第90話 アグニのおやつセットを持って出かけよう!

 先日の調査で乗って以来、ヴァンはその時乗ったコーカ鳥をえらく気に入ったらしく、今日も乗る練習をしたいと朝から言っていた。


「おーい、ヴァン!」

「おっ、レストじゃねぇか。何か用か?」


 かなりの勢いで走っていたにもかかわらずヴァンが騎乗するトビカゲというコーカ鳥はピタッとその足を止めた。

 僕なら急に止められたら背中から確実に転がり落ちていただろうけれど、身体能力の高い獣人族であるヴァンは制動に合わせ見事に体を背の上に固定したままであった。


「エストリアは居ないのか?」

「姉ちゃんならさっき領主館の方へクロアシと一緒に行ったぜ」


 領主館にクロアシと?

 一応、朝僕がキエダたちと出かける前にエストリアには午後から事前調査をすることは伝えていたはず。


「わかった、行ってみる」

「あ、そうそうレスト」

「ん?」

「今度さ、広いところを使ってレースしねぇ?」

「レース?」

「そう、レース。いっつもこいつら狭いところで走り回ってるだけじゃ可哀相だろ。だから拠点の外にレース場を作ってさ」


 コーカ鳥たちが可哀相と口では言っているが、その実自分がやりたいだけだろう。

 だけれどレースか。

 今日も船着き場まで行く時に勝手にレースを始めてしまったコーカ鳥たちのことを思い出す。


 あれももしかするといつも狭い庭で鬱憤が溜まっているせいで広い場所で走れるからとはしゃいだ結果かのかもしれない。

 だとすると拠点の周りにレース場を作ってそこで走らせてやればある程度暴走が押さえられる可能性がある。

 まぁ、そんなこと関係なしに競争心が高いだけの可能性もあるが、コリトコはストレスが主な原因だと言っていた。


「でもレースをしたら俺とこのトビカゲがダントツで一位だろうけどな」

『ぴきゅっ』


 ヴァンの自信満々の言葉にトビカゲが同意の鳴き声を上げる。

 確かにトビカゲとヴァンの相性は見ている限りかなり良い、だけれどそれは他も同じだろう。

 アレクトールとアグニ、クロアシとエストリアは既に言葉は通じていないのに意思疎通出来ているようにしか思えないほどだ。


 ただ未知数なのは残る一組。

 フランソワとテリーヌである。


 ちなみにフランソワと名付けたのはテリーヌで、僕も流石にその名前は合っていないのじゃないかと思ったけれど、満面の笑みで「フランソワちゃんって良い名前ですよね! ね!」と言われては誰も文句も言えなくなってしまった。

 それに当のフランソワもその名前を気に入ったようで、昨日帰ってきてからテリーヌに名前を母バレる度に『ぴぴっ』と嬉しそうに返事をしていた。

 その姿を見る限り愛称は良さそうだが、他と違い僕はそのコンビが走っているところを見たことが無い。


「と言うわけで頼んだぜ」

「考えておくよ」


 僕はヴァンに片手を上げて答えるとエストリアを追って領主館に向かうことにした。

 領主館の方に目を向けると、正面玄関前でクロアシが座り込んでいる姿が見える。

 どうやらエストリアはクロアシを外に待たせて領主館の中に入っていったようだ。

 僕は少し急ぎ足でクロアシの元まで行くと、その頭を撫でてから玄関に入ろうとし――


「あら、レスト様。もう鍛冶場は完成したのですか?」


 正面から聞こえた声に足を止めた。

 どうやらちょうどエストリアも用事を終えて外に出るところだったらしい。

 その腕には小さめの籠がぶら下がっていて、彼女はそれを取りにここへ来たようだ。


「僕の知識じゃ限界だから、ある程度形になるまで作った後は三人に任せてきたよ」

「そうなのですね。レスト様なら何でも完璧に作ってしまうと思ってました」

「それだったら良かったんだけどね。知識や経験があまりないものは難しくてね」


 僕はエストリアの腕から籠を引き抜きながら答えた。

 籠は思ったより重かったが驚くほどでは無い。


「この籠は?」

「えっと、それはアグニさんに作って貰ったおやつセット……です」


 籠の蓋を開けて中を見てみる。

 そこにはアグニが作ったクッキーなどのお菓子と紅茶が入った水筒。それとティーカップなどが入っていて、確かにおやつセットに間違いない。


「あの河原でレスト様とお茶でも出来たらいいな……とか思っちゃいまして」

そう言って照れるエストリアを見て僕まで少し恥ずかしくなってきてしまう。


 僕はそんな空気を振り払うようにクロアシの方へ歩き出す。

 そして座り込んでいるクロアシの横に立つと、あることを思い出し振り返ってエストリアに対して頼み事を口にした。


「ちょっといいかいエストリア」

「なんでしょう?」

「言いにくいんだけど……クロアシの背中に乗るのを手伝ってくれ」


 僕はまだ一人でコーカ鳥の背中に乗ることが出来なかったことをすっかり忘れていたのだった。

 我ながら情けない……。


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