第60話 秘密の入り江に向かおう!

「えっ! ヴァン様、今なんと?」

「貴方様一人では無いということはつまりは――」


 僕たちがヴァンの予想外の言葉に驚いて戸惑っている間に、ヴァンは軽い身のこなしで穴のなかに飛び込むように入っていった。


「あれほど衰弱していたと言うのに、もうあれほど動けるとは」

「さすが獣度の高い獣人族と言った所ですな」


 その姿にトアリウトとキエダが感心したように呟く。


「今はそんなこと言ってる場合じゃ無いよ!」

「そうですわ。あのお方が仰ったことが確かなら、秘密の入り江という所に他の遭難者がいらっしゃると言うことですわ」


 テリーヌは自らのメイド服のスカートを何やら弄りながらやってくると「私たちも行きましょう」と穴を指さした。


「行くって、もしかしてテリーヌも行くの?」

「当たり前ですわ。ヴァン様のように他の遭難者の皆さんも危険な状態かもしれませんし。その場合私の力が必要になるでしょうから」

「でも、多分そこまで危険な状態にはなってないと思うけどな」

「どうしてですか?」

「だってヴァンの様子を見ただろ? もし仲間が危険な状態だったら、あんな悠長に喋っていられると思う?」

「それはそうですが」

「自分の体力の回復を待っていたとも考えられるけど、それなら元気な俺たちに頼めば良い。とっくに俺たちが敵では無いということはわかってたはずだしね」


 僕はテリーヌを説得すると、彼女は「それでは念のために少し準備します」と言ってキッチンから軽食とスープの入った鍋を持ってくる。


「食べ物はいいとしてスープを持って行くなら、スープを入れる水筒が必要だな」


 僕はそう言うと、すぐに水筒をクラフトする。

 水筒は木製の筒の内側の表面を薄い石で固めたものを、王都で昔見たことがあるのでそれを作ってみた。

 少し重いが、余程のことが無ければ漏れることは無い。

 さすがに地面に思いっきり叩き付けたら割れてしまうだろうけど。


「ありがとう。それじゃあ行ってくる」

「トアリウト殿、案内お願いいたしますぞ」

「わかりました」

「行ってらっしゃいませ。村長様には私が説明してまいりますので」


 聖獣様と共に村長は村人たちを落ち着かせるために、村の中央広場に出向いていた。

 本来ならこの場に居て欲しかったが、村人の動揺を収めるには彼が適任だということでその役を買って出てくれたのである。

 ちなみに聖獣様も、村の娘たちを癒やすとか言いながらその後を勝手に付いていったが、多分テリーヌ以外男ばかりのこの彼にとっては狭い空間に居たくなかっただけだろう。


 僕たちはテリーヌの見送りを背に、穴の中へ向かって階段を降りていく。


 先頭はトアリウト。

 彼の初級光魔法で照らされた洞窟内を歩く。


 途中までは少し前に一度来ているので、特に問題なく進んで行くことが出来た。

 何個かの分岐点を超え、途中の分岐を前回向かった部屋の方向とは別方向に更に進む。


 前回同様、クラフトスキルで僕にだけわかる目印を付けているが、ヴァンはこんな迷路の中を迷わず元の入り江まで向かうことが出来ているのだろうかと不安になってくる。


「トアリウトさん。こんな複雑だとヴァン様はどこか別の道に迷い込んだりしてるんじゃ無い?」

「確かにその可能性もあるな。慣れている私でも時々自分が進んでいる方向が合っているのかどうかと思うこともある」

「……今は大丈夫だよね?」

「もちろん大丈夫だ。それに迷ってもレスト様が道標を付けて下さっているから、戻るのは容易だからな」

「バレてたか」


 どうやら僕がひっそりと天井の一部に印を付けているのがバレていたらしい。


「でもあの道しるべは僕とキエダ以外にはわからない暗号のようなものだから、悪用されることは無いはずだよ」

「確かに。私が見ても最初何なのかわからなかった。道標とわかった今でも意味を解読するのはむずかしそうだ」

「レスト様はああいった暗号に一時期ハマった時期がありましてな。その頃に私がかつて冒険者時代に得た知識と経験を元に作ったものですぞ」

「そういう時期は誰にでもあるからわかる。コリトコもそろそろそういう時期が来そうでね」

「そういう時期って何だよ。そういう話は本人の目の前ではやめてほしいんだけど」


 暗い洞窟の中。

 そんなたわいない話をしながら僕たちは登ったり降りたり、分かれ道を何度も通り過ぎながら先へ進む。


 途中、崖のようになって居る場所や、歩くには危険そうな場所もかなりあった。

 そういう所こそ僕のクラフトスキルの出番である。


 歩きやすいように階段を作ったり坂道にしたり地面を均したり補強したりは、この島に上陸する時の経験が生きた。

 そこまでしたのには歩きやすくするため以外に、遭難者を上へ連れて行く時に必要だと思ったからでもある。


 しかし、元々はそんな危険な洞窟を、暗闇の中で上まで登ってきたヴァンの野生の勘と体力はやはり恐るべきものだ。


「あと少しで……見えました」


 最後の角を曲がったトアリウトの言葉に、僕は急いで彼の後を追う。


 ここまでかなり下って来たが、高さ的にはまだ海面まで降りては居ないと思うのだが。

 そんな疑問を抱きながらも先を見ると、たしかに彼が言ったように先の方にうっすらと光が見える。


「あそこが秘密の入り江?」

「そうだ。私たちの祖先が流れ着いた場所があの先にある」

「光があると言うことは外ということでしょうが、我々の知る限りこの島に入り江と呼べるような場所は無かったはずなのですぞ」

「……行けばその理由もわかる」


 トアリウトはそう言うと、止めていた足を動かして光に向かって歩き出したのだった。



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