第三章 そして建国へ

拠点を開発しよう!

第94話 建国宣言をしよう!

 アグニの兄でありキエダの弟子であるエルからの情報で、僕――レスト・カイエルが赴任させられた辺境の孤島がとっくの昔にエンハンスド王国の領地で無くなっていたと知った数日後。

 僕は家臣たちと領民の代表を招集して緊急会議を開くことにした。


 集まったのはキエダとテリーヌたち家臣団。

 そしてエストリアとヴァンの元ガウラウ帝国皇族。

 レッサーエルフからはコリトコの父であるトアリウト。

 最後にドワーフ代表のギルガスと僕の合計九人である。


「もう皆も聞いてると思うけど、これからこの領地をどうしていくかについて話し合いたいと思う」


 継母であるレリーナ=ダインの策略のおかげで、現在僕を含め家臣たちは全員エンハンスド王国では行方不明扱いらしい。

 そのことはアグニの兄であり、キエダが鍛えた諜報員のエルの調査で判明している。


「たぶんこのまま現状を放置すれば僕たちは賊か魔物に襲われて全員死亡ということにされると思うんだ」

「あの御仁ならやるでしょうな。既にここまでのことをしておるわけですからな」


 キエダが表情を歪めながら発言する。

 彼は僕の母、エリザの専属執事をしていた頃からレリーナとその手先たちと表だけでなく裏でも激しくやり合ってきた男だ。

 思うところの多さは僕の比ではないに違いない。


「何を悩んでおる」


 そんなキエダの横から野太い声が上がる。

 ドワーフ族の移住者代表として同席して貰ったギルガスだ。


「この地が誰のものでも無いというなら好都合ではないか」

「それって、どういう意味です?」

「簡単なことだ。この地をお主の国にすれば良い。それだけのことだろう」


 何を当たり前のことをという風にギルガスはあっさりとそう言った。

 もちろん僕の頭の中にその案が無かったわけじゃ無い。

 だけど――


「自分の国ということは建国しろってことだよね? でもこの島の人口は全員合わせて百人も居ないのに国なんて作れるとは思えない」


 実際この島の住民は、僕が把握している範囲では四十人ほどしかいない。

 そんな少人数で国を名乗ることが出来るのだろうか。


「それの何が問題なのだ?」


 ギルガスが立派な髭を撫でながら、本当に何が問題なのかわからないといった風に口を開く。


「何がって、国ってもっと人が集まって出来るものだと僕は思ってるんだけど」

「ふむ。それはお主が世界を知らぬからだろう。十人程度の少数で国を興した例は昔から数多くあるし今も存在しておるぞ。なぁキエダ殿」


 ギルガスから話を振られたキエダが「そんな例は知らないですぞ」と応えてくれることを期待して僕は彼の方へ視線を向ける。

 しかし彼の口から出たのはその期待を裏切るもので。


「たしかに。私が冒険者として世界中を回っていた頃にもいくつかそのような小国へ立ち寄ったことがありましたな」


 顎髭を擦りながらキエダは更に言葉を続ける。


「さすがに十人とまではいきませんが、二十人ほどの聚落が国を名乗っていたこともありましたな」

「それって、もはや国じゃ無くて村じゃない?」

「周りから見ればそうでしょうが、彼らは彼らで立派に国を作ろうとしていました。まぁ次に訪れた時にはその国があった場所は何もない更地になっておりましたがな」


 キエダが言うには大陸北部にはそうした小国が林立していて、常に生まれては消えを繰り返している。

 特にこの島の調査団が撤退する切っ掛けとなった戦争。

 その戦争を仕掛けたガルド帝国が滅んでから北の地は幾つもの小国に分裂し、覇権争いが耐えなくなっているのだとか。


「昨日まであった国が翌日には消えて無くなっている。そんなことも日常茶飯事でしたぞ」


 生まれてからずっとエンハンスド王国という大国で過ごしてきた僕には理解出来ない世界だ。


「そもそもレスト様。エンハンスド王国という国自体、様々な領主が治める自治領が集まって出来ているのはご存じでしょう?」

「もちろん」

「ならばおわかりでしょう? 王国内の領地は基本的に直轄地以外はそれぞれ自治が認められております」


 キエダの言うことはダイン家やクレイジア学園で、貴族としての教育を受けてきた僕にはわかる。

 確かにエンハンスド王国は各地を納める領主の権限は強い。

 それはエンハンスド王国という国が急激に拡大したことと関係している。


 西大陸の三分の一を占めるまでになった王国の領地だが、その全てが戦争で手に入れた土地ではない。

 特に南部の領地は、元々存在していたいくつかの小国が王国に帰順して無駄な争いをせず自治領として存続を望んだ結果生まれた自治領が多いのである。


「つまり領主というのは元々一国一城の主。レスト様が『領主』となられた時点で既にエルドバの国王になられたも同義なのですぞ」


 広大になりすぎた王国は、既に一国の王が全ての地を管理することは不可能になっていた。

 特に王都から遠く離れた地であればなおさら直轄することは大きな手間とリスクを伴う。

 だからこそ管理者のいないエルドバ島を王国は領有を放棄せざるを得なかったのだろう。


「国王か。でも僕はやっぱり王様って柄じゃないと思うんだ」

「そうでしょうか? レスト様なら立派な王になられると思いますよ」


 僕の弱気な言葉にテリーヌが僅かに首を傾げてから言うと、その場にいた全員が頷く。

 いつのまに僕はそんなに信頼される様になったのだろうか。

 それは嬉しくもあるが、同時にその期待に応えられるだろうかという不安も心に浮ぶ。


「それではこうしてはいかがでしょう」


 そんな僕の顔色を読んでくれたのか。

 エストリアが優しげな笑顔を浮かべて挙手をした。


「何か良い案でもあるのかい?」

「レスト様は『王』という言葉が自分には重すぎると思ってらっしゃるようなので」

「うん。エストリアの言うとおり、急に王になれと言われても心の準備が出来ないんだ」

「でも貴族としてこの島の領主となって領民を守るという決意は前に示していただきました」


 たしかに僕はエストリアたちにもレッサーエルフたちにもこの島の領主として、エルフやガウラウ帝国を相手にしてでも民を守ると決意した。

 それに関しては今も変っていない。


「でしたらレスト様が治めるこの国を【王国】ではなく【公国】にすればいいのです」

「公国……」

「はい。それならレスト様は王ではなく貴族のまま国の代表になるわけですから、今と変らないでしょう?」


 エストリアの提案に、その場に集まった皆は口々に騒ぎ出す。


「そうですな。それならレスト様は公爵……いや、大公に昇爵ということになりますな」

「つまり今後この地はカイエル公国となるわけじゃな」


 王国と違い公国は貴族が国主となって治める国である。

 だが決まった一族が国の実権を握っているという意味では同じ君主制だ。


 つまりエストリアが言っていることはただの詭弁で。

 そのことは、ある程度の教育を受けた者なら皆わかっているはずだ。


「これからはカイエル殿下とお呼びすればよろしいのかしら。それともレスト大公様かしら?」

「レスト様がレスト殿下に変るだけ」

「でんかー! でんかー!」


 だが何故だろう。

 詭弁でしかないとわかっているのに、僕の心は先ほどまでと違ってずいぶん軽くなっている。


「我らレッサーエルフ一同は、今までと変らずこの地に住めればそれでいい」

「レストが大公なら俺様は伯爵でも構わねぇぜ」

「ヴァン。調子に乗ってはいけませんよ。決めるのはあくまでレスト様なのですから」


 しかし詭弁だとわかっていながら誰一人そのことを口にせず。

 それどころか既に決まったことの様に楽しそうに未来を語り合い始めたからかも知れない。


 そんな仲間たちの姿を見ながら思いだす。

 元々僕は王都での貴族のしがらみから逃げて、悠々自適な生活を送りたいとこの地にやってきた。

 だけど決して僕一人だけそんな生活を満喫しようと考えていたわけじゃ無い。

 僕は自分の信じる仲間たちと共に、その地の人々と楽しく暮らせればいいと思っていた。

 

 あの継母のことだ。

 きっと僕は王都から遠く離れた貧しい土地へ送り込まれるだろうと予想はしていた。

 そしてクラフトスキルがあればそんな土地でもなんとか出来ると信じていたのだ。


「まさか国外に追放されるなんて予想外だったな」


 僕は小さく呟く。


「だけど、そのおかげで手に入れたものがある」


 この島の未来のために何が必要かを語り合う仲間たちの顔を一人一人見る。

 誰も彼も浮かべる表情は明るく、この先には楽しい未来しかないと思っているような。

 そんな眩しい光景を、この先もずっと守り続けたい。


 そう決意して僕は大きく息を吸い込むと、未だに話題の尽きない仲間たちに向かって決意を込めた声で宣言した。


「今日、この日からこの地を『カイエル公国』とする!」


 仲間たちの歓声と拍手の中。


 僕は。


 僕たちは建国という新たな一歩を踏み出したのだった。




*** 新章更新開始報告とか ***


前から告知していた新章の更新を開始いたします。

今のところ書籍版基準のこの新章は『カクヨムオンリー』となっております。


更新速度重視で書いていくので誤字脱字なども散見されるかと思いますがご容赦くださいませ。


近いうちにコミカライズの続報などもお知らせできると思いますので、そちらの方は今しばらくお待ちください。


それでは引き続き応援よろしくお願いいたします。


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