第75話 限度を超えない努力をしよう!
エストリアが着替えを終え、ヴァンの時と同じように今度は彼女の希望に合わせて部屋を作り上げた。
といっても途中から調子に乗って様々な注文をしてきたヴァンと違い、エストリアは控えめにシンプルな寝室を求めた。
僕としては先のことも考えて彼女には彼女らしい家具や装飾のある部屋にしたかったのだが、自分はもう王族では無いからと断られてしまったのである。
夕食の後、入浴や部屋作りをしている内に夜も更けてきていた。
といってもいつもならまだ寝るような時間では無い。
だけれどウデラウ村から約一日半ほどの旅だけでなく、獣人の国からの逃避行で体も精神的にも疲れが溜まっているだろうと僕は二人に早めに休むように伝えた。
元気いっぱいのヴァンは最初こそ自分は大丈夫だと言い張ったが、一旦ベッドに横になった途端にいびきを掻いて眠ってしまった。
「それではおやすみなさいレスト様、皆様」
「ああ。お休み」
「お休みなさいませエストリア様」
弟の様子を苦笑交じりに見ていたエストリアも、ヴァンのその姿に自分の疲れを思い出したのだろう、少し眠そうな表情を浮かべ自分の部屋に戻っていく。
「あっちもお風呂入ったし、ファルシが待ってるから厩舎の部屋に戻って寝るぅ」
彼女たちの様子に釣られて、風呂に入るために領主館までやって来ていたコリトコも大あくびをして、コーカ鳥の厩舎へ戻ると言った。
いつもなら領主館で寝泊まりするのだが、暫くコーカ鳥たちと離れていたから今日は一緒に寝たいらしい。
「気をつけてな」
「大丈夫。あっちにはファルシが居るから」
「……送る」
領主館を出ていくコリトコの後をアグニがついて行くのを見送った僕たちは、ウデラウ村での出来事を記録したり入浴したり、大量の破壊された食器を修復したりしながら過ごし、それぞれ用事が終わると眠りについた。
「さて、明日はエストリアたちに拠点を見て貰って意見を聞かないとな」
僕はベッドに横になると枕元の魔導具の光を消し目を閉じた。
すでに屋敷の中からは人が動く音も消え、聞こえるのは木々の葉が風に吹かれ擦れ合う音と、時々聞こえる魔獣の鳴き声だけ。
調査団の資料によれば、現在拠点を囲んでいる壁を越えてまで侵入できる魔獣はこの辺りには居ないはxずである。
それでも僅かばかりの不安は浮かぶが、コーカ鳥やファルシを取り押さえた時のように、油断さえしなければ負けることはないはずと心を落ち着かせ。
やがて僕も深い眠りに落ちていった――
だが、翌日。
まだ日も出るか出ないかの時刻。
突然屋敷中にエストリアの悲鳴が響き渡ったのであった。
「ああっ、誰か! 誰か助けてください!!」
日頃からそれなりに早起きな僕は、その声に目を覚ます。
「ヴァンが! ヴァンが大変なんです!!」
続いて聞こえた声は確かに二階からのもので、扉越しでもはっきりと言葉の内容は理解できた。
「いったい何が起こったんだ」
もしかして昨日寝る前に考えていた『魔獣の襲来』でもあったのだろうか。
いくら拠点を上部で高い塀に囲んでいても、空を飛ぶ魔獣には何の効果も無い。
だがウデラウ村で聞いた話や報告書では、何故かこの島にいる飛行する魔獣は外周部の山の上あたりから降りてこないと聞いている。
「レスト様」
ベッドから体を起こし、履き物に足を差し込んだ所でキエダの声が扉から聞こえた。
「キエダは先に行ってくれ。僕もすぐに行く」
「わかりました」
扉の前からキエダが走り去る音が聞こえる。
日頃の彼なら扉越しに聞こえるほど音を立てるなどということは無いが、彼もかなり動揺しているのかもしれない。
「僕も急がないと」
慌てているせいでなかなか履き物を上手く履けず手間取ってしまった僕は、慌てて部屋を飛び出し二階へ向かう。
階段の下ではアグニが二階を心配そうに見上げている。
多分彼女はキエダかテリーヌの指示で、もし一階でも何かが起こるかも知れないということで待機役を任されたに違いない。
「アグニ。他のみんなは?」
「……すでに二階です」
アグニの返答を聞きながら階段を一段飛びで駆け上がる。
そして踊り場から二階の廊下へ出ると、エストリアの部屋の前にキエダたちが集まっているのが目に入った。
「キエダ! 何があった?」
駆け寄りながらそう声を掛けると、奥からエストリアが返事を返した。
「レスト様。突然ヴァンが……ヴァンが苦しそうな声を上げて私の部屋の扉を叩いて」
何事かとエストリアが扉を開けると、ヴァンが廊下で倒れていたのだという。
「どうやら気を失っているようですな。なので早速テリーヌに診察をしてもらっております」
「ああ、ヴァン。こんなに苦しそうなヴァンなんて今まで見たことはありませんわ」
「ふむ。長旅の疲れか、もしかするとこの島の疫病にでも掛かって発病した……という可能性もありますな」
「まさか……スレイダ病か? だったら今すぐ薬をクラフトして――」
僕は慌ててスレイダ病の薬をビンごとクラフトして、しゃがみ込みながらヴァンの体を診察しているテリーヌの顔の前に差し出した。
だが――
「レスト様。ヴァン様はスレイダ病ではありません」
そっと手のひらで押し返すようにビンを僕の方へ戻したテリーヌのその声は暗い。
そのあまりの声音の重さに、僕だけで無くキエダやフェイルにも緊張が走る。
「で、ではヴァンはどうして」
「ヴァン様がこうなってしまったのは……私のせいなんです……」
テリーヌはそう言って涙をこぼす。
その涙はヴァンの体を診察するために置かれていた彼女の手のひらに落ち、流れた。
「テリーヌのせいってどういうことだ?」
「私が……私があんな卵焼きを作らなければ、ヴァン様を苦しませることは無かったのに!!」
「は?」
テリーヌの卵焼きのせいとはどういうことなのだろう。
たしかにヴァンはとんでもない量の卵焼きは食べていたが、獣人族の男子ならあの位は問題ないとエストリアも笑っていた。
それにヴァンが卵アレルギーという話も聞いていないし、同じ卵焼きを食べていた僕たちにはなんの影響も出ていない。
ということは卵焼きによる食中毒はあり得ないはずだ。
「どういうことだテリーヌ。いったいヴァンが苦しんでいることと卵焼きに何の関係があるんだ?」
僕の問いかけにテリーヌは涙と後悔ににじんだ顔を上げて叫ぶように答えた。
「私の卵焼きに入っていたコーブの食べ過ぎで、ヴァン様はお腹を詰まらせてしまったんです。海藻を食べる習慣の無い民族は海藻を消化するのが難しいと知っていたのに!!!」
と。
※実際は加熱することで消化が可能になります。あと日本人以外にはヨウ素のほうが耐性が低くやばいらしいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます