第48話 大物を釣り上げよう!

「き、来ましたわっ!!」


 テリーヌの悲鳴にも似た声に振り向く。

 彼女は今、一本のしなる棒を両手で必死に抱え込むようにして、フラフラと頼りなく立ち尽くしていた。


 テリーヌが今手にしているのは、僕が馬車を曳いて戻ってきてから人数分クラフトした最新式の釣り竿である。


 貴族社会にやっと出回り始めた『リール』という釣り糸を巻き取る装置を付けた釣り竿を僕に見せてくれたのは、海沿いの領主の息子だった。

 彼は王都に来ても休みの日には漁師に混ざって船に乗り、沖で魚を釣ったりしていたが、一度だけ僕は彼に誘われて堤防釣りに出かけたことがあった。

 その時にこの最新式の釣り竿の仕組みを彼に教えて貰ったのである。


「きゃあっ!! 引っ張られますわっ」

「危なっ。今行く」


 僕は手にしていた釣り竿を地面に置いて彼女に駆け寄ると、彼女の手と一緒に釣り竿を握りしめる。

 思ったより強い曳きに驚きつつも、僕は足を踏ん張りながらリールをゆっくりと巻いていく。


「これは大物だ」

「ひぃぅっ」


 馬車を曳いて戻ってきた後、突発的に始まったこの釣り大会は今のところコリトコたち村の子供が圧勝であった。

 彼らが何匹も釣り上げる間、僕たちは今まで一匹も釣り上げられていなかった。

 ただ、彼らの釣り上げた魚は小物が多く、テリーヌの竿に掛かったこの大物を釣り上げられれば一発逆転も可能だと僕は気合いを入れ直す。


 といっても別段この釣り大会には『一番大きな魚を釣り上げた者が優勝』などというルールは無いのだけど。


「焦るな……焦るな僕」


 目を閉じて必死に竿を引くテリーヌを僕は「大丈夫。まかせて」となだめながら魚の力になるべく逆らわないように竿を動かす。

 大きな魚が掛かった時にどうすれば良いかは、あの堤防釣りの時に教えて貰っている。

 といっても、その時大物を釣ったのは僕では無かったのだけども。


「無理に引っ張ると釣り糸が切れるから、ゆっくりと魚を弱らせて……」


 水の中に腕ほどの大きさはありそうな魚影がちらちらと見えてきた。

 必死に逃れようとする魚と僕たちの戦いはそれからしばらく続いて。

 やっと魚の力が落ちてきた頃には子供たちが近くに寄ってきて固唾をのんで見守っていた。


「レスト様、いつでもよろしいですぞ」


 そんな中でもキエダは冷静に掬い網を手にして魚の動きを探り、掬い取るチャンスを窺って岸で待つ。

 僕は彼の言葉に無言で頷くと、テリーヌの耳元に「それじゃあ3、2、1のタイミングで一気に引くよ」とささやきかけた。

 それに対してテリーヌは無言で頷き返すのを確認して僕はカウントダウンを始める。


「3」


 竿をもつ手に力が入る。


「2」


 魚影はあと少しでキエダの網が届く範囲だ。


「1! それっ!!」


 号令と共に一気に竿を引く。

 かなり弱っているとはいえどもかなりの大物だ。

 腕に掛かる重さは予想以上で。


「んぬうっ!」

「んっ!」


 僕とテリーヌの声に力が入る。


「来ましたぞっ!!」


 そのキエダの声の直後、網が水を叩くような音が聞こえたかと思うと、バシャバシャと激しく水を打つ音が当たりに響き渡った。

 それは網の中で巨大魚が暴れ回っている音である。


「これは……なかなか。むんっ」


 どさっ。


 地面に重い物が落ちる音と同時に、僕とテリーヌが尻餅をつく。


「きゃっ」

「いてて」


 痛む尻を押さえながら僕は慌てて立ち上がると、隣で同じようにお尻を押さえていたテリーヌに手を貸し立ち上がらせる。


「大丈夫?」

「ええ、平気ですわ。それよりも」

「ああ、僕らが釣り上げた魚を見に行こう」


 お尻に着いた汚れを払いながら僕たちは子供たちが輪になっている場所に向かう。

 その中心ではキエダがしゃがんで先ほどの魚を網から取り出そうとしているようだ。


「キエダ」

「レスト様、見て下さい」


 キエダはそう言うと、釣り上げた魚を持ち上げた。

 前に聞いた泉の主とまでは流石に行かないが、その魚は予想通り僕の腕よりも大きい。

 いや、今持ち上げているキエダの腕よりも大きい巨大魚であった。


「これは凄いね」

「私が引っ張られるのも当たり前ですわ」


 僕とテリーヌが疲れながらも嬉しげにその魚を身ながら口を開くと、コリトコと子供たちがそんな僕たちの方を向いて輝くような笑顔ではしゃぎ出す。


「領主様! あっち、こんなおっきな魚村の人でも釣ったのをみたことないよ!

「凄ぇ!」

「ごちそうだぁ」

「美味しそう」


 途中から食欲の方が上回り始めたようだが、たしかにそろそろお腹も空く時間である。

 今日の宴では子供たちが釣った魚も調理されるとコリトコから聞いているが、それに僕たちが釣り上げたこの巨大魚も加えて貰わないといけない。


「よし。それじゃあ釣り大会はこれくらいにして村に戻ろうか。道具とか魚はあの馬車に積むから持っておいで」


 僕はそう馬車を指さして告げる。


「はーい」

「わかったー」

「竿とかお片付けするぅ」


 元気よく返事を返した子供たちは、そのまま自分たちの釣り竿と釣り上げた魚を取りに周囲へ散っていく。


「さて、僕たちも行こうか。それにしても聖獣様は何してるんだ?」

「ずっとあのままですわね」

「何か話しているのかもしれませんな」


 僕たち三人が見つめる先。

 橋から村まで向かう道の途中に停車させてある馬車の前に聖獣様は居た。


 僕たちがリロナンテと馬車を連れてきてからずっと、聖獣様はリロナンテの前で何やら馬語で喋りつづけているのである。


『ぶるるるっ』

『ぶるるっるるっ』


 時に小さく、時に荒々しく。

 獣の言葉などわからない僕らには何を話しているのか全くわからない。


「もしかしてリロナンテ相手にもあの長話を聞かせてるんじゃないだろうな?」

「かもしれませんな」


 僕はげんなりしながら、その長話を止めさせて馬車をここまで曳いてくるために足を向けたのだった。


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