第59話 魔獣の王と結界と

「この島には魔獣の王って呼ばれてるエンシェントドラゴンが住んでいる」


 獣人族にとってこの島は魔獣の王エンシェントドラゴンが住む島。

 つまり『魔の島』と呼ばれて恐れられているらしい。


「エンシェント……ドラゴン?」

「おいおい、まさか知らねぇってことは無いよな?」


 ヴァンが呆れたような声を上げる。

 だが、僕はドラゴンという魔獣の存在は知っていてもエンシェントドラゴンなどという名前は聞いたことが無かった。


「まさか、人族の国にはエンシェントドラゴンの名前は伝わってないってのか。そりゃこの島に手を出すわけだ」


 ヴァンは僅かばかりの呆れが混ざった笑い声を上げると話を続けた。


 エンシェントドラゴンとは、この世に存在するドラゴン種の始祖と呼ばれてる種族であると。

 空を飛ばないラウンドドラゴンや、火を吐き体から炎を吹き上がらせるフレイムドラゴン等、全てのドラゴンはエンシェントドラゴンが他種族と交配して生まれたと言われている。


「それだけ聞くとエンシェントドラゴンって他種族に手を出すとんでもなく迷惑な種族だったように聞こえるね」

「レスト様。ヴァン様が複雑な顔をしておられますのでその話は一旦横へ置いたほうがよろしいと思いますぞ」

「……続き、いいか?」


 キエダの言うとおり、複雑な表情を浮かべたヴァンにそう問いかけられて僕は無言で頷き返す。

 でもエンシェントドラゴンが一体どんな魔物や動物と交配したら、現存するドラゴンたちが生まれたのかは興味がある。

 いつか調べてみたい。


「そのエンシェントドラゴンの最後の一体が、この島を住処にしていたんだ」

「それは本当ですか?」

「獣人族に伝わる伝承に嘘が無ければ、元々この島は大きな一つの山だったらしい」


 その山は大陸にあるどの山よりも高く大きく海の上にそびえ立っていたのだという。

 獣人族に伝わる伝承では、その山の中からエンシェントドラゴンが生まれた時に山が破壊され、現在のこの特殊な形の島が生まれたとも言われている。


「ほかにもどこからか巣を探してやって来たエンシェントドラゴンが、自分が住みやすいように島の中をくりぬいて住処にしたって話もあるけどな」

「それが本当だとすると、この島がこんな変な形をしてる理由が理解出来ることは確かですね」

「だろ? と言っても俺たち獣人族はみんな怖がってこの島の中に入るやつとか居なかったから、中がこんな窪地になってるなんて知らなかったけどよ」


 獣人族は他の種族に比べ、魔獣の気配に敏感らしい。

 なので、この島に近づくことを本能的に避けて来たという。


「でも僕たち、この島に来てから一度もドラゴンなんて見てないですよ」

「私も見たことは無いな」


 この島に上陸して間もない僕はともかく、生まれてからずっとこの地に暮らしているトアリウトさんですらドラゴンの姿を見たことが無いという。

 それに、僕の知る限り王国の調査団が調査した報告書にもそれらしい記述は一切無かった。


「さっきも言ったろ。住んでいたって」

「住んでいたってことは、もう居ないってことですか?」

「それはわからないな。俺の知ってる言い伝えにも何処にも、この島からエンシェントドラゴンが去ったなんて話は無かったからな」

「では、エンシェントドラゴンはまだ居るのではないですかな?」


 ヴァンはキエダのその言葉に「それは無いな。ここに直接来て確信したぜ」と自嘲気味に笑った。


「俺たち獣人族ってのはさっき言った通りお前ら鈍感な奴らと違って、トンデモねぇ強い奴が近くに居れば本能が危険を伝えてくるんだ。だからこの場所に来てわかった。もうこの島にはエンシェントドラゴンのような化け物は居ないってことがな」

「でもそれならどうして未だに獣人族はこの島に近寄らないんだ」


 トアリウトの疑問にヴァンは少し考えるそぶりをしてから、少し自信なさげに答える。


「それは多分だが、この島の周りにだけはエンシェントドラゴンの気配が残ってやがるせいだな」

「島の周りにだけ?」

「ああ。なんつーか結界みたいなもんじゃねーかと今は思ってる。そうじゃなきゃ俺がこの島に流れ着く前に感じたモンの説明が出来ねぇ」


 この島の周りには確かに不思議な雰囲気がある。

 潮の流れも特徴的で、あの入り江以外は船すら近づくことが難しいほど潮の流れが急で波も高い。

 さらに空だ。

 遠くからだと島の上になにやら靄が掛かったように見えて、島全体がぼやけて見えたのだ。

 島に近づくにつれてそれは消えていったため、ただの一時的な気象現象だと思っていた。

 だけどあれがヴァンの言う『結界』だとすればどうだろう。

 この島には空を飛ぶ魔獣が居ないことは報告書に書かれていた。

 調査団の拠点が、高い塀のみで守り切れていた理由の一つがそれだ。


「一体誰がそんな結界を……」

「そんなの決まってるじゃねーか。エンシェントドラゴンだよ」

「たしかに、ヴァン様が教えてくれたような伝説的な力を持つ魔獣の王であれば、この島全体を覆うほどの結界を作ることも出来たのかもしれませんな」

「にわかに信じられないけど、だとしたらどうしてエンシェントドラゴンはそんな魔物避けのような結界を張ったんだろう」

「そんなことは知らねぇ。だけどまぁ俺にとって重要なのは、この島には未だにまともな方法で獣人族は近寄れねぇってことだ」


 ヴァンは突然ベッドから飛び降りると体の調子を確かめるようにその場で軽く飛び跳ねる。

 とても少し前まで行き倒れ手他とは思えない異常な回復力だ。


「さぁて、体調もテリーヌ……さんのスープのおかげで戻ってきたことだし、ちょっくら迎えに行ってくらぁ」

「迎えって、何処へ? 誰を?」

「ああ、そういやまだ言ってなかったな」


 ヴァンは部屋の中央にある例の穴に向かって歩きながら、僕たちが驚く言葉を口にした。


「この島に流れ着いたのは俺一人じゃ無いんだわ」


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