第31話 テリーヌ画伯の自信作を鑑賞しよう!

『まさか我の体臭を消す方法があるというのか!』


聖獣様はテリーヌの言葉に驚いたような声を上げる


「完全に無臭とまではいきませんが、それでも誰もが気にならない程度までは可能だと思いますわ」

『で、ではすぐにでもお願いできるだろうか。お主たちの持つ不思議な力で可能なのだろう?』


 すがるような目でテリーヌを見つめながら、聖獣様は頭を下げる。

 あまり勢いよく下げられると角が頭上から叩きつけられるような気がして怖いので辞めて欲しい。


「はい。ですが今すぐにというわけにはいきません」

『なぜだ?』


 その問いかけに答えたのは僕だ。


「体臭を消すための薬と香水を作る材料が足りないんだ」


 僕は今テリーヌから手渡されたばかりの手帳を覗き込み、頭の中で自分が持っている素材の一覧から必要なものを検索した。

 結果、三つほど足りない素材があったのだ。


「ですので今からまずその材料を集めないといけないのですが……」

『その足りない材料を言うが良い。我はこの辺りには詳しいのだ』


 だから早く言うがよいとせっつく聖獣様に、僕は手帳の中に書かれた材料の内、手持ちにないものの名前を答えた。


「えっと、足りないのはミトミ草とロマリーの花……あとはセベリアの葉かな。あとは僕がすでに持ってる素材で足りそうだ」

『ふむ……ロマリーの花とミトミ草は知っておる。たしか村の娘たちがよく詰んでいる草花だったはずだ。しかしセベリアか……』

「知りませんか?」

『我とて人が付けた草花の名前をすべて知っておるわけではないのでな。せめて外観でもわかれば見当がつくのだが』


 聖獣様が言うには、魔物や獣は植物などを名前を付けて区別はしないらしい。

 草花に綺麗な名前をつけるのは人間やエルフなど人型の種族の特徴だとのこと。

 獣人族あたりは種族に寄るらしいけど、実は僕は獣人族とまともに話したことがないのでいつか会うことがあればそういった話もしてみようと心のメモに書き記しておいた。


 しかし名前だけではわからないとなるとお手上げだ。


「では私が絵を描きますね」


 そんな僕たちの会話を横で聞いていたテリーヌが、元気よく手をあげてそう言った。


「えっ、テリーヌが描くのか?」

「私が自分のギフトでその姿を見て知っていますから。それともレスト様はセベリアの葉をご存知で?」

「い、いや。初めて聞く名前だしな……キエダはどう?」


 知っていたならとっくにその特徴を聖獣様に伝えている。

 それが出来なかったのは、僕がセベリアという植物を知らなかったからで。

 僕は僕以上の知識を持っているキエダに聞いてみることにした。


「私も存じ上げておりませんな。きっとまたこの島特有の植物なのでしょう」


 どうやら彼もセベリアという名前の植物は知らないらしい。

 もしかすると別の国や地方ではセベリア以外の名前で呼ばれている植物なのかもしれないが、そこまでは流石に僕らではわからない。

 唯一その姿かたちを知るのはギフトで見たらしいテリーヌだけである。

 僕は彼女に「それじゃあ頼めるかい?」とお願いするしか無く。


「それではレスト様、その手帳とペンをこちらに」

「ああ」


 そうして渋々ながら手帳とペンを渡す。

 テリーヌはそれを受け取ると「よしっ」と小さく気合を入れると白紙のページに向けてペンを走らせはじめた。

 後ろを向き、僕たちに描いてる最中の絵を見せないように描き始めてしばし。


「うん。いい出来ですね」


 そうつぶやきが聞こえ彼女が振り返ると、そのまま聖獣様の元に駆け寄ってその手帳を彼の顔の前に開いてみせた。


「出来ました。これがセベリアの葉です」


 いいえが描けたと自信満々なテリーヌに対し、手帳をひと目見た聖獣様の顔に浮かんだのは困惑。


『……これは本当に葉なのか?』

「もちろんです」

『そ、そうか……だが、そうだとするなら残念ながらこのように禍々しい植物は見たことがない』

「そんなに禍々しいですか? 丸っこい可愛らしい葉っぱだとおもうのですが」


 禍々しい。

 その言葉を聞いた僕とキエダは互いに顔を合わすと小さく頷きテリーヌに語りかけた。


「ちょっと僕にも見せてくれるか?」

「私も拝見させていただいてよろしいですかな?」

「もちろん。かまいませんわ」


 テリーヌは聖獣様の反応が不満だったらしく、少し怒ったような口ぶりで僕たちにその手帳を差し出す。

 手帳を受け取った僕がキエダとともに見たその絵は――


「……これは……」

「このような植物がこの島には生えているというのですか」

「とても可愛らしく描けたと思ってますのよ」


 どこからその自信が湧いてくるのかわからない。

 だが、僕たちが覗き込んでいる絵は、とても彼女の言う『可愛らしい』とは真逆の禍々しい物体にしか見えず。

 幾人もの冒険者の命を奪った魔植物だと言われても誰も疑わないであろう、見てるだけで精神力を根こそぎ削られるような代物だったのだ。

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