第91話 拡張計画とナバーナの木
ギルガスたちを見送ってから七日経った。
その間残った僕らは拠点へ引く水路と、それに伴う拡張計画の草案作成や周辺調査の続きなどを進めていた。
現在拠点は南北に約100メル、東西に50~70メルという広さしか無い。
元々調査団が調査と、当初は長期滞在するよていで開拓した場所をそのまま整地して使っているので、これからこの場所を中心として『町』とするためには拡張工事が必要なのである。
目標としては500メル四方の町を作りたいと思っている。
ウデラウ村のように高低差がある土地で無く、昨日までの調査でも障害になりそうなものは見つからなかったので開拓はしやすいはずだ。
ヴァンとフェイルが調べていた東北方面に大きめの岩が何個か転がっていたらしいが、僕の素材化を使えば取り除くことは容易いだろう。
朗報としては僕らが採取した川の水が予想以上に綺麗で、簡単な濾過魔導具で十分に飲料水に使えることがわかった。
それとアグニとコリトコが調査した東南にナバーナの群生地を見つけたのも大きな発見だった。
ナバーナというのはこの島特有の果実で、真っ青な皮に覆われていてとても食べられそうには思えない見かけをしているが、その皮をむいた中身はとても甘く美味しい。
ウデラウ村の近くの森でも採れるらしいのだが、それほど多くないため、滅多に食べられない貴重なものだという。
そんな貴重な果物が拠点からそれほど遠く離れていない場所にあるというのに調査団の報告書に書かれていなかったのは、どうやらナバーナの木の特性が原因らしい。
どんな特性かと言うと、ナバーナの実はナバーナの木の天辺にまとまって出来るため、下から見上げただけだと周辺の木と区別が付かないのだ。
僕もアグニたちの話を聞いて実際にナバーナの群生地へ行ってみたのだが、コリトコに言われるまでそれがナバーナの木だと全くわからなかった。
ちなみに発見したのはアグニでもコリトコでも無く同行していたファルシである。
「それにしても遅いな」
僕は執務室の外に目を向ける。
出発する時に三日ほどで帰ってくると言っていたのにギルガスたちはその予定の倍の日が過ぎても帰ってきていない。
キエダとギルガスという旅のベテランがいる以上心配する必要は無いのかもしれないが、もしかすると調子が悪いといっていたギルガスの奥さんに何かあった可能性は捨てられない。
もし何かあって帰島が遅れるとしても、この島に連絡する手段は無い。
逆にこちらからも不可能だ。
「レスト様、そろそろ休憩の時間ですよ」
小さなノックの後に扉の向こうからエストリアの声がした。
机の上に置いた懐中時計を見ると昼過ぎに作業を始めてからそれなりに時間が過ぎていたようだ。
「ありがとう、そうさせて貰うよ」
僕は机の上を簡単に片付けると部屋を出る。
部屋の外ではエストリアが待っていてくれた。
「先に行ってくれても良かったのに」
「ふふっ。気にしないで下さい。私が好きでやっていることですから」
エストリアはそう答えると「それでは行きましょう。早くしないとヴァンが全部食べちゃいます」と僕の服の袖を掴んで玄関に足を向けた。
先日僕とエストリアがおやつを持ってデート……調査に向かったという話をヴァンとフェイルが聞きつけたらしく、自分たちも混ぜろと騒いだ。
しかたないので翌日から昼食と夕食のちょうど間の時間帯に皆でおやつを食べる時間を設けることになったのである。
おやつを作るのはアグニのしごとで、負担になるなら作り置きしてあるもので構わないと言ったのだが、彼女は「……ナバーナを使った料理を色々試したいから好都合」と答えて毎日新しいお菓子を考えては用意してくれていた。
といっても今はこの島に持ってこられた数少ない種類の食材とナバーナ、そしてウデラウ村から帰るときに貰った木の実位しか材料は無いので、早急にレパートリーは行き詰まるだろう。
「おう。あんまり遅ぇからもう先に食い始めちまったぜ」
拠点の中央にある広場は、なし崩し的に僕らが集まって食事をする場所になっていた。
ちなみにドワーフの三人は食事時と寝る時以外は鍛冶場に籠もりっきりで、ミスリルを使って効率が良い鍛冶窯を作るため喧々諤々の討論を続けていた。
一度僕が口を挟もうとしたら「素人は黙っていろ」と言わんばかりの血走った目で睨まれて、それ以来鍛冶場には近づかないようにしている。
既にヴァンやフェイルはそれぞれの席で。
コリトコとファルシはテーブルの横に座りながらアグニが用意した菓子を頬張っている。
「ヴァン。レスト様の分まで食べてしまっては居ないでしょうね?」
エストリアがヴァンを睨みながら尋ねると、ヴァンはアグニが曳いてきたであろうカートを指さし答えた。
「ちゃんとアグニが取り分けてるってさ」
「……過ちは……繰り返さない」
昨日も僕は仕事に集中しすぎて来るのが遅れたのだが、そのせいで僕がやって来た時には既にアグニ製の新作クッキーは二つしか残っていなかったのである。
その後ヴァンはエストリアから説教を喰らって反省したようだが、アグニはそれを信じずに今日はきっちり先に僕の分を確保してくれているらしい。
「ありがとうアグニ。それじゃあいただこうかな」
僕はアグニからお菓子の入った皿とティーカップを受け取ると席に着く。
今日のお菓子は『ナバーナケーキ改』だとアグニに手渡された時に聞いた。
以前作ったナバーナのケーキを更に改良したものだとか。
たしかに色合いや形も前回に比べてしっかりしているように見える。
「……前のケーキはナバーナの水分量をまだしっかり把握できてなかったので少しべたついてしまいましたが、今日のは完璧です」
力強く言い切ったアグニは、その瞳で僕に「早くで食べて感想を聞かせろ」と言外に訴えかけるようで。
僕は急いでフォークを手に取るとケーキを一口大に切り取って口へ運ぶ。
結論から言えば「ナバーナケーキ改」は僕の予想を遙かに超える美味さだった。
もちろん様々な高級材料が使える王都の高級店のケーキに比べると質素だが、それを補ってあまりあるのがナバーナの優しい甘さである。
しっかりとした甘さととろけるような食感。
水分量を間違ったという前作と違ってスポンジとナバーナの実が溶け合いすぎずお互いを引き立て合い、絶妙な食感を舌に受けさせるのだ。
僕は思わずアグニに感想を伝えることさえ忘れて二口目にてをのばそうとした。
その時、コリトコの横で同じようにナバーナケーキ改を貪るように食べていたファルシが急に立ち上がると拠点の正門にピンと建てた耳を向けたのである。
「帰ってきたのか?」
『わふっ』
柔らかい鳴き声と共にファルシの尻尾が揺れた。
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