第29話 聖獣様と話をして悩みを聞こう!
突然前に飛び出したコリトコが、僕たちとユニコーンの間に立ちふさがる。
それはまるで僕たちからユニコーンを守るかのようで。
だけど、次にコリトコが口にした言葉を聞いて僕は彼の行動の意味を理解した。
「聖獣様。お久しぶりです」
「聖獣……まさか、このユニコーンが?」
僕が思わずそう呟くと、ユニコーンがコリトコを押しのけるように前に出て来た。
そして僕の顔を覗き込むように見つめると――
『我の名はユリコーン。決してユニコーン等という野蛮な獣と同じくしてくれるでないぞ』
「しゃ、喋ったぁぁぁぁぁぁ!!!」
その馬の口から出たものとは到底思えない流暢な共通語に驚いた僕たちだったが、そのユリコーンの言葉はそれでは止まらなかった。
『そもそもユニコーン等という奴らは何も理解しておらぬのだ。彼奴らは乙女で無いという理由だけでその先に広がる全ての可能性を否定して命を奪おうとする。まったくけしからん。乙女同士で無くともそこに愛を感じたのならそれで良いでは無いか。そこに女性が二人以上いればそれだけで妄想が捗るだろう? お主もそう思わぬか?』
「は……はぁ……」
早口でまくし立てられ、次から次へ僕の耳を打つ。
だけど、その言葉の内容は僕の理解の範囲を超えていて生返事を返すのがやっとだった。
僕は救いを求めるように視線を少しずらしキエダを見る。
だが、彼もどうしたら良いのかさっぱりわからないのか、困惑した表情で固まったままだ。
『しかるに先ほどからあの桟橋で戯れる美しき百合の花に声をかけようとするお主の無粋な行動は我は断じて認められぬ。我は彼女たちの逢瀬を遠くからこうして見守る存在なのであるからして――』
「そ、そうですか。すみませんでした」
鼻息荒く話し続けるユリコーンの言葉はどんどん支離滅裂になって行く。
おかげで話の内容が殆ど理解できない。
僕は今度は目線をキエダからコリトコに移して助けを求めることにした。
テイマースキル持ちのはずの彼ならこの魔物をなんとかしてくれるだろうという願いを込めて。
だけど、そのコリトコの顔は僕の予想に反してキエダと同じように驚きの表情を浮かべて固まっていた。
始めてこの聖獣と対峙している僕らならわかるのだけど、コリトコは聖獣様のことは僕らよりも知っているはずで。
なのにそんな彼もこの聖獣の早口を止めることが出来ないのかと諦めかけたその時だった。
「せ、聖獣様が喋れるなんて……」
『……』
ぽつりと呟かれたコリトコのその声に、未だにペラペラと喋り続けていたユリコーンの言葉がピタリと止まった。
そして僕からゆっくりとその顔を離すと姿勢を正し。
『ユリリーン!』
そう馬の様に
その姿はまさに聖獣という言葉に相応しく、体をまとうピンク色のオーラと威厳のあるたたずまいに、始めてそれを見たものならば見惚れてしまうかもしれない。
だけど僕たちにはもうその姿は色々と不味い部分を取り繕った様にしか見えなくなっていた。
もしかして聖獣様は自分が喋ることが出来るという事実を隠していたのだろうか。
「聖獣様。言い辛いのですが……もう手遅れだと思いますよ」
『……やはりか……』
「あっちも」
「私も」
「……ですわね」
『クゥーン』
しばらくの沈黙の後、聖獣ユリコーンはその場に集った一同の反応を見渡して。
『……出来れば村の人々には内緒にして欲しい……』
がっくりと長い首を垂らし、そう頼みを口にしたのであった。
長く立派な角が地面につきそうなくらいうなだれている所を見ると、よっぽど自分の『聖獣イメージ』が守れなかったことを悔やんでいるのだろう。
「聖獣様?」
コリトコがそんなユリコーンに近づくと「いつもあっちたちを……村を守ってくれてありがとうって思ってました」と、うなだれ下がった首を優しく撫でながら話しかける。
確かに先ほどは突然早口でまくし立てられたせいで驚いたけれど、目の前にいるこのユリコーンはコリトコの村とその人たちを守り続けている聖獣様には違いないのだ。
僕たちには『ちょっとおかしな魔物』にしか見えなくても、コリトコや彼の村の者からすれば神にも匹敵する存在に違いない。
だとすればここは一つ、これから先この領地を治めるに当たって重要になるに違いない聖獣様の機嫌を取っておくべきだろう。
特にこれから僕たちが向かうコリトコの村人にとっては、聖獣様は特別な存在であるだろう。
その存在と話が出来るチャンスを無駄にしてはいけない。
「あー、大丈夫ですよ聖獣様。僕たちはただ単に聖獣様に話しかけられて少し驚いただけで……」
『本当か?』
コリトコにお礼を告げられ、僕の言葉を聞いたユリコーンがうなだれていた頭を僅かにあげながら上目遣いで問いかけて来た。
僕とキエダ、そして多分気配から後ろに居るテリーヌも大きく頷いて見せると、ユリコーンはその角をやっと天に向くまで頭を上げる。
『突然まくし立てるようにしてすまなかった。我も幾度となく反省はしておるのだが、語り出すと止められない性格でな。なので村人たちとはなるべく接触せぬようにしておったのだ。万が一接触してしまった時はわざと馬のような鳴き声を上げて誤魔化したりな。それというのも――』
「せ、聖獣様」
『ん? なんだ。まだ話の途中ぞ?』
「その話、長くなりそうですかね?」
『……すまぬ。また悪い癖が出てしまったようじゃ。なんせ他の者と会話をするなど随分と久しぶりだったのでな。どうして久しぶりなのかと言えば、昔はこの辺り一帯に我と同じような魔物が沢山居たのだが。彼らを見かける度に話しかけ続けていたらいつの間にか誰もこの近くに寄りつかなくなってな』
だめだこの聖獣。
まったく反省していない。
もしかするとこの辺りに危険な魔物が現れなくなったのは、この聖獣がウザ絡みをしまくっていたせいなのでは無かろうか。
『――もちろん我もかの村の乙女たちと話をしたいと思って、随分昔のことだが一度だけ声をかけたこともあるのだ。あの時は我が近寄っていくと乙女たちは一斉に駆け寄ってきてな』
「さすが聖獣様。昔から人気者だったんですね」
「そりゃあっちたちの大事な聖獣様だもん! 当たり前だよ!」
コリトコが憧れの表情で見上げるユリコーン。
だけど、今まで軽快に喋り続けていた聖獣様の言葉が突然途切れたのである。
「どうかした?」
『……思い……出したのじゃ……』
「何をです?」
『お主たちに……特にそこな乙女に聞きたいことがあるのじゃが良いか?』
何故だか不安げな表情を浮かべた聖獣様が、ファルシの背から降りたテリーヌに近寄りながらそう言った。
正直、この聖獣様をテリーヌに近寄らせるのは危険を感じなくも無いが、今は彼が何を聞きたいのかが気になって様子を見ることにする。
「私で良ければなんなりとお聞き下さい聖獣様」
『かたじけない。麗しき乙女にこんなことを聞くのは我も勇気が要ることなのだが、今を逃せばもう二度と機会は無いかもしれぬと思ってな』
聖獣様はそう言ってから一度天を仰ぎ見て目を閉じ、もう一度開いてからその言葉を放った。
『我の体、獣臭くないかのう?』
「えっ」
『じゃから、我の体臭は気にならないかと聞いておるのじゃ』
「体臭……ですか? えっと……」
テリーヌは少し目を閉じると鼻をピクピク動かして臭いを嗅ぎ始める。
その間、まるで神の審判でも待つかのように佇むユリコーンの姿は、悲壮感をにじませていて。
「……正直に申し上げてよろしいでしょうか?」
テリーヌが目を開きそう告げると、聖獣様は『お願いする』と答え目を閉じた。
「ではお答えします。聖獣様の体からは、お馬さんと似たような香りがします。ですが」
『ですが?』
「それに加えて少し……いえ、かなり強く不思議な香りがいたしました」
『その香りはお主からしてどうだ? 良い香りなのか? それとも……』
聖獣様の問いかけに、テリーヌは口ごもった後、そっと目を背ける。
その態度が答えとなった。
『やはり我は臭いのじゃな……。あの時、乙女たちに言われたのだ……聖獣様は綺麗な見かけなのに獣臭いと』
天を見上げたまま、聖獣様は昔を語りつつ目を閉じる。
涙は流していないが、僕には彼が泣いているように見え。
『あれから我はなるべく村の者たちに近寄らぬようにしてきた。そして、いつか彼女たちに近づいても獣臭いと言われないようにと、毎日水浴びをし、森の奥にある香草の群生地を転がり回って良い香りを身につけようとした……その全ては無駄だったと言うことか』
その呟きは優しい風と共に、聖獣様の複雑怪奇な体臭を乗せたまま森の奥へと流れていったのだった。
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