第12話 エルフ(?)の子のために医務室を作ろう!

 僕はエルフらしい子供をキエダたちに任せると、先に一人だけ領主館へ戻った。

 なぜなら昨日必要な部分だけクラフトした領主館の中には、あの子供を看病できる医務室はまだ作っていなかったからだ。


 両主幹の玄関に駆け込むと、そこにはアグニが居て、帰ってきた僕に驚きながら口を開く。


「自分も今から行こうと……」

「アグニ! 急患だ。今から医務室をクラフトするから、足りないものがあったら言ってくれ」

「……一体どう言うこと?」

「急いで!」


 僕はアグニの返事も待たず、領主館の一階奥に医務室用として用意しておいた少し広めの部屋に飛び込むと、簡単な内装とベッドをクラフトする。

 そして追いついてきたアグニの指導で、必要な器具や家具をクラフトしていった。

 アグニには簡単な治療に関する知識があることを僕は知っていたので、彼女の指示に従い次々に医務室を充実させていった。


「……こんなものでいい……」

「わかった。ありがとうアグニ」

「どうせ早々に必要になる場所だから、問題ない……」


 病室の中にはベッドが四つと、仕切りのカーテン。

 医療器具を入れておく棚や台車、机などが並んでいるが、医療関係の知識が乏しい僕が慌てて作ったからか、どれもこれも簡単な形をしていて使い勝手はわるそうだ。


「また後で作り直すとして、今はこれで我慢だな」

「……それでは自分は空き部屋に仕舞った荷物から薬の入った箱を取ってくる……」

「たのむ」


 アグニが部屋を出て行くと、入れ替わりにエルフの子を背負ったキエダが医務室に入ってくる。

 そしてテリーヌがフェイルにアグニの手伝いを申しつけている間に、子供をベッドに横たえると、キエダも後をテリーヌに任せ荷物置き場と化している空き部屋に向かって出て行った。


「先ほど簡単に診させてもらった限りは、大きな外傷は見当たりませんでしたけれど」


 テリーヌはそう言いながら、ベッドで眠るエルフの子の服を脱がすため手を掛ける。

 この秘境に住んでいる割にはしっかりとした縫製の服で、靴も僕らが履いているものほどでは無いけれどまともに見えた。


「僕は外に出てた方が良いかな?」


 ベッドに横たわる子供は、見る限り女の子のように見えた。

 なので、テリーヌが服を脱がすと言うなら僕はこの場に居ない方が良いだろう。


「大丈夫です。この子は男の子ですから」

「そうなのか?」

「はい。確かめましたから」


 確かめたって、一体何を……いや、それは聞かなくてもわかるのであえて聞き返さない。

 だけど医療知識も無い僕が居ても何もすることは無い。


「ううっ、重い……。医務室用の道具と薬を持ってきたですぅ」


 フェイルがフラフラとした足取りで、危なっかしく大きな木箱を抱えて医務室に戻ってくる。

 続いてキエダとアグニも戻ってくると、テリーヌが少年の怪我を調べている間に、箱の中のものを棚に並べていく。


 このメンバーの中で、医療知識が少なからずあるのはテリーヌとアグニだ。

 なので、僕たちはアグニの指示通り動くことになる。


 棚に全てのものを入れ終わった頃、少年を診察していたテリーヌから声が掛かった。


「アグニ、消毒液はありますか?」

「……こちらに」

「とりあえず大きな傷は無いようですので、消毒だけしておきますね」


 彼女の声音は、軽傷だという言葉とは裏腹に何故か辛そうに聞こえ。

 僕は不安を感じてテリーヌと少年の側に行くと、傷口を消毒している彼女に声を掛けた。


「テリーヌ、どうかしたの?」

「それが……傷は浅いのですが」


 そこまで言って口を閉じた彼女は、少しだけ逡巡した後に顔を上げると、予想外の言葉を言い放つ。


「この子は脳しんとうで倒れたわけでも、魔物の戦いを見て気絶したわけでも無くて――」


 スレイダ病に掛かったせいで体力を失い倒れたのだ。

 そうテリーヌは告げる。


「スレイダ病って、聞いたことが無い病気だけど」

「多分ですけれど、この地の特有の病気だと思います。その病に掛かると徐々に体力を奪われ……最終的には衰弱死してしまうらしいのです」

「それじゃあこの子は衰弱して倒れたってこと? 魔物は関係なく?」


 僕の問いかけに無言で頷くテリーヌに、僕は更に問いを投げかける。


「それで、スレイダ病を治す薬はこの中にあるの?」


 医務室の棚に綺麗に並べられた薬瓶を指し示しながらそう言うと、彼女は静かに首を振った。


「ここには無いっていうのか……」

「はい。そもそもスレイダ病などという病は外界には無い病気ですので」


 僕はテリーヌのその言葉に愕然とする。

 同じように医務室の中に重い空気が流れて、僕はベッドの上で眠るエルフの少年の顔を見下ろしながら両手の拳を痛いほど握りしめた。


「……一つだけ、この子を助ける方法があります」


 そんな僕を見上げ、テリーヌが口を開く。

 助ける方法がある?

 だったら何故それを先に言わないのか。


「ただ確実ではありませんし、もしかするとかなりの危険を伴う可能性があります」

「危険でもなんでもやるしか無いでしょ。この子だって僕の領地の領民なんだから」


 そうだ。

 この子自身はどう思っているかは知らないが、この島は僕の領地だ。

 だとすればここに住む人々は人間だろうとエルフだろうと僕の大切な領民に違いない。


「特効薬さえあればスレイダ病は治ります」

「薬って、作り方はわかるのかい? スレイダ病はこの島だけの風土病みたいなものなんだろ?」


 そこまで口にして僕は気がついた。

 そうだ、このスレイダ病というのはこの島特有の病気で、外の世界には存在しないもののはずだ。

 なのに、どうしてテリーヌはその名前を知っているのか。

 それどころか、診察して症状まで知っている上に、今度は薬の作り方すらわかると言う。


 僕がそのことに気がついたのを察したのだろう。

 テリーヌは一度だけ僕からエルフの少年に目を向けてから、もう一度僕の目を見上げてその口を開くと――


「レスト様には教えておくべきだとずっと思ってはいたのですが……実は私はギフトの力で人の病気とその原因、その治癒方法と薬の製法までわかるのです」


 そんな彼女が今まで隠していた自分の秘密について告白したのであった。

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