第76話 命には代えられないから諦めよう!

「ヴァンの様子はどうだい?」

「ええ。お腹の痛みの方は随分落ち着いたようです。それもこれもテリーヌさんとレスト様が薬を作ってくれたおかげですわ。でも……」


 領主館の一階に作った応接室で、エストリアは続く言葉を言い辛そうに僕から目線をそらす。

 彼女が何を言いたいのか察した僕は、彼女が口を開く前に先んじて告げる。


「仕方ないことだったんだ。命には代えられないから、ヴァンもわかってくれるさ」

「そうでしょうか。でもあれからずっと口をきいてくれないのです」

「まぁ、僕も同じ立場だったらすぐにはいつも通りには出来ないかもしれないし、時間が解決してくれるよ」


 苦笑いを浮かべながらエストリアに慰めの言葉を掛ける。

 だけれど彼女の沈んだ表情は変わらない。


「本当なら私がこの手でやるべきでしたのに」

「テリーヌもかなり責任を感じていたから。それにアレの使い方は他に誰も知らなかったんだから仕方ないさ」

「ですが」

「テリーヌも言ってたろ。使い方を間違うと危険だって」


 そう。

 あの後僕らはテリーヌのスキル『メディカル』によって判明した治療法をヴァンに施した。

 

 スレイダ病の時と同じく、必要な素材は医務室と僕の素材倉庫の中身で揃ったのは運が良かっただろう。

 もし素材が足りなくて薬が作れなければ命に関わっていた可能性もあった。


 僕はすぐにテリーヌの指示通り薬をクラフトした。

 その薬は、本来海藻を食べない民族でも海藻を消化出来る酵素と呼ばれるものを体内で作り出せるようにするものらしい。

 念のため少量をエストリアに飲んで貰った後、僕たちはヴァンの治療に取りかかることにした。


 といっても意識を失ったヴァンに飲み薬を飲ませるのは難しい。

 いや、テリーヌの見立てによると、すでにヴァンが大量に食べたコーブは消化器官を一部を除いて消化されず通り過ぎた後だという。

 海藻に対する消化酵素を持たない民族でも、少量であれば胃液などで溶かされ問題は無かった。

 だが、ヴァンは僕が見ていた限りでもかなりの量のコーブ入り卵焼きを食べていた。

 獣人族の胃腸は丈夫と聞いているが、未知の食材を……それも消化し辛いものを大量に食べるとどうなるか。


 結果、彼の体の中に入ったコーブは胃を通り過ぎ腸へ進み――詰まってしまった。


「この状態では薬を経口摂取しても患部まで届くまで時間が掛かりすぎます」


 テリーヌはそう告げた後、僕に消化酵素薬以外にもう一つ作ってほしいものがあると言った。

 すでに胃を通り過ぎ腸の奥、しかも大腸付近で詰まってしまっているらしいそれを取り除くためには薬を直に届けるのが一番だと彼女はその必要な機材の名前を口にした。


「か……浣腸機を作れって?」

「はい。レスト様なら作れますでしょう?」


 僕のギフトは仕組みと設計を知っていて、素材が揃っていればどんなものでも『クラフト』出来る。

 そして初めて作るものより、そのもの作ったことがあるか近しいものを作った経験があるほど完成度の高いものを作ることが可能だ。

 つまり逆に言えば仕組みや実物を知らなければクラフトするのにかなり苦労するということで。


「テリーヌは僕が『浣腸機』を作ったことがあると思ってるの?」

「いいえ。ですが注射器は以前作ろうとしていらっしゃいましたから。仕組みとしては同じ様なものですから可能だと思います」


 それはコリトコが運び込まれ、元気になった後だ。

 王都からこの島に持ってこれた医療器具は必要最低限のものしか無いことに危機感を覚えた僕は、もしもの時に必要になりそうなものを先にクラフトしておこうと決めたのだった。

 そして医療に詳しいテリーヌやアグニの助言の元で、彼女たちが必要だというものをクラフトした。

 しかし医療器具というのはなかなか難しく繊細で、おかしな物をクラフトしてしまえばそれは直接患者の命に関わる。

 特に注射器はかなり難易度が高く、テリーヌが求める精度の者を作り上げるのに徹夜した記憶があった。


「ぐううう」


 医務室のベッドからヴァンの苦しそうな声が聞こえる。


「もう時間はありません。急がなければ最悪ヴァン様の腸が壊死してしまうかもしれないのです」

「ああ、わかった。それじゃあ図面か何かを――アグニ、描いてくれるか?」


 焦りつつもテリーヌの絵の才能を思い出し、とっさに知識がありそうなアグニに任せたのは良い判断だったと思う。

 僕はアグニの描いてくれた図面と、僕が知っている注射器のイメージを掛け合わせながら何個か試作品をクラフトしていく。、


 一つ作る度に二人からダメ出しされ修正しクラフト。

 それを十数度繰り返し、やっと浣腸機は完成した。

 といってもアグニやテリーヌにとってはまだまだ普通の人に使うには危険かもしれないという出来だったが、そろそろヴァンの様子が危険な状態になってきていたのと、獣人族の強靱な体と快復力なら耐えられるとテリーヌが許可を出す。


 そして、そこからがエストリアが悔やんでいる理由となる。


 浣腸機を使って薬液を体内に送り込む。

 そのためにはつまりヴァンのお尻に浣腸機を突っ込むひつようがあるわけで。


「わ、私がやります。姉ですから弟のお尻は見慣れてますし……子供の頃のですが」


 最初立候補したのはエストリアだった。

 だが、ここはやはり同性のほうがいいだろうと僕とキエダが名乗りを上げたのだが……。


「この浣腸機では使い方を熟知してない人が使えばお尻に後遺症が残る可能性があります。ですので、私しか使えませんよ」


 テリーヌからそう告げられては誰も何も言えなくなった。

 こと医療に関しては彼女のギフトは間違いが無く、その彼女がそう言うのならその場に居る中ではテリーヌ以外は扱えないというのは本当なのだろう。


「大丈夫ですよレスト様。私、奥様のお医者様になるために色々学んで経験も積んでいますので、こういうことをするのも実はも初めてではないのです。男性……しかも獣人族の方は初めてですけど、そこはギフトが助けてくれますし」


 テリーヌはそう笑うと、手伝いにキエダだけを残して僕らを医務室の外へ押し出した。

 それから「おトイレの準備をお願いしますね」とアグニに告げて扉を閉めた。


 それから暫くして、突然医務室の扉が壊れるような勢いで開かれた。

 真っ青な顔で飛び出してきたヴァンはトイレに駆け込み長い間籠もり、やっと出てきたかと思えば僕たちから逃げるように今度は自室に籠もってしまったのである。


 その後、午前中一杯。

 何度かエストリアやテリーヌが彼の部屋を訪ねたが、けんもほろろに追い返されたらしい。


「気持ちはわかる。まぁ元気そうだから、暫くすればいつものヴァンにもどるさ」

「だと良いのですけれど」

「僕が保証するよ。ただ今日すぐには無理だろうから、暫くはそっとしておいて上げた方がいいと思うよ」


 僕はそれだけ言うとソファーから立ち上がり、俯いて悩んでいるエストリアに右手を差し出した。


「だから今は出来ることからやっていこう」

「出来ること……ですか?」

「ああ。これからこの島を開発していくためにやることは山積みだからね」


 ウデラウ村からの帰路の間、キエダと拠点に戻ってからやることを色々話し合った。

 一応領主館を作り、魔物避けの壁を設置してコーカ鳥の厩舎や畑の準備は出来ているものの、未だにそれ以外は何も手つかずにいる。

 調査団の調査書や団長の手記、それにレッサーエルフの人たちから情報は得ているものの、調査団の記録は古く、レッサーエルフたちもあまり遠出をしない種族のため村から離れたこの周辺の情報はかなり曖昧だ。

 なので、周辺調査も数少ない人数で進めていかないと行けない。


 幸いヴァンという獣人族の強者が仲間になってくれたので、その辺りは色々と捗るはずである。

 ただし、暫くは精神と体のダメージのせいで働いて貰うのは無理だろうけれど。

 

「さぁ、行こう」

「……私で役に立つことがあれば」


 おずおずと差し出されたエストリアの手を、僕の手が迎えに行くように伸ばされ掴む。

 そして優しく引いてゆっくりと立ち上がらせた。


「それじゃあまず最初は――」


 そのまま手を引いて応接室の出口へ向かいながら僕はエストリアに告げる。


「君たちの住む家をクラフトしようか」

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