第73話 客人のために部屋をクリエイトしよう!

 エストリアとヴァンが拠点にやって来た夕食時。


 僕が貴族のしがらみに辟易して、色々と手を打ってわざと大貴族家の跡取りの座から降り、結果的にこの孤島まで追放同然にやって来たことに対して、特にヴァンは理解を示してくれた。

 彼も王家の決まりを嫌ってエストリアと国を捨てて逃げてきたため、同じような立場だと思ったらしい。


 といっても僕は貴族の跡取りの座からは逃げたが、国からは逃げたわけでも無いのだが。

 逆に言えば僕には彼のような全てを捨てる決意は持てなかったという話ではある。


 そんな違いを口にして水を差すのも気が引けるので最後まで曖昧な笑顔で誤魔化していたけれど、どうやらエストリアには気が付かれていたようで、ヴァンの言葉を遮って話を変えてくれたりもした。


 他にもアグニが、あれだけ嫌われていたコーカ鳥に何故好かれたのかという話も聞いた。


 最初アグニ当人から聞こうとしたのだが、コーカ鳥――アレクトールの羽毛がどれだけ柔らかいのかとか、その羽毛に包まれてお昼寝するのがどれだけ至高なのかなど全くもって話の目的地にたどり着けそうになく、結局フェイルに話を聞くことになった。


 僕たちが出発して暫くの間、アグニがコーカ鳥を襲撃する度にフェイルがその両方を押さえるのにどれだけ苦労したのかという話が始まり。

 アグニを覗き穴を開けた木箱に封印する辺りでは、その場の全員が少し引いていたのも仕方が無い。


 結局はコーカ鳥の雛の中に奇特な趣味を持つ者がいて、その雛のおかげでアグニは他の雛たちから避けられることはあまりなくなったという。


 まぁ、あくまで『あまり』であって、今でもアグニと積極的に遊ぶのはその奇特な雛であったアレクトールだけではあるらしいのだが。


「アレクトールさんはよっぽどアグニさんを気に入ってらっしゃるのですね」

「珍しいもの見たさかもしれない」

「俺もあの鳥に乗ってみてぇぜ」

「ヴァンは自分の足で走った方が早いでしょう?」


 そんな風に僕たちはお互いの話を語り合った。


 やがて夜も更け、今日は解散という段になって気が付いた。

 エストリアたちの泊まる部屋の用意がまだだということに。


「でしたら私、テリーヌさんの部屋でご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「私はかまいませんけど……」



 エストリアの言葉にテリーヌは頷きながらも僕の方に目を向ける。

 もちろん僕は客人である彼女たちにそんなことはさせないつもりなので首を振って返答した。


「流石にお客様をそんな扱いにするわけには行かないよ。だから今から部屋を用意するから……そうだな、エストリアさんは一旦お風呂にでも入って貰おうかな」

「お風呂……ですか? この領主館にお風呂があるのですか!?」

「ああ。この館にはお風呂がある。しかも結構立派なものがね」


 目を煌めかせ聞き返すエストリアに僕がそう即答すると、彼女は急にそわそわと辺りをうかがい始める。

 お風呂の場所を探しているのだろう。


「テリーヌ、案内お願いできる?」

「はい。エストリア様、こちらへ」

「嬉しいですわ。私、お風呂が大好きなもので、少し興奮してしまいました」


 照れながらそう口にするエストリアに僕は小さく手を振る。


「無理して作った甲斐があったよ」

「それではレスト様、案内してまいります」


 テリーヌはそうお辞儀をしてからエストリアを導いて食堂の出口に向かう。

 その背中に僕は続けて声を掛ける。


「あと、せっかくだから一緒に入ってくるといい。その間にヴァンの部屋を今から先に作っておくから」

「一緒に入れるほど大きいのですか? 素敵ですわ」

「それではお背中をお流しいたします。行きましょうエストリア様」


 二人が連れ添って食堂を出て行くと、食堂の中には僕とヴァン、そしてキエダの三人だけが残された。

 アグニとフェイルは食事の後片付けの最中でここにはいない。


 だが、時々キッチンから食器の割れる音とフェイルの悲鳴、それに続けてアグニの静かな怒りに満ちた声が聞こえてくる。

 僕は明日しなくてはならないであろう食器の修理を考え頭を抱えたくなったが、今はそれよりも客人の部屋を用意することが先だ。


「というわけでヴァン、まずは君の部屋を用意するから付いてきてくれ」

「俺の部屋? 俺なら別にここで寝てもかまわないが」

「そういうわけにはいかない。キエダ、二人の部屋は二階の表側にしようと思うんだけどどうかな?」

「それでよいと思います。裏側は森しか見えませんからな」


 キエダと僕の意見が一致した所で僕はヴァンを連れて三人で階段を上った。

 二階は現在フェイルの部屋以外は空き部屋になっている。

 それもこれも、こういった客人用の部屋が必要になった時のために用意してあったわけで。


「フェイルが左側だから右の部屋が空いてるはずだな」

「はい、こちらです」


 僕より先にキエダが階段を上って右側の部屋の扉を開く。

 部屋の中はベッドどころか洋服棚も何もないまっさらの状態であった。


「おいおい、何も無ぇじゃねぇか。まぁ俺はこれでもかまわねぇけど」

「慌てるなよヴァン。僕は『今から作る』って言っただろ」

「作る……って、ああ、なるほどな。お前のあの力か」


 納得した顔のヴァンに、僕は部屋の内装の希望をいくつか聞いてみる。

 彼の希望は単純な者で、ベッドがあれば後は何も要らないというだけであった。


「そういうのが一番困るんだよな。「何を食べたい?」って聞いたら「なんでもいい」って答えられたようなものじゃないか」

「んなこと言われてもよぉ。俺は本当にそれだけでかまわねぇんだよ。特に何が欲しいって思いつかねぇし、あとはまかせるよ」

「わかったよ。それじゃあ適当に作るから後で文句言うなよ」

「言わねぇよ。名にかけて誓うぜ」

「そこまでは要らないよ。それじゃあ始めるからキエダとヴァンは一旦外に出てて」


 僕はそう言って二人が部屋の外に出たのを確認してから手のひらを部屋の中央に向けて目を閉じる。

 そして頭の中で部屋の完成図を思い浮かべ、その姿をどんどん固めていく。


「こんなものかな。それじゃあいくよ」

「待ってました! レストの技をじっくり見るのは初めてだから楽しみだぜ」

「期待に添えると良いけど――クリエイト!!」


 苦笑いを返しながら、せっかくなので僕は特に言わなくても良い台詞と振りをつけてスキルを発動させたのだった。

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