第32話 聖獣ユリコーンのチカラを使おう!

「あっちにも見せてー」


 そう言って無邪気な表情で近寄ってきたコリトコから僕は隠すように手帳を閉じる。

 とてもでは無いが子供に見せることが出来る代物ではない。

 最悪、心に深い傷を残しかねない。


「まぁ、テリーヌにデザインセンスが無いことは知ってたけど……」


 ついそんな風に口に出してしまう。

 そしてそれを耳にしたテリーヌの顔が固まった。


「レスト様!」


 慌ててキエダが僕の背中を軽く叩く。

 これは急いでフォローしろという合図だ。


「い、いや。センスってのは僕の言い方が悪かった。テリーヌのセンスと僕のセンスがちょーっとちがうなぁって思っただけなんだよ」

「そうですぞ。センスなどというものは人それぞれですからな。テリーヌ殿の選ぶ服をフェイルはいつも大喜びで誉めていたではありませんか」


 僕たちは知っていた。

 島に来る前に殆ど処分してしまったが、テリーヌの洋服コレクションの殆どが『え? 一体何処でそんな服売ってるの?』という物だと言うことを。

 そしてその理由が『テリーヌのファッションセンス、そしてデザインセンスが壊滅的だったから』であることもだ。


 完璧な出来るメイドであるテリーヌだったが、そこだけが唯一の欠点であった。

 いや、個性があることは素晴らしいと僕も思うけれど……。


 僕はもう一度手帳を恐る恐る開いてセベリアの絵だとテリーヌが言い張るそれを見る。

 やはりこれはダメだ。


「テリーヌ、君は頭の中に浮かんでいるセベリアの姿をこの手帳に描いたんだよね?」

「もちろんですわ!」


 これは怒っていらっしゃる。

 僕はなるべく優しい声音で質問を続ける。


「それじゃあ頭の中に浮かんでるそのセベリアの外見を言葉で・・・説明してみてくれないかな?」

「良いですわ。その絵の通りだとわかってもらえるはずです」


 この絵そのものの植物だったとしたら絶対に近寄りたくない。

 僕は慎重に彼女からセベリアの姿形を聞き出すことにした。

 結果――


「……この絵の通りだな……」

「左様ですな。だとすると本当にこのような植物が実在すると言うことになりますぞ」

「レスト様もキエダ様もこれで私の絵が完璧だとわかっていただけたと思いますが?」


 自慢げな顔でそう言い張るテリーヌだが、やはりこんな植物が存在するとは思えない。

 しかし手がかりはこの絵とセベリアという名前だけである。


「コリトコ。本当に『セベリア』という名前の植物……いや、化け物かもしれないが心当たりはないか?」

「うーん……あっちは知らない」

「それじゃあ一度村に行ってみてそこで聞くしかないか」

「そうですな。村の長老か狩人ならこの島の植物について詳しいでしょうから」


 僕たちが頭を突き合わせながら相談をしていると、突然聖獣様がテリーヌの前まで歩き、彼女に向けてこんなことを言う。


『……テリーヌ嬢。頼みがあるのだが、我の角を握ってはくれないだろうか』


 この変態馬、こんな時に突然何を言い出したのか。

 僕たちが相談をしている間、待っているのが暇だったのだろうか。


「おい、突然性癖をさらけ出すのは止めてくれ」

『そうではない。確かに乙女に角を撫でてもらうのは素晴らしい体験ではあるが、決してそのために頼んだわけではない』


 返事の内容の前半部分は少し怪しかったが、そう告げる聖獣様の目は真剣で。

 先ほど桟橋で戯れる乙女を見つめていた時とは全く違っていた。


「じゃあどういうこと?」

『実は我にもお主たちのその不思議な力と同じように他にはない力を持っているのだ』

「聖獣様もギフトを?」

『お主らはその力をギフトと呼んでいるのか? 我ら魔物はただ単に【力】と読んでおるが、つまり我にもあるのだ』


 聖獣ユリコーンが言うには、彼の角は人の心を読むことが出来る力を持つらしい。

 離れたところからだと漠然と悪意や好意、楽しい嬉しい悲しい辛いなどの感情が読める程度なのだが、直にその角に触れることで心の深くまで探ることが出来るという。


『と言う訳なのだ』

「なるほど、つまりその力でテリーヌの心に浮かんでいるというセルベアの姿を直接見れば」

『そういうことだ』


 僕はその言葉に頷き返すと聖獣様の側に近づき、彼以外に聞こえないように注意しながらささやきかける。


「でも、もし本当にあの絵と同じような化け物だったら危険ではないですか? 精神とかにダメージ受けたり」

『大丈夫だ。我の精神はそこまで脆くはない……はずだ』

「ゆっくり慎重に。もしダメだと思ったら直ぐに見るのを止めて良いですからね」

『わかっておる』


 そこまで小さな声で話し合ってから僕は離れると最後に一言だけ忠告をし忘れていたことに気がつき口を開いた。


「わかりました。でもセベリアのこと以外は読んでは駄目ですよ?」

『もちろんだ。我は聖獣とよばれし者ぞ。乙女の嫌がることをするわけがなかろう。乙女の秘密は守るのが我らユリコーン一族の掟』

「だから信じられないんだよなぁ……って一族いるの!?」

『この島には我しかおらぬがな』


 僕が驚いて固まっている間に、テリーヌが聖獣様の前に歩み出る。


「私は聖獣様を信じますわ。聖獣様、よろしくお願いいたしますわね」


 小さく頭を下げてからその白魚のような指を聖獣様の角に伸ばしていく。

 聖獣様もその手が届くように頭を下げる。


「……角って初めて触りましたが温かいのですね」

『もっと強く握って良いぞ』

「はい。ぎゅっと」


 テリーヌが、角を優しく握っていた手に力を込めた。

 同時に聖獣様は目を閉じ、何故か恍惚とした表情を浮かべる。


 こいつ本当に大丈夫だろうか?


 僕の心にそんな疑問が浮かんだが、聖獣様は直ぐに目を開くと――


『もう良いぞ』


 それだけ告げて、テリーヌが手の力を緩めるとそのまま素直に頭を上げる。

 僕は彼を信じず余計な邪推をしていたことに少し反省した。


「伝わりましたか?」

『うむ……この植物なら見覚えがあるぞ。それに他の二つも合わせてこの泉に流れ込んでいる川の上流に行けば群生地がある』

「それじゃあ」

『今すぐ出発して、早くその薬と香水を作ってもらわねばなるまい。付いてくるが良い』


 聖獣ユリコーンはそう言うやいなや踵を返し森の奥へ歩き出す。

 僕たちは慌ててテリーヌとコリトコをファルシの背に乗せると、直ぐに聖獣様の後を追った。


 聖獣様の体をうっすらと覆うピンクの光と――


「この臭いをたどっていくのは結構辛いな」

「口で息をするようにすればいいのですぞ」

『クーン』


 ――聖獣様の聖なる香りを目印にして。

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