第34話 聖獣様の住処に魅了されよう!

 『着いたぞ、ここだ』


 川岸を離れ、少しだけ森の方に入った所にその草原は広がっていた。

 森の中にぽっかりと、そこだけまるで別世界の様で。

 色とりどりな花が咲き、蝶が舞う景色は幻想的ですらある。


「きれい……」

「美しい場所ですな」

「これは聖獣様の住処って言われるのもわかる気がするよ」


 聖獣様の本性さえ知らなければだけども。


『そ、そうか。我も美しいものが好きであるからな』


 聖獣様は少し照れた様にぶるるるっと鼻を鳴らす。


「でも所々地面が見えてますわね。何があったのでしょうか」


 草花で埋まった美しい景色。

 だけどその中にテリーヌが言う様に数カ所だけ地面が見えている場所がある。

 他は人の手で整えられていない自然な姿とは思えないほど美しいだけに、その部分だけが異様で。


『ん? あれは我が体に良い匂いを付けようと体をこすりつけた跡だな』


 犯人はお前か!

 僕たちはそう叫びそうになる気持ちをぐっと抑えるためにしばし無言になる。


『なるべく良い匂いの花や草のある場所を探して臭い付けを行ったのだが……全ては逆効果だったのだな』


 逆効果どころかせっかくの景色ぶち壊してるよ聖獣様。

 こんな綺麗な『聖獣様の住処』とも呼ばれてる場所を、その聖獣様自ら破壊してどうするんだよ。

 そう思わずにいられない。

 と言っても魔物である聖獣様と、僕たち人間の感覚を同じだと考えるのはいささか性急だ。

 僕は心を落ち着けて、一同を見回す。


「……」


 コリトコを除く全員が微妙そうな表情を浮かべている。

 多分僕も同じような顔をしているに違いない。


「えっと……どこにあの三種類の植物はあるのかな」


 素材の外見については、テリーヌの心を読み取った後、聖獣様の角に全員が触ることでイメージの共有を可能とした。

 ユリコーンの力は心を読み取るだけで無く、それを人の心に伝えることも出来るらしい。

 ただ読むことに比べて伝える力はかなり弱いらしい。

 なので自分の思い描く内容を伝えようとしてきた結果が、あの無駄に長い饒舌な喋りに繋がっているのだろう。


「とにかくここに足りない材料は揃ってるんだよね?」

『うむ。左側にミトミ草、右側の端にロマリーの花が生えていたはずだ。あとセベリアは中央辺りに生えている』


 僕の問いかけに聖獣様が頷きながら生えている場所を教えてくれた。


「それじゃあ皆で手分けして集めましょうか?」

「それでは私はミトミ草を、レスト様は中央でセベリアを、コリトコはテリーヌとロマリーの花を採取ということでよろしいかな」


 我に返ったテリーヌの提案を、同じく我に返ったキエダがテキパキと指示を出して進めていく。


『我はどうすれば良い?』

「聖獣様はその辺りで休んでいてください」


 何か手伝うことは無いのかと首を巡らせた聖獣様の言葉に、テリーヌが額に見えない怒りマークを浮かべた様な声でそう告げると、聖獣様も何かを察したらしい。

 一言だけ『そ、そうか。それでは我はそこで休ませて貰おう』と言い残し、草原の端まで歩いて行ってそこに座り込んだ。


「それでは皆さん、よろしくお願いしますね」


 聖獣様を見送った後、くるりと振り返ったテリーヌの顔はいつもと変わらない様に見える。

 どうやら気持ちは切り替えられた様だ。


 僕はそれを確認してから彼女に話しかける。


「そのことなんだけどさ、みんなそれぞれ一本ずつ採取したら僕の所に持って来てくれるかな?」

「一本でよろしいのですか?」

「ああ、一本あれば後は僕がやる」

「領主様が?」


 僕はコリトコの言葉に頷くと「それじゃあ始めようか」と一つ手を叩く。


「わかりました」

「では行きますか」

「はーい!」


 一本だけあればいいという言葉に疑問はあるのだろうけど、僕がそう言うならと言った表情でキエダとテリーヌ、そしてその後をコリトコが追って散っていく。

 それを見送ってから僕も中央に生えているというセベリアを採取しに向かったのだった。

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