第16話 上に立つ者の心得を伝えよう!

 僕とキエダ、そしてテリーヌと正気を取り戻したアグニの四人は今、食堂で美しい装飾のされた皿に並べられたクッキーを食べながら話をしていた。


 この皿はもちろんぼくがクラフトしたものだが、その美しいデザインはなんとあのドジっ子メイドであるフェイルの手によるものである。

 誰にでも取り柄というものはあるものだ。


「それでコリトコどのの村を探すおつもりだと?」

「ああ。彼が村を出なければならなかった理由がスレイダ病だとすれば、それさえ完治したならば戻っても何の問題も無いはずだろ?」


 さすがに短時間で詳しくは聞き出せなかったが、コリトコはまだ子供だ。

 多分両親もいるだろうし、その両親にしてみても苦渋の選択だったはずで。

 その道を選ばざるを得なかった原因が無くなれば元に戻れると僕は思っている。


「ですけど、一度追い出した子供を受け入れてくれるでしょうか?」

「……酷い村に帰す必要を感じない……」


 テリーヌの言葉にアグニが怒りを含んだ声音で続く。

 確かに彼女たちの気持ちはわかる。

 僕だって病気の子供を追い出した人々を許せない。

 でも、ここは王都ではないのだ。


「聞いてくれ。たしかにコリトコにたいしてその村は酷いことをしたと思う。でもね、ここは直ぐにでも薬が手に入ったりもしないし、多分医者と呼べるほど知識を持った者も居ない。ましてや彼の話を聞く限り治療系のギフトを持つ者も居ない土地なんだ」


 そんな中で流行病になる可能性を秘めた病を発症した者がいたら、その集まりのトップとしたらどうすればいい。

 感情だけで動いて、村を全滅させるか、一人を放逐することで村を救うか。

 多分コリトコの村はそういう決断を昔から何度も繰り返してきたのだと思う。

 だから、彼の村は【掟】としてそれを決めたのだ。


「僕も人の上に立つ貴族としての勉強はしてきた。帝王学も学んだ。上に立つものは時に残酷だと言われようともその決断を下さないと行けない時が来るんだ。そしてその責任を背負う覚悟も……」

「……」

「……そんなの屁理屈」

「レスト様……」


 三者三様の反応。

 だがキエダ以外の二人は特に納得がいっていないのが伝わってきて。


「だから僕がここに居る」

「えっ」

「僕が……いや、僕たちがそれを変えてやればいいのさ」


 僕は取り繕った真面目な顔を捨て去り、いつものアグニに言わせれば『不真面目そうな顔』に戻す。

 そう、僕たちにはそれを変える力がある。


「だって、僕たちにはテリーヌっていう最高の医療ギフト持ちと、僕という最強の生産ギフト持ちがいるんだよ?」


 この地に蔓延る病がどれほど特殊だろうとも、僕たちならそんなものはあっという間に駆逐してやれるのだ。

 だったら、そんな【掟】に苦しんでいる人たちを救わない手はないだろう。

 まぁ、素材探しとかも必要になるだろうから大変なのはわかっているけども、それでも僕たちならなんとか出来ると信じている。


「レスト様。私は……」

「大丈夫だよテリーヌ。もう二度と君を苦しませるようなことはさせない」


 治せる病なら全て直してみせるという思いを込めて、僕はテリーヌを見ながら強く頷く。


「わかりました。コリトコくんの様な子供を二度と出さないためにも私、頑張って強くなります」


 そんな僕の瞳をしっかりと見返し、テリーヌが強い瞳で頷き返す。


「……少し聞きたいことが……」


 続いて今度はアグニがおずおずとした様子で口を開いた。


「……その村にはかわいい動物とか居そう?」

「家畜くらいはいるんじゃないか?」

「家畜……少し考えさせて……」

「お、おう」


 アグニが何を考えているのかは大体察したが、これ以上藪に棒を突っ込んで蛇を出す必要も無いだろう。

 僕はそう判断して隣に座ったキエダに目を向ける。


「私は何時でも、どんな時であろうともレスト様の判断に従いますぞ」

「ありがとう、頼りにしてるよ」


 僕はそれだけを告げると、具体的な話をするためにポケットの中からあるものを取りだした。

 それは調査団本部跡地で拾った手帳である。


「これは?」

「あの時の手帳ですな」

「?」


 不思議そうにそれを見つめる三人に僕は話を続ける。


「この手帳はこの島のことを調べるために送り込まれた調査団の団長が使っていた手帳だ。ここには彼らが調べた内容が書かれていた」

「たしか報告書にまとめる前の草稿やメモが書き記されていましたな」

「そうだね。ただ最後の最後に、たった一つだけ報告書に無い記載が残っていた」


 最後の一ページに書かれていたのは『報告によれば、この島には先住民がいる可能性があるとのこと。調査の延長が必要か?』という殴り書き。

 そして――


「キエダに話そうと思ってすっかり忘れていたんだけど、これを見て欲しい」


 僕はその手帳を開くと最後の一ページを開いて見せた。

 そこには『報告によれば、この島には先住民がいる可能性があるとのこと。調査の延長が必要か?』という文章があり、その周りの何カ所かに僕が鉛筆で塗りつぶした場所が点在していて。


「これは……このちぎり取られたページの跡が写っていたのですな」

「ちょうど光の加減で何か書いてあるのが見えてね。鉛筆でこすってみたんだ」


 塗りつぶされた場所に白く浮かび上がっている『森の奥の泉』『魔物に乗った人影』『子供』の文字。

 もしこの内容がコリトコたちレッサーエルフのことを指し示していたとすれば、コリトコの村の位置が絞り込めるかもしれない。


「調査団だってこの拠点を中心にかなりの範囲は調査してるはずだから、コリトコの村はそんなに近くにあるとは思えない」

「とするとこの『森の奥の泉』のさらに先の可能性が高いですな」

「その泉をまず探すところから始めるべきだと思う。ただ、コリトコ自身が村の場所を教えてくれればそれが一番楽なんだけどね」


 僕はそう言いながらテリーヌの方を見る。


「そうですね。随分と衰弱しているようですし、あと四日……五日ほどは安静にして置いた方がよろしいかと思います」

「それじゃあそれまでは拠点の開発を先に進めておこうか」


 本当は今からでも村を探しに行きたいと思っていたが、冷静に考えると殆ど手がかりのないままでは余りにも無謀すぎる

 あの手帳の記述も決定打というにはほど遠く、全く情報が足りていない。


「あとはあの魔物たちだなぁ」

「それぞれバラバラに放しますか?」

「それしかないかな。コカトリスを先にすれば大丈夫だろ」


 キエダと魔物たちのことについて話していると、テリーヌが手を上げて発言を求めてきた。

 何だろうかと尋ねると、どうやら僕が戻ってくるまでにコリトコから、あの魔物たちに付いて話をしたのだという。


「コリトコくんがとても心配そうに私に尋ねてきたんです。『ファルシはどこ?』『ファルシは無事なの?』って」

「ファルシ?」

「私も一体何のことだかわからなかったので聞き返したのですが、ファルシというのはあのフォレストウルフの名前らしいのです」


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