第50話 コリトコの母

「えっ、その話は本当ですか?」


 突然村長から知らされたことに僕は驚きながらそう尋ねる。


「もちろん本当の話です。コリトコの母の父親、つまり祖父にあたる者が村に残った調査団の生き残りでした」

「コリトコが僕たちの所にやって来たのって、もしかして――」

「偶然……ではなく、祖父の話を母から聞いて、一度その場所を見てみたかったのかもしれません」


 僕は元気に他の子供たちと宴を楽しんでいるコリトコたちに目を向ける。

 あの時コリトコは自らの死に場所を探していたはずだ。

 そして、その死に場所を、自らの祖父が居たというあの拠点と決めて、目指し進んで来たのかもしれない。


「そこに僕たちが居たのは偶然でしたけどね」

「いやいや。コリトコと貴方たちとの出会いは、私は偶然とは思えませんよ」

「そうかな?」

「ええ。きっと彼の祖父と母親の魂が貴方たちをこの地へ導いたに違いありません」


 僕は村長のその言葉に苦笑いを返すしか無かった。

 なんせ僕はただ単にあの堅苦しくてどうしようもなかった貴族社会から、王都から逃げ出したかっただけなのだから。

 そしてこの未開の島に僕を追放した継母だって、こんなことになるとは思いもしなかったろう。

 多分今頃は弟を跡継ぎとして立派に育てるために必死になっているに違いない。


 そして、その何処にもコリトコの祖父の力が関与したとは思えない。

 思えないが……もしかしたらコリトコの祖父にはそれを為し得る『ギフト』があったのかもしれない。

 この神の力は本人が自覚できるものと、自覚できないものがあるという。

 なので、あながちそういった奇跡を起すギフト・・・・・・・・が存在しないとは言い切れないのだ。


「導き……か。そうかもしれないね」


 僕は目を閉じて静かにコリトコの祖父に黙祷する。

 辺りは既に日がかなり傾いて来ていて、空に少しずつ星の姿が現れだしていた。


 人は亡くなれば天に帰ると王国の国教では語られていた。

 肉体は土に還るはずだが、その肉体から魂だけが天へ……。


「だとすると、あの星はその人々の魂なのかな」

「ははっ。領主様は詩人でございますな」


 知らず呟いてしまった言葉を聞いて、村長がそう笑う。

 しかしその笑いは決して嘲りを含んだものでは無く、ただ優しく響いて。


「聞かなかったことにして欲しいんだけど」


 僕は柄にも無いことを言ってしまったと、少し赤面しつつそう口にした。


「わかりました」

「キエダもね」

「もちろん。私はレスト様がロマンチストで恥ずかしがり屋なことは重々承知してますゆえ」


 大げさに執事の礼をとりながらそう答えるキエダを睨みつつ、僕は話題を変えるために話を切り出す。


「村長、そういえばコリトコの母親のことなんだけど」

「あの子の母ですか?」

「父親が人種だったとしても、レッサーエルフとの間に生まれればレッサーエルフの特性を持って生まれてくるんでしたよね?」

「ですな。不思議なことに他種族と交わっても子供はレッサーエルフの特性を持って生まれてきます」

「だったらどうして早く命を落としたのかと不思議に思ったんだ」


 コリトコの母親について僕は誰からも詳しい話は聞いてなかった。

 唯一わかっているのは、コリトコの妹であるメリメを産んで直ぐに亡くなったということだけで。

 スレイダ病のような特殊なもの以外は病に掛かることが無いほどの強靱な体を持つ種族であるはずのコリトコの母が何故と不思議に思ったのである。

 その疑問に村長は少し口ごもった後、答えてくれた。


「それは、コリトコの母は先祖返りだったからです」

「先祖返りって、例の純エルフの力を持ったレッサーエルフが偶に生まれるというあの?」


 レッサーエルフより遙かに強い力を持つ純エルフへの先祖返りなら、むしろ逆に彼らより長生きしていてもおかしくないはずだ。

 いや、もしかして先祖返りには先祖返りなりの問題もあるのかもしれない。

 僕がそんなことを考えていると、村長がゆっくりと口を開く。


「先祖返りと言っても『エルフ』へ先祖返りするばかりではないのです」

「ということはまさか……」


 僕は村長の言葉を聞いて気がついた。

 確かに彼の言うとおりだ。


「我々レッサーエルフは何代にもわたり様々な種族の血を取り入れてきました。なので『エルフ』以外の血に目覚める者もおりまして」


 コリトコの母が先祖返りした種族は『ハーフリング』だった。

 ただしハーフリングと言っても純粋なハーフリングほど小柄では無く、レッサーエルフの大人の中では頭一つほど小さいくらいの体つきだったらしい。

 あくまで先祖返りは先祖の血が強く目覚めてしまうということであって、その種族自体になって生まれるという訳では無いからだ。


「そもそもハーフリング自体もそれほど脆弱な種族ではありません。ですが、コリトコの母はそのハーフリングの力が中途半端に覚醒してしまったらしく」


 大きな病に掛かることは無かったが、他のレッサーエルフたちに比べて体が弱く、小さな病には何度も掛かって寝込むことも多かったのだという。

 それでも大人になるにつれ体も成長し、弱い体も徐々に落ち着いていったらしいのだが。


「あれはメリメをその体に宿し、もうすぐ出産という頃でした。彼女が病を発症したのは――」


 本来なら大人になった後の彼女であれば、そんな病は直ぐに治ったはずだった。

 だが、彼女はメリメの出産直前だったからなのか体調をどんどん悪化させていった。

 それでも最後まで彼女は戦い、そしてメリメを産んだ。

 結局彼女はその時の無理がたたり数ヶ月後に命を落としたのだという。


「先祖返りは福音をもたらすこともあれば、悲しみを連れてくることもあると私の祖父が言っていた言葉をその時初めて実感しましたよ」


 村長はそう言った後、ゆっくりと空を見上げる。

 きっと彼の目には今、星になったコリトコの母の姿が浮かんでいるのだろう。


「……」


 もしもその時、僕やテリーヌがこの場所に居たらコリトコの母の命を助けることが出来たかもしれない。

 だけどそれはもう叶うことの無い話だ。


 僕は村長と同じように空を見上げ、そして心の中で祈った。


『これからもコリトコたちを……この村の人たちを見守ってあげて下さい』


 と。 

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