第25話 形見の時計を語り合おう!
「ずいぶん進んできたけどまだ見えるな」
「ここから見ても高いねー」
僕はコリトコと一緒に馬車の後ろの幌を開けて顔を出してそれを見上げていた。
道の天井に設置した光採りの窓から見えるそれは、高く昇った日の光に照らされ、時々鳥や飛行魔物らしき生き物が展望室の周囲を旋回している姿も見える。
一応格子状の柵を廻りに張り巡らせてはおいたが、隙間から入ることが出来る鳥の巣にされるかも知れない。
なるべく遠くを見渡すためにと作り上げた塔だったが、もう少し低くしても良かったかも。
「帰ったら鳥の糞まみれとか勘弁してくれよ」
「あははっ……って何すんのさ!」
隣で楽しそうに笑うコリトコの頭を軽く叩く。
「もしも帰って鳥の糞だらけだったらコリトコに掃除して貰うからね」
「えーっ」
「大丈夫ですよ。レスト様はこんなことを言ってますけど、結局は手伝ってくださいますから」
「そうなの? だったら皆で掃除すればあっという間だね」
僕はコリトコを甘やかすテリーヌに苦笑しながら後を任せると御者台へ向かう。
そしてキエダの横に座ると、懐から古びた懐中時計を取り出して言った。
「そろそろ予定の時間になるから拠点を作るよ」
「了解しました」
キエダは僕が差し出した懐中時計を懐かしいものを見る様に目を細めて時間を確認する。
時計の針は王国時間でもうすぐ十二時を指そうとしていた。
ちょうど一日の真ん中にあたる。
王国では一日が二十四時間と決められているのだが、これは初代国王が当時のお抱え学者と日の動きを調べて制定したものらしい。
同じく一年は三百六十日とされ、今では大陸にある国々で使われる様になっている。
「レスト様。少し時計が遅れているようですね?」
「ん? そうかな」
「はい、私の時計では既に十二時を過ぎておりますので」
そう言ってキエダは自らの手首の腕時計を僕に見える様に差し出す。
たしかに彼の時計では既に十二時を少し過ぎている。
「本当だ。そういえば最近ゼンマイを巻いてなかった」
キエダの腕時計は王国で数年前に発明された魔導時計という最新のものだ。
小さな魔石を動力としたそれは、十年後でもほぼ時間のずれが出ないと謳われているくらい正確で。
一方僕の懐中時計はそれ以前の、更に古いゼンマイ式のものだ。
なので時々ゼンマイをまき直さないと行けないのを、忙しくしていて忘れていたのだった。
「クラフトスキルを使えば魔導時計に作り直すことも可能だろうけど、この時計だけはそのままにしておきたいしな」
「奥様の形見ですからな。そんなことをしてしまえばもうそれは別物になります」
僕がまだ小さい時に今は亡き母さんから貰った時計。
たしか誕生日に僕がどうしても欲しいと、泣いてねだったらしい。
小さかった僕には、今はその記憶はないけれど、キエダからはそう聞いている。
「昔奥様から聞いたことがあります。その懐中時計は奥様の父上が、奥様が生まれた記念にと知り合いだったドワーフに頼み込んで作って貰ったらしいですな」
「それは初耳だな。ということはこの時計は母さんと同い年なんだね」
「そのドワーフもまだ若かったらしいですが、腕はかなりのものだったそうで」
母の実家であるカイエル家は田舎の小さな男爵家だったという。
その一人娘であった母を、外遊に来ていたダイン家の前当主が見初めて自らの息子の嫁としたと聞いている。
地方の田舎領主の娘を、何故ダイン家という王家に近い存在の貴族家に招こうとしたのかはわからない。
一人娘を失ったカイエル家は跡継ぎもいないまま消滅し、今では別の貴族がその地を治めているという。
僕がダイン家の銘を剥奪され、新たに男爵になったとき『カイエル』という名を付けたのはそのことを知っていたからだ。
「そのドワーフに会ったら話を聞いてみたいな」
「そうですな。元カイエル家の領地からは既に姿を消したらしく、奥様もその行方は知らないとおっしゃられてましたが」
僕はキエダの言葉を聞きながら懐中時計のゼンマイをまき直し、遅れていた時刻を竜頭を回して直してから蓋を閉じた。
「いつか僕もこの時計を自分の子供に渡す日がくるのかな」
懐中時計を懐にしまいながら僕はそう呟いたのだった。
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