第62話 姉弟喧嘩を見守ろう!

「なんだお前たち、付いてきたのかよ」


 小型船に近づいた時、その陰からヴァンが顔を出した。

 たぶん気配に気が付いて様子を見に出てきたのだろう。


「付いてきたというか、追いかけてきたというか」

「どっちも一緒じゃね?」

「何の説明もなしに行かれましたので、我々としても放って置いておくわけにもいけませんでな」

「だから私が案内して来たのだが、その船がヴァン殿が乗ってきた船か?」


 トアリウトが小型船を指さして問いかける。

 遠くからではわからなかったが、近くまで来るとその船体の破損がかなりのものだというのがわかった。

 むしろこの状態でよくここまでたどり着けたと驚くほどで、木造の船の帆は折れ、所々に小さくない穴も空いていた。

 これを修理するのなら、一から作り直した方が早いだろう。


「ああそうだぜ。これは俺の船でな。船大工に色々教えて貰いながら作った」

「ヴァン様がご自分で?」


 思わず感嘆の声を上げた僕に、ヴァンは胸を張って「凄いだろぅ?」と自慢げに鼻をこすって見せた。

 クラフトスキルというギフトがある僕と違って、普通は船を一艘作るというのは大変なことなのはわかる。

 しかもどう見てもまだ年若いヴァンが、船大工に習いながら自作したというのだ。

 一見傍若無人に見えるが、もしかすると意外に真面目なのかもしれない。


「しかしこのような小型船でこの島に近づくのは無謀ではございませんか?」

「そんなことはわかってんだよ。だけどよ、俺の知る限りここが国から逃げるには一番の場所だったんだよ」

「それですよ」

「どれだよ」


 首を傾げるヴァンに疑問に思っていたことをぶつけてみる。


「さっき上で言ってましたよね。獣人族はこの島に残るエンシェントドラゴンの結界のせいで近寄ることすらしないって」

「言ったが、それがどうした?」

「なのにどうしてヴァン様はその結界を無理矢理突破してまでこの島に来ようとしたのですか?」

「そりゃお前……姉ちゃんを守る為だよ」


 ヴァンは少し照れた様な顔でそっぽを向きながら小さな声でそう答えた。

 そして「紹介するからこっちに来い」と後ろを向くと、先ほど出てきた小型船の裏に向けて歩き出す。


「もしかしてヴァン様が言ってた『もう一人』って――」

「そうだ。姉ちゃんのことだよ」


 僕たちはヴァンの後を追って小型船の裏側に回り込む。

 そこには壊れた船と、多分この船で使っていたのであろう帆の残骸を使って作られた簡易的なタープが作られていて。


「お客様ですか?」

「さっき話したこの島に住んでる連中が追いかけてきたみたいでさ」


 そのタープの作り出す影の中。

 一人の小柄な少女が木箱に座って僕たちに向け小さく頭を下げた。

 彼女がヴァンのお姉さんなのだろう。


「初めまして皆様」

「俺の姉のエストリア姉さんだ。どうだ、俺とそっくりで美形だろ?」

「えっ……」


 確かに目の前で静かに微笑む少女は、まだ幼さを残していながらも可憐である。

 だが見かけは殆ど獣なヴァンと違い、少女は頭の上にある少し垂れ気味の耳意外は僕らと何ら変わらない姿をしていた。


「特にこの耳の毛の質なんて――」

「ヴァン、少し落ち着きなさい」

「でもよ姉ちゃん」


 特にと言われても、それ以外の共通点が僕たちには一切わからない。

 もしかすると獣人族ならこの二人の『共通点』がわかるのだろうか。


「すみません。この子、根はいい子なのですが。少し調子に乗りやすくて」

「なんだよ。俺は姉ちゃんのことを褒めてるってのに」

「そういうことは恥ずかしいからやめてって昔から言ってるでしょ」

「だって、姉ちゃんのその目とか、他の獣人族の何倍もきれいな金色してんだぜ。それに髪だって――……」

「止めなさい」


 僕たちは曖昧な笑みを顔に貼り付けたまま、しばし二人のじゃれ合いのような姉妹喧嘩を見る羽目になったのであった。

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