第71話 無礼講で楽しもう!
あれからアグニの料理が運ばれて、キエダやファルシたちも同じように席について食事を始めた。
いつもは全員揃ってから食べ始めるのだけれど、今日は身分を捨てたと言ってはいるが王族の二人を招待した宴である。
それもあって家臣の皆は僕と二人の食事が終わってから食べると言い出したのだ。
しかしアグニの料理が運ばれてからも席に着こうとしない家臣たちを見て、エストリアが『ここでは皆で一緒に食事をすると聞きましたけれど』と疑問を口にして、なし崩し的に全員で食卓を囲むことになったのである。
どうやら拠点へ帰る道すがら、僕が彼女に語った家臣たちとの話を覚えていたらしい。
元の身分では一番高いであろう元姫君にそう言われては、遠慮していた家臣たちも従わざるをえず。
最初こそ緊張していた彼ら彼女らも、やがて宴の盛り上がりと共にお互いの身分の壁が無くなっていくように会話が弾んでいった。
といってももっぱら自由に振る舞っていたのはフェイルだけで、他の三人はいつも通り節度を守った態度ではあったのだけれど。
「ふふっ、フェイルさんはお可愛らしい方ですね」
「えへへっ、エストリア様もすっごく可愛いのですぅ」
しかし流石に調子に乗りすぎだと思ったのだろう。
隣に座ったアグニがフェイルの襟首を捕まえると「……フェイル、少し話がある」と言って引きずるように食堂を出て行った。
フェイルが目に余る粗相をした時に行われるアグニの説教タイムた。
「失礼したね」
「かまいませんよ。私たちはすでに王族でもなんでもないのですから」
「そう言って貰えるとたすかるよ。メイドになって日も浅いから時々王都でも位の高い人に何かやらかすんじゃ無いかとヒヤヒヤしてたもんだ」
「王国のことはあまり知りませんけれど、我が国――もう私は国を捨てた身ですからそう言うのも違うかも知れませんが、ガウラウ帝国に比べればきちんとしたしきたりがあるのはわかりますわ」
彼女の言葉が嘘でないのはその顔を見ればわかる。
確かにガウラウ帝国は臣民と王族の壁があまりないという話は聞いていた。
それがどの程度なのかはわからないけれど、もしかしたら僕が思っている以上なのかもしれない。
「気にしなくて良いぜ。うちの国は家臣だろうが町民だろうが、同じ所に居たら全員同じように一緒に飯食って飲んで騒いでするのが普通だからよ」
大きな口を開け、テリーヌの卵焼きを丸呑みにしてからヴァンが口を挟む。
かなりの量の卵焼きを食べ続けているが、彼の胃袋はまだまだ余裕そうで、テリーヌにまたお替わりを頼んでいる。
その度に食事を中断させられる彼女だったけれど、自分の料理をそれほどまでに気に入ってくれていることが嬉しいらしく、お替わりを頼まれる度に嬉々として厨房へ向かっていく。
最初の方こそテリーヌを気遣ってヴァンを諫めていたエストリアも、テリーヌの表情を見てやがて何も言わなくなっていた。
「はぁ。テリーヌさんが嬉しそうだから良いですが、あまり食べ過ぎると昔みたいにお腹が痛くなって泣く羽目になりますわよ」
「大丈夫だって。俺だってもう大人なんだから、この程度で腹痛になんてなるもんか」
「だったら良いのですけど。迷惑だけは掛けないようにしてくださいね」
「わかってるよ。心配性だな姉ちゃんは」
大口を開けて笑うヴァン。
だが翌日エストリアの心配した通り激しい腹痛に襲われることになるのだが――
その時の僕らは、まだそのことを知るよしも無く宴は続いていく。
しばらくしてフェイルがアグニの説教を受けて半泣きで戻ってきたころ、遂に在庫のコーカ鳥の卵を全て使い果たし、二人の歓迎会は落ち着きを取り戻していくと、やっと落ち着いて話が出来る状況がやって来た。
僕はウデラウ村や秘密の入り江でエストリアとヴァンから聞いた話を、彼女たちの補足を加えつつ家臣たちに詳しく話すことにする。
その話の最中エストリアが政略結婚をさせられそうになったという辺りで、珍しくフェイルが怒り出してテリーヌがなだめるような一幕もあった。
僕や他の家臣にとって貴族同士や国同士の政略結婚は何度も目にしてきたせいで当たり前のことという認識があったのだけど、フェイルはまだそういったことに慣れていない。
詳しくは知らないが、現に僕の亡き母も政略結婚のような形で嫁いできたと聞いている。
僕たちは知らずの内に『貴族の慣習』を当たり前のものだと思い込んでいたのかもしれないと少し反省させられ言葉が詰まった。
だけれどそんなフェイルと同じ感覚を持っていたのが、エストリアの逃亡劇を実行したヴァンだった。
なので最終的にはフェイルとヴァンは意気投合してかなり仲良くなっていた。
一通りエストリアたちがこの島に来るまでの経緯を話し終え、次はこちらのことを彼女たちに話す版である。
「大体の話は村と馬車の中で話した通りなんだけど――」
そうして僕は僕たちがどうしてこの島の領主になることになったのかを話しだしたのだった。
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