第33話 聖獣様を反省させよう!
聖なる泉に流れ込む美しい川を上流へ向かう。
とんでもなく透明度の高い泉に流れ込む川の水は無論とても綺麗で、流れに逆らって泳ぐ魚の影もよく見えた。
そしてその聖なる川とも呼べる清流にたどり着いた一行が、まず最初に行ったのは聖獣ユリコーンの体を洗うことだった。
聖獣様は自らの獣臭を消すために、これから行く香草の群生地で地面に自らの体をこすりつけ良い香りを付けることを日課にしていたらしい。
それも一つの香草だけでなく、その日によって適当な場所の香草に擦り付け続けたせいで、結果とんでもなく複雑な香りを身にまとうこととなったと言うわけである。
なのでまずはその体に染みついた『偽の聖なる香り』を洗い落とさないとダメだということになったのである。
「レスト様、新しい洗い布を下さいませ」
「こちらも新しい馬用のブラシと石けんを追加でお願いしますぞ」
「了解。ほらっクラフト。先に洗い布な」
僕は川の横で聖獣様の体を必死に洗う二人の注文を受けて、その品物をクラフトするとコリトコに預ける。
最初は僕も二人と一緒に聖獣様を洗うつもりだったのだけど、やんわりと二人と聖獣様に断られて資材搬出係と化していた。
そんな聖獣様は今、僕がクラフトした膝位までの簡易的な風呂桶の中に立っている。
この風呂桶からは川上に向けて筒が伸びて川まで繋がっていた。
上流から流れてきた水は、その筒に入ると、風呂桶まで流れてくる仕組みだ。
そして排水はそのまま下流へ同じように筒をつなげ、栓を抜けばそこから流れ出すようになっている。
「次は天然石けんと、ブラシだったな。よし、クラフト!」
美しい川を守るために、僕が知る限り一番安全な石けんを選んでクラフトしているのだが、その代わり洗浄力が弱く洗うのに時間が掛かっていた。
売っていた人によれば『人が飲んでも大丈夫な石けん』らしい。
実際町ではその販売員が水で溶いた石けんを飲み干したり、魚の入った水槽に石けんをといだ水を入れるパフォーマンスをしていた。
正直かなり胡散臭かったが、その石けんを作ったのが王立魔法学園の某有名教授だと聞いて信じることにしたのである。
その教授と僕は学生時代に色々付き合いがあり――今はその話は置いておこう。
とにかく安心して使える魔法のような石けんの作り方をその足で教授の下に向かい聞いて覚えていたのである。
「ふぅ、終わりましたわ」
「なかなかの重労働でした」
何度かのクラフトの後、テリーヌが額に浮かぶ汗を拭いながら僕の元に歩いてきた。
どうやら聖獣様の洗濯が終わったらしい。
その聖獣様は浴槽から出て川の中に入り、その体に着いた石けんの泡を洗い流しているようだった。
僕は柔らかなタオルをクラフトすると彼女に手渡すと、即席で作ったテーブルの上にティーセットをクラフトする。
「お疲れ様。ハーブティーでも飲むかい?」
「ありがとうございます。いただきますわ」
「かたじけない」
二人が椅子に座ると、コリトコが「あっちも! あっちも!」とテリーヌの横にやって来た。
僕は四人分のカップにクラフトしたハーブティーを流し込んだあと、横でお座りをしているファルシ用に皿をクラフトして同じようにハーブティを入れてやる。
知る限り我が家にいた犬はこのハーブティの臭いが嫌いで飲むことはなかったのだが、ファルシは『ワオン!』と一声鳴くと、そのまま更に顔を突っ込んでぺちゃぺちゃと舐め始めていた。
しばらくしてずぶ濡れの聖獣様が戻ってくると、あらかじめ用意しておいた大きめのタオルで四人がかりでその体を拭いてやる。
その後、聖獣様にもハーブティを進呈し、しばし休憩。
出発前に全て素材化で元に戻してから僕たちは川上に向けて進み出した。
「ここからかなり遠いのですか?」
ファルシの背中からテリーヌが問いかける。
『いや、それほど遠くはないぞ。なんせあの村の娘たちも時々香草や花を摘みにやってくる位の場所だからな』
「もしかして聖獣様の言ってる場所って」
『お主も村の者なら知っておっても不思議ではないな』
「お姉ちゃんたちが言ってた『聖獣様の住処』のこと?」
コリトコの言葉は聖獣様にとっては予想外だったのか、一瞬言葉が途切れた後、あらためて答えた。
『……我は別にあそこに住んでいるわけではないのだが……どうしてそのような名で呼ばれておるのだ?』
「だって、お姉ちゃんたちが薬草とか花を摘みに行くとよく聖獣様を見かけるから、あそこに住んでるんじゃないかって皆言ってたよ」
『我は日課と、花を摘みに来る乙女たちを遠くからこっそり見守っていただけなのだが』
聖獣様は自分の趣味と実益を兼ねてその場所に顔を出していただけだったようで。
一行の間に微妙な空気が流れる中、コリトコ少年だけは一人優しく村を見守ってくれていた聖獣様がいかに素晴らしい存在だと村に伝わっているかを延々と喋り続けていた。
おかげで目的地に着く頃には聖獣様も『我は今まで他の者たちにこのような仕打ちをしていたのか……これからはなるべく寡黙でいよう』と自らの行いを反省していたほどである。
『着いたぞ、ここだ』
そうして僕たちは川の上流から少し中に入った場所にある聖獣様曰く『秘密の花園』へとたどり着いたのであった。
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