第15話 目覚めた少年の話を聞こう!

※本日二話目です。


「ごめん、遅くなった」


 医務室に入ると、僕はそう言いながらベッドの上に目を向ける。


 そこには上体をフェイルに支えられながら、テリーヌに何かを食べさせて貰っている少年がいた。

 多分簡単なスープのようなものだろう。


「テリーヌ、その子はもう大丈夫なのかい?」


 僕はテリーヌの側まで近くにあった椅子を持って歩み寄ると、彼女の隣に座った。


 突然やって来た見知らぬ男に、ベッドの上の少年があからさまに怯えた表情を見せると、テリーヌは優しく彼の頭を撫でながら「大丈夫よ」と告げてから僕に振り返った。


「はいレスト様。私のギフトで調べましたが、彼の体からは病の反応は既にございませんでした」

「そっか。それはよかった」


 僕が大きく安堵の息を漏らすと、テリーヌは医務室の扉の方を見てから続けて言う。


「ところでアグニとキエダは一緒では?」

「ああ、あの二人なら後で来るよ」

「そうですか」


 僕はキエダに珍しく説教をされ涙目だったアグニのことを思い出しながら答える。


 説教が長くなりそうだったので、僕はキエダに他の皆にはアグニの奇行については秘密にしておいてあげてねとだけ告げて一人先に帰ってきたわけだ。


「話せるかな?」

「少しだけなら大丈夫だと思いますけれど」

「それじゃあ」


僕はテリーヌと席を入れ替わると、少年を出来るだけ脅かさないように意識しながら優しい声で話しかけた。


「やぁ、こんにちは。僕はこの館の主のレスト・カイエルだ。君の名前を教えてくれるかな?」

「……」

「大丈夫よ。このお方は私たちのご主人様で、貴方を助けてくれた人でもあるの」

「……あっちを?」

「そうよ。だからさっき私たちに話してくれたことをもう一度レスト様に話してくれる?」


 少年の緊張を和らげようと、テリーヌが優しくフォローをしてくれる。

 フェイルも、彼女にしては珍しく優しい顔で少年の背中をささえて黙って見つめている。


「あっちってどっちだ?」

「レスト様。彼の言う『あっち』というのは『私』という意味ですわ」

「そうなんだ。それで名前は教えてくれるのかい?」


 僕はもう一度少年に同じように尋ねてみる。

 少年は一度だけテリーヌを見てから僕に目線を戻すと口を開く。


「あっちの名前はコリトコ……」

「コリトコくんって言うのか。それでコリトコくんはどうしてあんな所で倒れてたんだい? もしかして君の村はこの近くにあるのかな?」


 その問いかけにコリトコは僅かに表情を暗くすると、俯いて無言で頭を振って否定する。

 だとするとこんな十歳くらいの子供が一人で村から遠く離れた場所にやって来たというのだろうか。


「あっち……病気になった。だから、村を出た」

「えっ」


 俯いたまま小さな声でそう答えたコリトコ。

 その声には少し嗚咽が混じっているように聞こえ、僕は彼の顔を覗き込む。


「みんなに病気、移すわけにはいかない。村の掟」


 膝に掛けられたシーツに一粒の涙が落ちる。

 泣いている……。

 コリトコは自分の境遇を思い出して泣いていたのだ。


 僕は彼が泣き止むのを待ってから、なるべく急かさないようにゆっくりと話を聞き出していった。

 時々テリーヌやフェイルのフォローを受けながら、今のコリトコの体力を配慮しつつゆっくりと。


 途中でキエダとアグニがいつもと変わらない顔で帰ってきたが、僕たちの様子を見てアグニが「なにか食べ物作ってくる……」と出て行くと、キエダもそれに続いて医務室を後にした。

 多分アグニがまた魔物のところに行くのではないかと心配したのだろう。


「寝ちゃったな」

「そうですね」


 僕たちの話を聞いて、自分の病気が完治したことをやっと信じたコリトコは、安心したようにフェイルの手にもたれかかるようにして眠ってしまった。


 その寝顔はやっぱりまだ小さな子供で。

 レッサーエルフ族と言っても、人間のそれと変わりはしない様に見えた。


 そう。

 コリトコの種族名はエルフでは無くレッサーエルフという聞いたことも無いものだったのだ。


「それにしてもレッサーエルフか。この島は魔物も植物も、そして住んでいる者たちも外界とは全く違うんだな」


 僕はベッドに眠る少年の顔を見つめながら呟く。


 確かにコリトコの耳は、嘗て王都に別大陸からの使者としてやって来た時に垣間見たエルフ族に比べると短い。

 たしかに長く尖っているものの、どちらかというと人間の方に近い様に見える。


「そうですね。でもレッサーエルフエルフより劣る者と自らのことを称する理由はなんなのでしょうね」

レッサーエルフエルフより小さき者って意味かもしれないよ。でもまぁ、それもコリトコの言う長老様・・・に聞けばわかるんじゃないかな」


 僕はそう言いながら椅子から立ち上がると大きく伸びをした。


「んーっ。さてと」


 コリトコを見下ろしながら僕は二人に話しかける。


「フェイルはこのままコリトコを看ていてくれ。テリーヌは僕と一緒に食堂に来てくれるか?」

「えーっ、私だけおやつ抜きですぅ?」


 食堂という言葉にフェイルが口をとがらす。

 先ほどまでコリトコ相手に見せていた、優しいお姉ちゃんのような顔はそこには無い。


「別におやつを食べに行くわけじゃないんだが……。わかったよ、アグニにちゃんとフェイルの分もここに持って来るように言うから」

「はーい。わかりましたです」


 僕は「それじゃ、行こうか」とテリーヌに告げると医務室の出口に向かう。

 これから僕が食堂にむかう理由はおやつでは断じてない。


 たしかにちょっと小腹が空いたような気がするので、おやつを食べることに関しては否定しないが、断じてそれだけが目的では無いのだ。


 アグニの焼くクッキーは絶品で、それを楽しみにしているとか……少ししか思っていない。


「レスト様、何か必要なものはございますでしょうか?」

「そうだな。紙と筆記用具くらいはあった方が良いかもね」

「わかりました。それでは倉庫部屋から取ってまいりますので、レスト様はお先に」

「ありがとう、頼むよ」


 そう、僕がこれからやるのは作戦会議だ。


 本来ならこの拠点をあるていどクラフトしてから周囲の開拓と探索を進めるつもりだった。

 だけどコリトコがやって来たことでその計画は大幅に修正する必要が出て来たのである。


「さて、思ったより忙しくなりそうだな」


 僕はそう呟きながら、食堂の方から流れてくる美味しそうなクッキーの香りに導かれるように足取りを軽くするのだった。

 

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