第30話 ギフトを使って悩みの解決策を探そう!

『我はもう去るとしよう……そして二度と人には近づかず、今まで通り遠くから眺め見守るとしようぞ』


 聖獣様はそう悲しそうに呟くと、未だに桟橋の上で戯れている二つの影を見つめる。

 その瞳には既に何かを悟った様な色が浮かんでいた。


 本当なら聖獣様の悩みを今すぐにでも解消してあげたい。

 だけど、いくら僕のクラフトスキルでも体臭まではどうにもならない。

 体質そのものをクラフトで作り直せるのなら可能だろうが、僕のクラフトにはそんな力は無い。


「聖獣様……そんなの嫌だよ。やっと話が出来たっていうのに!」


 コリトコがそんな聖獣様を見上げながら叫ぶ。


『お主は我と話をしてくれるというのか?』

「うん! もっと、もっと一杯お話を聞かせて欲しいんだ。村の昔のこととか知ってるんでしょう? 村に来て村の皆にも話してよ」

『……だが、我は……少々臭う故な……』

「大丈夫だよ!? みんなこれくらいは我慢できるはずさ」


 無邪気で必死に慰めようとしているコリトコの言葉が、逆に聖獣様の心を突き刺して行くのを僕は見ていることしか出来ない。

 そんな僕の肩に後ろから手が置かれた。


「テリーヌ?」

「レスト様。もしかしたら私のギフトでどうにか出来るかも知れません」


 振り返るとそこに立っていたのはテリーヌだった。

 彼女はいつもの優しげな雰囲気を讃えてそう告げると、そのまま聖獣様の元へ近寄っていく。


「聖獣様」

『乙女よ。我などに近寄るとお主もけがれてしまうぞ』

「聖獣様に近寄ったからといって私が穢されることなどございません。それよりも私に一つ試させて頂きたいことがあるのですが」

『試す? 何をだ?』

「少しの間、お体に触れさせて貰ってもよろしいでしょうか?」


 テリーヌの言葉に突然聖獣様は狼狽え出し、その場で小さく足踏みを始める。

 その顔と目線があっちへ行ったりこっちへ行ったり一通りした後、必死に感情を押し殺したのがバレバレな声音でテリーヌの言葉に応えた。


『わ、我の体にふれ……触れるとな! 乙女が我の……そんなことをすれば清らかなその身が穢れてしまうやもしれぬ……いや、しかしこんな好機はもう二度と……』

「それでは少し触りますので落ち着いてくださいね」

『う……うむっ』


 テリーヌの言葉に「ぴーん!」と直立不動の状態で固まった聖獣様の胸に、テリーヌの手が伸ばされる。

 びくんっ。

 手が触れた瞬間、聖獣様は一瞬反応した。

 その後はテリーヌの手が離れるまで微動だにせず、離れた瞬間にその場にへなへなとしゃがみ込んでしまった。


「聖獣様、大丈夫?」

『あ、ああ。我は大丈夫だ問題ない』


 そんなコリトコと聖獣様を置いてテリーヌは僕たちの元に戻ってくると言った。


「レスト様」

「どうだった?」

「成功しましたわ」


 そう言って胸の前で小さな握りこぶしを二つ作ったテリーヌは、僕に二つのものを作って欲しいと口にした。

 一つは体質改善薬。

 そしてもう一つは――


「香水?」

「はい。体質改善薬で体臭はかなり抑えられるかも知れませんが、効果が出るまで少なくとも半年以上は必要でしょう。ですのでそれまでの間は体臭を抑えるための成分が入った香水で補おうと思います」


 テリーヌはそう言うと、キエダから手帳とペンを受け取ると、その一ページに次々と必要な物を書き出していく。

 書かれているのは僕が知っている素材以外にも、スレイダ病の薬を作ったときと同じように見たことも聞いたこともない薬草や香草の名前がちらほら見受けられた。

 テリーヌは必要な素材を書き終えた後、次のページを開きそこに調合方法を続けて書いていく。

 彼女らしい几帳面で柔らかな文字はとても読みやすく、解読困難な文字を書くフェイルにも書き方を教えてやって欲しいといつも思っている。


『乙女よ、一体今のは何をしたのだ?』


 先ほどの腰砕け状態から立ち直ったらしい聖獣様が声を掛けてきた。

 そんな聖獣様に、全てを書き終えたテリーヌは振り返ると聖母の様な笑顔を浮かべ――


「聖獣様。貴方のお悩みは直ぐにレスト様が解消してくれますわ」


 そう答えたのだった。

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