第20話 コリトコの願いを叶えよう!

「れ、レスト様! 一匹持ち帰っちゃダメですか!?」


 いつもの冷静沈着なメイド姿はどこへやら。

 僕の隣で鶏舎の柵に張り付いて息を荒くしているアグニが僕にそんなことを言った。

 もちろん僕の答えは――


「ダメに決まってるでしょ」

「そんなぁ」

「それに、そんなことをしたら親鳥に蹴り殺されちゃうよ」


 新しく作った鶏舎の庭では、コーカ鳥の親鳥が雛鳥たちの体を嘴を使って器用に毛繕いをしている最中だった。

 鶏舎が完成した後、あっさりと僕の領民一号になると宣言したコリトコと共に、僕たちはコーカ鳥の檻へ向かった。


 コリトコが言うには、コツさえ掴めばコーカ鳥はそれほど危険な魔物では無いという。

 彼はコーカ鳥と少しの間会話・・した後、僕に檻の解除をお願いしてきた。


「逃げたり襲いかかってきたりしないだろうね?」

「大丈夫。あっちたちのことを信じるって」

「信じてくれるのか」

「それにね、領主様がくれた草をまた食べたいって言ってる。今まで食べたことがないくらい美味しかったんだって」

「あの草が?」


 たしかあの草は学校の裏庭に生えていた草で、どれだけ抜いても直ぐに生えてくるから素材化の練習台にしていた草だ。

 おかげで僕の素材収納にはかなりの量が入っている。


「うん。あれを食べさせてくれるなら鶏舎で暮らしても良いだって」

「本当か? それならどれだけでも食べさせて上げるから是非来て欲しいって言ってくれないか? あと卵も無精卵だけでいいから」

「わかった。言ってみる」


 それからしばし。

 交渉は成立し、今こうなっているわけである。


「しかしまさか魔物を飼育することになるとは思わなかったな」


 毛繕いを終えた雛鳥たちが、まん丸い毛玉のような状態のままコロコロと鶏舎の庭を転げ回る風景を眺めながら僕は呟く。

 たしかに畜産はいつか始めないといけないとは思っていた。

 だけど、しばらくは狩猟と農産ですますつもりだったのだけど、まさか魔物とは予想外すぎる。


「領主様、コーカ鳥の卵持ってきたよ」


 それを実現させることが出来たのも、このレッサーエルフの少年のおかげだ。

 僕はアグニをそのまま放置してコリトコの元に駆け寄ると、彼が抱えていた大きな卵を受け取る。

 コリトコが言うには、きちんと餌を与えておけば毎日二個ほど親鳥は無精卵を産むらしい。


「それとあの草、もっと欲しいってさ」

「よく食べるな」

「卵を産むとお腹が減るらしいよ」


 この勢いで食べられたら、流石にかなりの量を持っていると言っても直ぐに無くなってしまいそうだ。

 野菜畑以外に、コーカ鳥の餌畑も作らないといけないな。

 まぁ、あの草はあっという間に育つから、きちんと管理さえしておけば餌には困らなくて済むけども。


「わかった。この卵をテリーヌに預けたら餌やりに戻ってくるよ。ところでフェイルは何処行ったんだ?」

「フェイルさんなら鶏舎の裏でファルシと一緒に寝ちゃった」

「似た名前の二人だから仲が良いのかねぇ。というかテリーヌから君のことを任されたって偉そうに言ってたくせに何やってんだか」


 この後テリーヌに怒られて涙ぐむフェイルの姿が頭に浮かぶ。

 楽しそうにフェイルとファルシ、そしてコーカ鳥のことを話すコリトコは、とても少し前まで死にかけていたとは思えないほど元気だ。

 テリーヌ曰く、もう少し休養は必要らしいけれど、そろそろ彼の村に行く準備を初めてもいいかもしれない。


「あのさコリトコ」

「なぁに?」

「この島のことで聞きたいことがあるんだけど良いか? 君の――」

「島ってエルドバ島のこと?」

「えっ、君はこの島の名前を知ってるのかい?」

「うん。島ってどういう意味かはわからないけど 、テリーヌさんに『ここはエルドバ島っていう所なんだよ』って教えて貰ったんだ」


 エルドバ領。

 それが王国に記されている僕の領地の名前だ。

 といってもエルドバ領の領地はこの島しかないのだが。

 エルドバとは、王国の古い言葉で『最果ての』という意味で、王国の支配する大陸の最果てにある領地の島という意味で付けられたと聞く。


「他にも領主様ってとっても偉い人なんだってこととか、これから領主様が皆を幸せにしてくれるってこととか色々と毎日教えてくれるんだよ」

「へ、へぇ……」


 テリーヌ。いったい君はこの純粋無垢な子供に何を教え込もうとしているのかな?

 僕は少し顔に引きつった笑みを浮かべながらコリトコにさっき聞きかけていたことをもう一度尋ねることにした。


「コリトコ。もうしばらくしたら僕たちはコリトコの村に行こうと思っている」

「村に?」

「ああ。村から酷いことをされた君には、もしかしたら辛いことかもしれないと思ってね」

「……」

「もちろん君に無理に付いてこいとも、君を村に無理やり帰すなんてこともしない。それは約束しよう。だけどこの森の中でなんの目印も無く村にたどり着くのは流石に難しいんだ。だから村の近くまででいいから案内を頼みたいんだけどどうだろうか?」


 ぼくは少し早口にそこまで言い切ると、コリトコの返事を待った。

 自分を捨てた村を恨んでいない訳はないだろう。

 もしかすると二度と顔も見たくない人物もいるかもしれない。

 だから僕は最悪コリトコが僕のそのお願いを断ったとしても仕方が無いことだと思っていた。


「どうだろう?」


 僕は立ち止まり、黙り込んでしまったコリトコを見下ろす。

 その肩は少し震えていて、もしかして辛いことを思い出して泣いているのでは無かろうか。


「む、無理にとは言わない。嫌なら嫌と言ってくれれば――」

「本当に……」


 小さな声には少し嗚咽が混じっているように聞こえ、僕はやはり言うのが早かったかと後悔する。

 だけど、続いたコリトコの言葉は、僕の予想を完全に裏切ったものだった。


「本当にまたお父さんやメリメに……妹に会えるの!!」


 勢いよく上げられた顔は、涙と鼻水に濡れていて。

 悲壮感ではなく、どちらかと言えば喜んで良いのかどうすれば良いのかわからないと言った表情が浮かんでいた


「ああ、もちろん。僕が、僕たちがきっともう一度皆と会わせてあげるよ。だから村の場所をわかる限りで良いから教えてくれるかな?」

「う゛ん! う゛ん! わがった!」


 涙と鼻水をまき散らしながら勢いよく頷いたコリトコは、そのまましゃがみ込むと大きな声で泣き出してしまった。

 そうか、今まで彼はずっと我慢していたんだ。

 村をファルシが居ると言っても一人で追い出され、死にかけて魔物に襲われ、見ず知らずの大人たちに助けられて。

 まだ十二歳の子供には過酷すぎる経験を経てきたのに、今までコリトコは大声で泣くこともなかった。

 それは多分僕たちに心配掛けまいと、ずっと無理をしてきたからに違いない。


 僕は泣きじゃくるコリトコの前にしゃがみ込むと、卵を脇に置いてからその体を抱きしめた。

 涙と鼻水が服を濡らす。


「思いっきり泣いたらいいんだ。君はそれだけの経験をしてきたんだから」

「う゛ぇぇぇぇぇぇん」


 僕の言葉に安心したのか、コリトコの鳴き声がまた一つ大きくなった。

 領主館の方から、その泣き声を聞きつけたテリーヌが、畑と鶏舎からはキエダとアグニ、フェイルとファルシが何事かと掛けてくる姿が見えて。


 やがて泣き疲れたコリトコが眠ると、近くで心配そうに丸まっていたファルシにその体を預けて立ち上がり、集まった皆に事の次第を説明した後キエダとテリーヌを呼ぶ。


「テリーヌ。あとどれくらいでコリトコを外へ連れて行けるかな?」

「あと三日あれば体力は回復すると思います」

「わかった。じゃあ出発は三日後だ、それまでに僕はキエダと周囲の地形とかを調べて、泉を探そうと思う」


 あの手帳によれば、調査団の団員がエルフらしき人影をみたのは泉だったはずだ。

 だとすると泉の近くかその向こう側に村がある可能性は高い。


「二人だけで外に出るのはまだ危険なのではないでしょうか?」

「大丈夫、まだ外に出るつもりは無いよ」

「外に出ずに周囲の地形を調べるのですか? どうやってでございましょう?」

「それはね。こいつを作るんだよ!」


 僕は心配そうな二人の目の前に右手の平を見せると、その手のひらの上でこれから僕が作るつもり建物のミニチュアをクラフトしてみせたのだった。


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