第63話 エストリアの話を聞こう!
「それで姫様は王国の第四王子との婚約が嫌で逃げてきたと?」
「エストリアでかまいませんわ。出奔した私はもう姫でも何でもありませんので」
「おう、俺もヴァンでいいぞ。様付けとか敬語とかすげー髭がむずむずしてたんだ」
そう言われても相手は他国とはいえ王族だ。
なかなか言うとおりには出来ず、暫く僕は「えっと……エストリア姫……様」と言っては「エストリアよ」とたしなめられたりした。
そしてやっとそのことに慣れてきた頃、彼女たちはどうしてガウラウ帝国を出奔したかを話し出した。
結論としては単純な話である。
発端は第八皇子であったヴァンが王宮で聞いた彼の父とその跡継ぎ候補の第一皇子、そして第二皇子の会話だった。
ガウラウ帝国は獣人族の気質もあってかかなりオープンな国で、他の国なら密室に防音魔道具を設置して行うような会議も、会議室で適当に集まって行われるらしい。
もちろん王宮には誰でも入ることが出来るわけでは無く、信用のおける重鎮しか近寄れない場所で重要な案件は話し合われる。
その日の議題は最近勢力を伸ばしつつある僕の国、エンハンスド王国との外交問題であった。
大海原を越えた別大陸にある遠くの国ではあるが、その力は強大であり、既に別大陸にまでその手を伸ばしつつある。
もちろんガウラウ帝国の存在する東大陸も同じで、既になんどか使者のやりとりをしていた。
「ではエストリアをあの国の王子の一人に嫁がせるということでよろしいかな?」
扉の向こうから帝国宰相ガラバズのそんな言葉が聞こえてきて、王宮の自室へ荷物を取りに向かっていたヴァンは足を止めた。
そして思わず扉に耳を当て聞き耳を立て始める。
「かまわぬ。あやつも皇女に生まれ育った身だ。自らの役目くらいわかっておるだろう」
「そうだな。今、かの大陸と事を構えるのは得策では無い。出来れば同盟を結び魔族どもとの戦に手を貸して貰えればしめたものだ」
「休戦中とはいえ、いつ戦が再開されるかわからんからな」
獣人族と同じ東大陸にはガウラウ帝国の他にもう一つ、魔族と呼ばれる者たちが治める国があった。
基本的には遙か昔に締結した休戦条約後は友好な関係を続けているが、水面下では様々な駆け引きや策謀が巡らされ、いつ戦争が再開されるかわからないとそれぞれの国の上層部は考えていた。
そこに西の大陸の覇者であるエンハンスド王国からの使者が現れた。
大海原を挟んでいるため、直接的に争いあうよりお互い利益のある付き合いをしたい。
そんな話し合いがここ数年続いていたのである。
国交の樹立、交易の拡大などを進めてきた。
エンハンスド王国との協力関係をさらに進めるため、皇帝とその跡継ぎたちが考えたのが、帝国の現第一皇女であるエストリアをエンハンスド王国へ嫁がせるという策というわけである。
「俺には姉ちゃんが政略結婚の道具にされるのが我慢ならなかった。だから俺は急いで姉ちゃんを連れて国を出ることにしたんだ」
「……ヴァンの事情と気持ちはわかった。だけど、エストリアさんは国を出て良かったの?」
仮にも一国の皇女だ。
彼女の父である皇帝が口にしていたことも確かで、彼女はずっと自らが政略結婚の道具になることは知っていたはずだ。
僕の問いかけに彼女は優しく微笑みを浮かべると答えた。
「大事な弟が……ヴァンが鼻水を流して泣きながら頼んできたのですもの。断れるわけがありませんでしょう?」
「ね、姉ちゃん! それは秘密だって言ったじゃ無いか」
「ふふっ、ごめんなさい。つい言ってしまいました」
「姉ちゃんの馬鹿ぁーっ!」
恥ずかしさのあまりそう叫んでタープの下を飛び出すヴァンを見送る笑顔のエストリア。
その顔は本当に弟を大事にしていることが伝わってくるようであった。
「私は暴走しがちなヴァンを、姉として守らねばならないとも思っているのです」
獣人族という種族は家族関係というものをあまり重視していないらしく、親子兄弟でも淡泊な付き合いしかないことが多いらしい。
皇帝は妻を多数娶り、十人以上もの子供を持っている。
そしてエストリアとヴァンは腹違いの兄弟だったが、本当に仲が良い兄弟姉妹はこの二人だけだったと彼女は言う。
「多分私の亡くなった母が人族だったからかも知れませんね」
エストリアの母は、ガウラウ帝国の浜辺に漂流してきた亡命者だったらしい。
そして皇帝に見初められ後宮に入りエストリアを産んで数年後に亡くなったという。
なんだか他人事とは思えない。
「それで見た目もほとんど僕たちと変わらないんだね」
人族と獣人族の混血だから人族とほぼ同じ容姿なのだと僕は納得した。
しかし――
「いえ、これは別にそういうわけではありませんよ? 獣度の高い者同士が結婚して子供を産んでも私に近い容姿の子が生まれることも多いですし」
「そうなんだ」
「理由はよくわからないらしいのですが、おかげで誰もが見た目で人を判断することはありません。ですから母も特に何不自由なく最後まで暮らせたのですわ」
そう言ったエストリアの顔は、うろ覚えであろう母のことを思い出しているようであった。
「うわああああああああああああああっ」
一方その頃、エストリアに鼻水を流しながら泣いてすがったことを暴露されたヴァンは、砂浜を全力で走り回っていたのだった。
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