閑話 魔族の契約

 エンハンスド王国の王都にある貴族の子息が通う最高学府クレイジア学園。

 その一室で一人の女教師が、教え子から届いた一通の手紙を手にして目を輝かせていた。


「ふはははは、あの小僧が我を本当に呼びつけるとはな」


 女は高笑いをしながら手紙の続きに目を通す。


 文字を読み進めて行けば行くほど、どんどん女教師の口元が歪んでいく。

しかしそれは怒りにでも屈辱にでもない。


 喜悦。


 そう、その口元に浮かんでいるのは見た者が恐怖を覚えそうなほどの喜悦の表情だ。


 やがて全ての文面を読み終えた彼女は、その手紙を握りつぶす。


「くっくっく。まさかそのような場所がこの世界にあろうとはな。あの小僧に恩を売っておいて間違いは無かったようじゃ」


 夜の校舎。

 部屋の窓から差し込む月明かりが彼女の顔を浮かび上がらせる。

 その顔は美しく、誰もが見惚れる魅力を持っていた。


 だが彼女の姿に見惚れた者たちはその直後に気がつくのだ。

 彼女の頭の左右に渦巻く魔族特有の角の存在に。


 そう、彼女はエンハンスド王国では滅多に見かけることの無い魔族なのである。


「教師という職も面白くはあったが、それよりも面白そうな場所を用意されては断ることは出来ぬな」


 女はそう呟くと手にした手紙を己の魔法で一瞬で灰も残さず燃やし尽くす。

 魔族が産み出す青い炎は人の魂すら燃やし尽くすと言われているが真実は定かでは無い。


 手紙が完全に消え去ったのを確認すると女は部屋の中にある私物を片付け始める。

 そしてその手を止めないまま、彼女以外居ないはずのその部屋で誰かに向かってこう告げたのである。


「あの小僧に伝えよ。我はお主の呼び出しに応じ、近いうちにそちらに向かうと」


 誰も居ないはずの部屋の隅で一つの影が動く。

 それはレストの家臣のエルだった。


「わかりました。我が主君も喜ぶでしょう」


 エルはそれだけ口にするとまた闇に沈み込むように姿を消した。


 女は今度こそ部屋に誰も居なくなったことを確認すると、私物を片付けていた手を止め椅子に座り込む。

 そして机の上に上半身を投げ出すように突っ伏すと大きな溜息をついて情けない声で呟くのだった。


「はぁ……せっかく安定した仕事と安定した生活を手に入れてたのに、どうして我はあんなことを言っちゃったんだろうなぁ。まさかあいつが本当に建国するなんておもわないじゃんよぉ。でも生徒との約束だし、魔族の契約を使ってした約束は守らないといけないし……」


 夜の誰も居ない学校に、魔族の情けない嘆きが響く。


 だがその声を聞く者は既に誰もおらず。

 ただ月明かりだけが彼女を慰めるようにその肩を優しい光で包んでくれるだけだった。

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