初めての領民

第11話 クラフトで子供を助けよう!

 この拠点の出入り口は、大まかに四つほどある。


 最初に入ってきた所を西として東の端に領主館。

 そして南北に一個ずつだ。


 西の出入り口だけは馬車を通すためと、この先トンネルを通じて外界と交流するための主になる場所なので、大きめの門を設置してあるが、他は簡易的に大きめの扉が設置されているだけだ。


 そしてキエダとテリーヌの姿は、そのうち北の扉の近くにあった。

 二人は器用に壁にぶら下がって外を見ているが、執事服とメイド服を着たままのその姿はなんだか異様だ。


「呼んで来ましたですぅ」


 僕より先に走っていったフェイルの声に、二人は慌てて壁から手を離し地面に降り立つ。

 二人の身体能力はかなりのものだと知ってはいたものの、かなり高くした壁の上に飛びつくジャンプ力と、そこから難なく飛び降りる所を改めて目にすると、彼らのギフト・・・はいったい何なのだろうかと考えてしまう。


 ちなみに二人からはそれについて教えて貰ったことも無いし、あえてこちらから聞くことも無かったが、一応聞いておくべきだろうか。


「レスト様。ご足労をおかけしました」

「挨拶は良いよ。それより何があったんだい?」


 壁の近くまで歩み寄ると、僕はキエダにそう尋ねた。

 だが、尋ねる必要もなかったようだ。


『ぴぎゃー!』

『グルルル』


 ドガッ。


『ピピピィ』


 ザザザッ。


 塀の向こうから複数の獣の鳴き声と共に、争う音が聞こえてきたからだ。

 鳴き声からすると片方は鳥系の獣で、もう片方は犬系か。


「塀の向こう側でコカトリスと思われる魔物と、フォレストウルフと思われる魔物が争っておりましてな」

「思われる……ということはもしかして」

「はい。外界の魔物とは少々見かけが違っております」


 キエダの話によると、塀の外では五体ほどのコカトリスもどきが、一体のフォレストウルフもどきに追い詰められている状態なのだとか。

 どうやら僕がここに塀を建ててしまったために、コカトリスもどきが逃げ場を失ってしまったようだ。


「とりあえず外の様子を見たいな」


 争う音を聞きながら僕は塀に近づいていく。


「私が塀の上までお連れいたしましょうか?」

「いえ、ここは私が」


 そんなとんでもないことを口にするキエダとテリーヌを、制して僕は壁に向けて両手のひらを向ける。

 そして素材化とクラフトを同時に発動した。


「おおっ」

「なるほど、その手がありましたか」

「レスト様、ありがとうございます」

「凄いですぅ。これなら私も外が見えるです」


 僕が手をかざした先、そこには厚い壁を貫く様に格子状の窓が出来上がっていた。

 壁の強度は落ちるが、これなら外の魔物が中に入ってくることは無いだろう。


 僕は家臣たちのために同じような窓を三つ作ると自分用の窓から外を覗き見た。

 深い森と塀の間に出来た空間。

 そこで六体の魔物が争っているのが目に入る。

 いや、実際にフォレストウルフと戦っているのは、僕の背よりも大きいコカトリスもどき一体。

 あとの四体はその半分以下の大きさで、壁に近い所まで下がったまま固まって震えている。

 多分あのコカトリスの子供なのかも知れない。


「あれがコカトリスなの?」

「はい。本来のコカトリスとは随分見かけは違いますが、飛び出ている頭と足の特徴からコカトリスと判断いたしました」


 その魔物は確かに足と顔は鳥の物に似ていた。

 問題はその体である。


 まんまるなのだ。

 まるでボールの様に白い羽毛に包まれたまんまるな体。

 そこから二本の足と小さな頭だけがひょっこりと突き出しているというユーモラスな姿をしている。

 

「でもまんまるだよ? コカトリスってもっとこうすらっとしてるんじゃ無い?」

「多分あれは体毛が極端に進化したコカトリスだと思われますぞ」


 僕の知っている……と言っても本で読んだだけだが、そのコカトリスという魔物は、どちらかと言うと痩せこけてすらっと縦に長い姿であった。

 空を飛ぶ力はあまり無い珍しい鳥系の魔物で、その鋭い嘴とかぎ爪で獲物を襲い、あっという間にズタズタに切り裂くと言う。

 だけど、目の前の球体からは、とてもそんな凶暴な気配は感じられなかった。

 確かに爪は鋭そうに見えるが、嘴は草食動物の様に丸く、とても相手を突き刺せる様には思えない。


「見てくださいレスト様」

「ん?」


 キエダの声に目をこらすと、もう一種類の魔物であるフォレストウルフが一匹のコカトリスへ飛びかかる所だった。

 そしてその鋭い牙がコカトリスに迫った瞬間。


「えっ」


 突然コカトリスの顔が消えた……いや、体毛の中に沈めたと行った方が正しい。

 だがフォレストウルフの勢いは止まるはずも無く、その牙はコカトリスの体に正確に突き刺さり、その体から大量の血が吹き出る……と思っていた。


「あのコカトリスの毛は見た目よりかなりしっかりしているようですな。フォレストウルフの牙が体毛で止められて、体にまでは届いていない」


 コカトリスの体毛に牙を阻まれたフォレストウルフだったが、それでも両足の爪を鋭く立てて、その毛を刈り取ろうと動き出す。

 だが、コカトリスの方もやられたままでは無かった。

 その鋭い足の爪でフォレストウルフに蹴りを放ったのである。


『キャウンッ!』


 間一髪、フォレストウルフが牙を抜いて飛び避けるが、完全に避けきれず体毛と共に血が飛んだ。

 一方のコカトリスも、相手の牙と爪で随分と体をまとう毛がむしり取られている。


 攻めるフォレストウルフと、守りからのカウンターを狙うコカトリス。

 お互いの体にはまだ致命傷という傷は無いが、すでにどちらかが倒されてもおかしく無い状態に見えた。


「魔物同士の戦いって初めて見たけど、凄い迫力だね」

「そうでございますな。私も若かりし頃、東の地で見て以来ですな」


 キエダの謎の過去が気になった僕は、そのことを訪ねようと口を開きかけた。

 だが、僕の口から出たのは全く違う言葉で――


「キエダ! あの左奥!」

「どうしました?」

「人が倒れてる!」

「なんですと! あっ、確かに。あれは子供ですかな」

「助けないと」


 僕はのぞき穴に向けて手を突き出す。


「レスト様! どうなさるおつもりで?」

「まさかこの壁を崩して外に行くおつもりなのですか! 危険すぎますっ」

「わわわっ、どうしたらいいですかぁー」


 慌てるキエダとテリーヌ、そしてフェイルに返事をしている暇は無い。

 このままではあの子は魔物たちの争いに巻き込まれてしまう。


 いや、もしかしたらもう巻き込まれて、それで倒れているのかも知れない。

 だとしたら少しの猶予も無い。


「クラフト!!!」


 僕は手のひらに意識を集中させそう叫んだ。

 同時に、目の前で争っていた魔物たちの周りを、一瞬で石の檻が包み込む。


『ガウッ!』

『ピピッ!』

『ピィピィ』


 フォレストウルフ、親鳥、そしてその子供たちの三つの檻をクラフトした僕は、今度は目の前の壁を素材化・・・して消し去ると、倒れている人影に向けて走った。

 木の陰に倒れていたのは、フェイルより少し体の小さな子供のようだが、フードをかぶっていて顔はよくわからない。


「おい! しっかりしろ」


 見る限り大きな怪我がなさそうなことを確認した僕は、ゆっくりとその上半身を抱き上げ呼びかけてみた。

 しかし子供は全く反応を返さない。


「まさか死んではいないよな」


 僕は子供がかぶっていたフードを払いのけると、その顔に手を近づけ息をしているかを確かめた。


「息はしているな……だとするとあとは脳しんとうか、魔物に襲われたショックで気絶したか……」

「レスト様。どうですかな?」

「ああ、まだ生きてるみたいだ。それに大きな怪我もしていないようだ」

「それは良かった。では一旦領主館の方へ運びますか……おや」

「どうしたキエダ」

「いえ、その子供なのですが……少々耳が……普通より長くありませんか?」


 キエダにそう言われて、僕は子供の顔を改めて見てみる。


 少年……いや少女か?

 どちらかはわからないが、かなり整った美しい顔をしているのはわかる。


 これは将来はとんでもない美少女か美青年になるに違いない。

 しかし、僕の目はその顔の横に付いている二つの耳に釘付けになった。


「もしかして、本当にエルフがこの島にいたのか」


 その耳は人族のそれよりも明らかに長く、そして尖っていて。

 僕はあの手帳のことを、自然と思い出していたのだった。

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