聖獣様の悩みごと

第28話 聖なる泉で出会うもの

「本当だ」


 キエダの先導で森の中を進んでいくと、前方の木々の間から徐々に陽の光にきらめく湖面が見えてきた。

 その水は遠目で見てもかなりの透明度で、まさに『聖なる泉』という名前にふさわしく思えた。


「しかし泉と言うには大きいな。もうこれは湖って呼んだほうが良くないか?」

「そうですな。ですが『聖なる湖』というのも何か語感がよろしくないようにも思えます」

「そういう問題?」


 聖なる泉は今見えてる範囲だけでもかなり広く、もう少し歩いて開けた場所に出ればわかるだろうけど、多分今僕たちが少しずつ広げている拠点の倍はありそうだ。

 そして――


「あそこです」


 キエダが指さす木々の隙間に目を向けると。


「桟橋と小さな船……というかボートかな?」

「なかなか良いボートに見えますな。まさにナイ――」

「それと確かに二人の女の人が桟橋に座って何か楽しそうにしてるね」


 僕は後ろを振り返ってコリトコを手招きする。

 コリトコがファルシの背から降りて僕の隣まで来ると、その二人を指さして尋ねた。


「あの二人は知ってる人かい?」

「うーんと、遠くてよくわかんないけど多分リエイリ姉ちゃんとメミグメ姉ちゃん……だと思う」


 リエイリとメミグメという女レッサーエルフは、よく二人で連れ立ってこの聖なる泉に遊びに行くことが多かったという。

 子供の面倒見も良く、コリトコや彼の妹のメリメもいつも遊んで貰ったり手伝って貰ったりしたとか。


「と言うことはやっぱりこの先にコリトコの村はあるってことか」

「うん。あの桟橋は村の人たちが泉の魚を獲る時に使ったりもするんだよ」

「聖獣様に怒られないのか?」

「うん。聖獣様はよほどのことでも無い限り怒ることは無いって寛大だってお父さんも言ってた」


 その聖獣様とやらはどこに居るのか、見える範囲には見当たらない。

 そのことをコリトコに尋ねると「聖獣様はいつも僕たちを遠くから見てるだけで近寄ってはこないんだ」とのこと。

 そして姿を見ることが出来るのは子供か女性だけだと言うのである。


「この聖なる泉の横に祠があるんだけど、時々お姉ちゃんたちがそこにお供え物をしに行くと会えるって聞いたよ」

「お供え物?」

「うん。でも聖獣様は別にそんなものは要らないみたいなんだけど」

「コリトコは会ったことないのか?」

「あっちは遠くから数回見たことがあるくらいかな」


 話を聞く限り聖獣様はレッサーエルフの民を遠くから見守り、この地を守護するだけで特に見返りは求めないようだ。

 まさに聖なる獣……『聖獣』という名に相応しい生き物だとコリトコは言う。


「一度会ってみたいものだね。さて、それじゃあ彼女たちに挨拶にでも行こうか」

「そうですな。遠くからのぞき見していては失礼でしょう」


 僕とキエダはコリトコやテリーににもそう告げると、森から出ようと一歩足を踏み出した。

 だけどその次の瞬間。


「レスト様! 何か来ます!」


 突然キエダがそう小さな声を出しながら僕の肩を引き戻したのである。


「何かって?」


 そう問い返す僕の耳に小さな音が聞こえてきた。

 まるで蹄のような……それでいて聞いたことも無いような足音で。


「あれか?」


 引き返すべきか進むべきか。

 相手は明らかにこちらを既に認識しているように、一直線にこちらに向かってくる。

 そうこうしていると、森の奥からその足音の主が姿を現す。


「馬……なのか?」


 僕たちの目の前に現れた魔獣。

 それは一見すると少し大きめの白馬にしか見えない。

 いや、白馬ではない。

 薄暗い森の中なのでわかりにくいがその体はうっすらとピンク色に上気しているのだ。


「いや、あの額の角はユニコーンではないでしょうか?」


 たしかにキエダが言う様に、目の前の馬の頭には一本の立派な角のが生えている。

 それは僕も学生時代に習ったことがある、ユニコーンの特徴そのものだった。


「キエダ」

「はい、しんがりはお任せください」


 いつの間にか両手に銀色に光るナイフを構えたキエダが僕とユニコーンの間に滑り込む様に移動する。

 ユニコーンという魔物は、清い乙女には従順で、その乙女を守る時にはとんでもない力を出すらしい。

 だけど、清い乙女以外には凶暴な害獣でしかなく、その角で毎年何人もの人が命を落とすと聞く。

 なので、王国では討伐対象の魔物だったのだが。

 しかし目の前で僕たちを見つめるユニコーンの瞳からは、まったく凶暴な光は見えない。


「まって領主様!」


 僕が後ろに庇っていたコリトコが袖を思いっきり引っ張ったかと思うと、そう叫んで僕とキエダの前に飛び出したのだった。

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