第10話 朝食は緊急事態の前に終わらせよう!

※本日二話目です。9話を未読の方は一話分お戻り下さい。


 完成した領主館にそれぞれ荷物を運び込み、それぞれ部屋を片付けた頃には、すっかり外は闇に包まれていた。


 一人だけ二階を選んだフェイルは、荷物を持って何度も階段を上り下りする羽目になったせいか、夕飯時にはかなり疲れ切った顔をしていたが自業自得だろう。

 食事を終えた僕らは、最後にそれぞれ翌日の予定を確かめ合うと部屋に戻って就寝した。


 拠点は深い森の端っこ。つまり島をぐるっと取り囲む様にある山のような壁に近い所に存在している。

 なので、森の方からは夜になって活発に動き出した獣や虫の声で思ったより静かでは無い。

 だけど今日一日、初めての場所で慣れない引っ越し作業や力作業をしたせいか、気がつけばその騒音すらも子守歌に僕は深い眠りに落ちていた。


 そして翌日の朝。

 僕は少しだけ寝坊してしまったらしく、食堂へ向かうと既にアグニ以外は誰も居なかった。


「おはよう」

「おはようございますレスト様。朝食の準備をいたしますので、その前に洗面所でお顔を洗ってきてください」

「皆はもう?」

「はい。既に外へ出て残っている残骸や建物の調査に行きました」


 僕はその答えを聞いてから洗面所に向かう。

 洗面所は十人くらいの人が同時に使えるほど広く作ってある。

 貴族家では毎日使用人が井戸の水を汲んで、洗面所の中にある桶に入れてくれていたが、ここではそうも行かない。

 多分この拠点のどこかに井戸はあるのだろうけど、どこかの残骸の下に埋まっているらしく昨日は見つけられなかった。

 まぁ、正直言えばしばらくは井戸は必要が無かったりもする。

 なぜなら僕と言う水源・・があるからである。


「さて、減った分を追加しておくか」


 僕は少し高めの所に設置した水瓶の中に向けて、素材収納の中から真水を選んで流し込む。

 この【クラフトスキル】の便利な所は、何も物を簡単に作れるということだけでは無い。

 様々なものを素材・・として素材収納に収納しておけるというのも、使い方によっては非常に便利なのだ。

 この素材収納は【クラフトスキル】を初めて使った時にその存在を知ったが、いったいどれくらいの容量があるのか未だに掴めていない。

 なんせここまでトンネルを作るために大量に素材化・・・した岩ですら収納出来ているのである。


 今度限界を試すために海の水を素材化して、どんどん取り込んでみようかな?


 そんなことを考えつつ、僕は顔を洗う。

 水桶からつながったパイプは、十個ほど並んだ蛇口につながっていて、蛇口をひねれば水が出るという仕組みになっている。

 これも貴族の勉強を捨てて得た建築系の本の知識である。


 そんな洗面所で顔を洗うと、僕は備え付けられているタオルで手を拭いてから食堂へ戻った。

 テーブルの上には貴族の食事としては質素だけれど、十分な朝食が並べられている。


 主食のパンそれに干し肉と紅茶。

 貴族家に居た頃は、生野菜のサラダやフルーツ、ヨーグルトなど多彩だったが、流石に長旅にそれを持って来ることは出来なかった。

 僕の素材化で、素材収納に入らないかと試したのだが、なぜか野菜や果物を素材化しようとするとになってしまうのである。


「おかげでいろんな種は持ってこれたけどさ」


 僕は味気ない食事を口にしながらつぶやく。

 これからその種を植えるための畑を作って育つまでは、森の中で自生しているものを探すしか無い。


「パンを素材化したら、まさか小麦とかの材料に分割されるとは思わないよね普通」


 なので、パンの材料だけ素材収納に入れて、船の上やこの領主館でパンを焼くことが出来ている。

 素材化の力は未だに僕はその全容を把握してはいないが、とりあえず動物や昆虫は素材化出来ないことはわかっている。

 わざとでは無いが、庭の草を素材化した時、植物は素材化出来たのにその影に居た虫は素材化出来なかったからだ。

 ただ、死んだ虫は収納されていたので、完全に素材化出来ないわけでは無いようで、そこらへんは神のみぞ知るなのだろう。


「ごちそうさま。焼きたてのパン、とっても美味しかったよ。また腕を上げた?」

「……屋敷を出てからずっと焼いてますから」


 パン焼きの担当はアグニだ。

 不器用なフェイルには任せておけないし、なぜかテリーヌは他のことは器用にこなすのにパンを焼くと焦がして消し炭しか造れない。

 なので、一番まともなパンが焼けたアグニが担当することになったのだが。


「最初の頃は生焼けだったけど、今ではもう立派なパン職人だね」

「……あまり嬉しく無い評価ですが、ありがとうございます」


 アグニはそう答えながら、僕の前から飲みかけのティーカップ以外の食器類を手際よく片付けていく。

 そして去り際に思い出したかの様に振り返ると――


「レスト様。出かける前に水を追加しておいてくださいね」


 それだけ告げてキッチンの方へ戻っていった。

 僕はその後ろ姿を見送りながら、残った紅茶を飲みながら今日の予定を頭に浮かべる。


 まずは拠点内に散らばっている残骸のチェック。

 必要なさそうなものは素材化して、修理して使えそうな者はクラフトを使って修理する。

 出来れば井戸も見つけて修復しておきたい。

 そして畑を作って……。


「やることが一杯だな。早く全てを終わらせてのんびりしたいよ」


 今日だけでは無く、これから続く作業の多さにげんなりしつつ残った紅茶を流し込む。

 外は今日も良い天気で、窓から差し込む日差しが眩しい。


「さて、そろそろ行きますか。っとその前に水を入れていかないと」


 独り言を口にしながら椅子から立ち上がったその時だった。

 まるでそれを待っていたかの様にフェイルが大慌てで食堂に飛び込んできたのである。


「れ、レスト様! 大変なのです!!」

「何かあったのかい?」

「塀の外で獣か魔物かわからないですが、なにやら暴れてるです!」


 塀の外ならそれほど慌てることもなさそうだが。

 もしかすると僕のクラフトした壁すら壊されそうな相手なのだろうか。


「わかった、直ぐに行く。キエダたちは?」

「壁の所で様子を見てるです。もし壁を壊されたり乗り越えてきそうだったら戦う必要があるって言ってたです」


 そうか。

 だから報告に一番戦闘の役に立たないフェイルを寄越したわけだ。


 僕はキッチンに駆け込むと、アグニにフェイルから聞いた話を伝えつつ水瓶に水を補充した。


「私も向かった方がよろしいでしょうか?」

「いいや、僕が行けば大丈夫だろうし。アグニは片付けをよろしくたのむ」

「はい。お気を付けて」

「ああ。もし力を借りる必要が出来たら連絡するよ」


 それだけ伝えると、僕はキッチンを出て食堂の入り口で待っていたフェイルと共に屋敷を飛び出したのだった。


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