第22話 展望室から見上げる空を楽しもう!

※本日二話目更新です。



「ファルシが居なければどうなってたことか……ありがとうな」

『ウォン!!』


 僕は建設中の塔の上で、隣りで元気よく吠えたファルシの背中を撫でながら下を見る。

 円形の塔は真ん中が吹き抜けになっており、階段から下を覗くと一番下で上を見上げているコリトコとテリーヌの二人が小さく見えた。


 塔のクラフトを始めてしばらくは順調だった。

 自分の力の届く範囲までクラフトしては階段を上ってまたクラフトをする。

 その繰り返しでどんどんと塔を高くしていった……までは良かったのだが。


「流石に延々と階段を上るのはきつい」


 塔の外壁に沿ってらせん状に作った階段を上る足は、上に行くにつれどんどん重くなっていった。

 ダイン家の跡取りとして、ある程度の修行をしていたから、普通の人よりは体力があるつもりだ。

 だけど流石に力を使いながらでは予想以上に体力と精神力を消耗する。


「ファルシが背中に乗せてくれなかったら、もう今日の作業は打ち止めだった。そして明日またこんな所まで上らないといけないと思うとやる気も消えていたかもしれないな」


 下で見ていたテリーヌが僕の疲れ果てた姿に気がついたのだろう。

 コリトコと何か話をしていたかと思うと、あっという間にファルシが駆け上がってきて、僕を無理やりその背に乗せたのである。

 こんな高いところでそんなことをされたせいで、一瞬落ちそうになった僕は慌ててファルシの毛を掴み、そのまま一番上まで運ばれたのだ。


「今度はもう少しお手柔らかに頼むよ」

『ワフン』


 テイマーのギフトを持っていない僕の言葉が何処までファルシに通じたのかわからないが、ファルシは小さく鳴いて返事をすると座り込んで後ろ足で耳の裏を掻く始めてしまった。

 これは何も通じてないな……と僕はすこしがっかりしながら上を見上げる。

 昼過ぎから始めた塔のクラフトだったが、既に夕暮れが近い。


「さてもう一踏ん張りしますか」


 僕はファルシの頭を軽く撫でてから両手を天に突き上げ――


「これで完成だ! クラフト!!」


 最上階の展望室をクラフトした。


「ふぅ。これで建物自体は完成だけど、まだこれから作らなきゃ成らない物があるな」


 吹き抜けから階下を見下ろすと、コリトコが小さな両手を大きく振ってくれている。

 吹き抜けの天井が塞がれたことで、塔の完成に気がついたのだろう。

 僕も手すりから身を乗り出して大きく手を振る。


「うわっ」

『ワンッ!』


 身を乗り出しすぎて手すりから落ちそうになった僕を、ファルシが慌てて服を噛んで引っ張り戻してくれた。

 ファルシが居なければ即死だった。

 思ったより心身が消耗していたのだろう、油断にも程がある。


「少し休憩して展望室の設備をクラフトするか……」


 僕は展望室まで上がると、柔らかいソファーをクラフトしてそこに座る。

 最初はベッドにしようかと思ったけれど、それでは多分完全に眠ってしまいそうだった。


「ふぅ」


 ソファーに深くもたれかかった僕は眠りそうになるのを我慢して天井を仰ぎ見る。

 そこには僕の計算通り所々に星が輝きだした空が見えていて。


「やっぱり天井を少しガラス張りにしておいて良かった」


 少し強度的には心配だけど、せっかくこんな高い建物を作るのなら一度作ってみたかった物がある。

 それが星見台だ。

 地上で見上げる空よりも、高いところで見上げた空の方が星がとても綺麗に見える。

 僕は昔読んだ本に書かれていた言葉がずっと気になっていたのだ。


「このくらいの高さじゃあまり変わらないだろうけど、心なしか綺麗に見える気がするよ」


 ゆっくりと日が暮れていく空に少しずつ星が増えてゆく。

 そんな景色を見上げているうちに僕は――


「レスト様。そろそろお目覚めになってください」

「もう夜になってしまいましたぞ」

「よだれたらして子供みたいですぅ」

「ああ。ファルシの毛皮凄く柔らかかい……もう離れたくない……」

「領主様! 起きてよ!!」


 そんな声と共にゆっくり目を開けると、いつの間にか展望台の上に皆が集まって僕を覗き込んでいた。

 いや、アグニだけは何故かファルシの背中にへばりついた状態で毛皮に顔を埋めているが。

 ファルシが迷惑そうな顔をしているから引き剥がした方が良いんじゃ無かろうか。


「あれ? どうして皆いるんだ?」

「やっと起きたです」


 周りを見回してから天井を見上げる。

 すると外は既に夜の闇に覆われていて、満天の星空が広がっていた。


 展望室の中には誰かが持ち込んだのだろう、小さな魔法灯の明かりだけで、それが余計に幻想的な雰囲気を作り出していて。

 僕はまだ自分が夢の中なのではないかと少し思ってしまった。


『ワフッ!』

「きゃっ、痛いっ」

「ファルシ、だめだよそんなことしちゃ!」


 どうやらファルシにアグニが振り落とされたようで、コリトコが慌てて駆け寄っていった。

 なんだかそれが幻想的な気持ちを解き払ってくれたようで、僕はソファーから立ち上がった。


「僕、寝ちゃったのか」

「ええ。それはもうぐっすりと」

「私たちがやって来ても全く起きませんでしたからな。フェイルなどかなり大声上げてはしゃぎ廻っていたというのに」

「えーっ、だってこんな高いところ初めてだったんだもん。それにお星様だってあんなに」

「ああ、わかったわかったから。ちょっと説明して欲しいんだけど、どうして皆居るんだ?」


 僕はずっと喋り続けそうなフェイルを制してキエダに説明を求めた。

 キエダの話によると、どうやら僕が眠った後ファルシが下まで行ってコリトコにそのことを伝えたらしい。

 どうやらファルシが言葉足らずだったらしく、僕がかなり衰弱して倒れたという間違った情報が家臣たちに流れ皆が大騒ぎ。

 慌ててコリトコがファルシに頼んで全員をこの最上階まで何往復もして運んだと言うことだった。


『くぅーん』


 コリトコに叱られたのか、悲しそうな声で鳴いているファルシの姿からは想像出来ないが、やはりファルシも魔物だということなのだろう。

 普通の狼や犬系の獣では、人を乗せて運ぶことは体のつくり的にも難しいと聞く。

 なのにファルシはこれだけの人数をこの塔を何往復もして運んだというのだから驚きだ。


「そっか。ちょっと疲れて眠っちゃっただけなんだ。ごめんね」

「いえ、無事であればよいのです。ただ」

「ただ?」

「このままではせっかくアグニが作った夕飯が冷めてしまいますので」

「そっか、もうそんな時間か」


 僕は星空を見上げてそう呟くとソファーから立ち上がりファルシの元へ歩いて行く。

 そして彼の頭を優しく撫でると「悪いけどもう一仕事頑張ってくれるかい?」と告げて、横にいたコリトコを抱き上げるとその背に乗せたのだった。

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