかえり二人とも――それとファルシ、お疲れさん」

『ハッハッハッハッ』


 星見の塔は僕が調子に乗ったせいでかなり高い建物となってしまった。

 なので上るのも一苦労なのだがファルシにとっては軽い運動程度らしい。

 と、コリトコが言っていた。


 確かに目の前でハッハッと息をしているファルシは、それほど疲れているようには見えない。


「それじゃあコリトコはファルシと屋敷で休憩してきてくれ」

「えーっ。別にあっちたち疲れてないよ」

『クゥーン』


 どうやら彼らはまだ何か手伝いをしてくれる気でいるようだ。

 だけど子供というのは突然エネルギー切れになるときもある。

 なので早急に頼みたい仕事が無い間は多めに休んで貰うつもりだ。


「アグニが新しいお菓子の試食をして欲しいって言ってたんだけどな」

「えっ! アグ姉のお菓子っ!?」


 突然目の色を変えるコリトコ。

 仕事にはそれ相応の報酬が必要だとアグニに頼んであったのだ。


「ファルシにも用意してくれるって言ってたぞ」 

『わふんっ』


 ファルシは僕の言葉に思いっきり尻尾を振り出すと、その鼻先でコリトコの背中を押し始めた。


「わ、わかったよ。行くから押さないでよ」

『わふ』

「それじゃあ行って来まぁす」


 軽い身のこなしでファルシの背にのると、コリトコはそう言い残して屋敷に向かって駆けていった。

 その後ろ姿を見送ってから俺はキエダに向き直る。


「大丈夫。キエダたちの分も用意してくれるって言ってたから」

「それは楽しみですな」


 そう笑ってキエダは手にしていた書類鞄を持ち上げる。


「では、おやつを美味しく食べるためにも今日の成果を報告させていただきませんとな」

「そうだね。それじゃあ広場の休憩所で話を聞こうかな」


 この拠点にやってきて最初に皆で食事をした場所である。

 今、そこには屋根付きの休憩所が作られていた。


「キエダは先に行って準備をお願い。僕はギルガスを呼んでから行くよ」

「わかりました。拡張工事にはあの御仁の技術が色々と必要になりますからな」

「僕のクラフトスキルだけでは限界があるからね」

「謙遜が過ぎますな」

「そうでもないさ。いくらいろんなものが作れると言っても、ドワーフたちの技術を簡単に模倣できるなんて思えないからね」


 僕はそう応えるとギルガスがいるであろうドワーフの鍛冶工房へ足を向けた。

 彼らには今、この領地を開拓するために必要な道具を作って貰っている。


 どんな道具が必要なのかについてはトアリウトの意見を参考にした。


 彼らは僕らが来るずっと以前からこの島を開拓して村を作り暮らしてきたのだ。

 王都暮らしで知識だけしかない頭でっかちな僕らより、実際に様々な経験を積んでいる彼らレッサーエルフに任せるのが最適だと考えたからである。


「こんにちわ。ギルガスさんは居るかい? うわっ」


 今日も元気に屋根の煙突から煙を吐いている工房の扉を開く。

 とたんに猛烈な熱波と煙が顔を襲い、僕は思わず手でそれを防ぎながら数歩下がる。

 

「あらぁ? レスト様じゃなぁい。いらっしゃぁい」


 その煙の向こうから聞こえて来た声はギルガスの娘ジルリスだ。

 顔を背けたくなるほどの熱気の中だというのに、まったくいつもと変わらない平然とした声音にドワーフの凄さを再認識させられる。


「ちょっとギルガスさんに用があってね」

「パパに? ちょっとまってねぇん」


 揺らめく陽炎の向こう側。

 立派な髭を揺らしながらジルリスの姿が消える。


 そしてしばらくすると奥から一人のドワーフがすすだらけの顔でやってきた。


「何の用だ大公様よ」

「その呼び方は止めて欲しいって言いましたよね?」

「ん? そうだったか?」


 腰に下げていた手ぬぐいで顔を拭きながら、ギルガスは「じゃあなんて呼べば良い?」と首をかしげる。


「レストでいいですよ」

「ふむ。しかし国主を呼び捨ては他の者に示しが付かんだろ」

「他の者って言っても、まだほとんど知り合いしかいないじゃないですか」

「それでもだ。そうだな……あるじ殿とでも呼ばせて貰うか」


 ギルガスはそう言うと、僕の反論を遮るように「それで何の用だ主殿」と一呼吸も置かずに尋ねてきた。


「はぁ……まぁいいです。キエダがこの拠点の周囲をスケッチしてきてくれたので、拡張工事の打ち合わせをしようかと思って」

「ワシは何をすればいいのだ?」

「地形を見て貰って、どこに何を作れば良いのかとかアドバイスを貰えればなと」

「わかった行こう。その前に馬鹿弟子どもにやることだけ指示しておく」


 そう言うとギルガスはまた熱気と煙が渦巻く工房の中へ入っていった。

 ドワーフたちにとっては熱気も煙もたいした問題ではなさそうではある。

 だけどこれから先、色々作って貰う時に工房の中に僕だけじゃ無く他の人も入る必要が出てくるだろう。

 現状のままではとてもではないがドワーフ以外中に入ることが出来なさそうだ。


「換気窓とかちゃんと作っておかないと」


 最初に建てたときにすっかり失念していたことを反省するしかない。


「帰ってくるまでに仕上げておくんだぞ!」


 そうこうしているとギルガスが奥に向かって一声かけつつドアから出てくる。

 真っ黒な顔と髭は手ぬぐいで拭いた程度ではとても元に戻りそうに無い。


 僕はテリーヌに風呂の用意を頼んでおこうと思いながら、ギルガスと共にキエダの元へむかうのだった。


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