第180話 独立、ミルランディア公国

あれから随分と500年程の時が流れました。私と同じ時を過ごした人はもう誰もいません。私にとっても短くはない時間です。

世界も一応の安定を保っています。まだ混沌としているところもありますが、国同士の争いはかつての頃と比べて減っているのは確かです。西部連合が無視できない力を持ち、一団となって外国のからの侵攻に対抗したこと、目覚ましい経済と技術の発展を遂げたこと。大国の脅威に対抗するために集まった西部連合も、今やその大国と肩を並べる力と発言力、影響力を有するまでに発展しました。当初14か国で始まった連合も、今では倍以上、40カ国近くになっています。

大陸の西側にある国の中でも幾つかの国は連合に参加していません。世界に強い影響力を持つ国の一つ、女神サファールを祀るサフィル聖教国はその一つです。混乱期に女神サファールをもって真サファール教を興した教会の本部がある国です。連合に参加していく国の多くはこの真サファール教を信仰しています。ヘンネルベリも真サファール教を国教としています。私個人はいろいろと知っていますので、スティルガノ大神を信仰していますけど。


ここ最近、最近と言っても100年ぐらいの事ですが、私に関する妙な噂が起きては消え、起きては消えを繰り返しています。

『いつになっても変わらないミルランディア・ヘンネルベリは女神サファール様の生まれ変わりなのではないか』と言う事です。もちろん私に直接聞いてくる人はいなく、なんとなく広がり、そしていつの間にか消えている、そんな感じです。

私にとっては迷惑以外の何物でもないのですが、私がどんなに否定しても『昔から容姿が変わらず何百年も生きているのだから、女神の生まれ変わりに違いない』と聞いてもらえないのです。なのでこの頃は否定さえしなくなりました。詳しい経緯は離せないからね。


そんな噂に敏感なのはサフィル聖教国です。信仰の対象であるサファール様の生まれ変わりがいるなんて穏やかじゃありませんよね。

教団の最高位『教皇』だけは女神サファールについての真実は代々伝わってるそうです。知っているのは歴代の教皇だけ。教皇のみが知ることが許される教団の最高の決まりで漏らすことを禁じられているので、教皇は亡くなるまでその座を渡すことはありませんから、秘密は守られてきたようです。

その聖教国から私も何度か審問を受けましたが、もちろん真実ではなく私も戸惑っているという事、寿命については今までの説明(事故で死にかけた時に、死の淵から戻った時の影響で、年齢と見た目の間に何らかの影響があるようです)で納得してもらいました。まぁ嘘じゃないですからね。それにこのことの真実を知る人なんて誰もいませんから。初めは女神サファールの生まれ変わりを語る異端者として、次第に女神サファールの生まれ変わりではないかと言う目で見られたのです。

何度も説明を繰り返しているとそのうち事情を知る人が出てきて、

「申し訳ありません。ミルランディア様が無関係であることは承知してはいるのですが、何分本人の言葉で言って頂かないと収まりがつかないもので……」

「分かってますよ。私も根も葉もない噂に辟易してるとこなんです。これで収まるなら構いません」


経典の中の存在であった神様。その神様をずっと信仰し続けていました。そこへ神の生まれ変わりと思われる人が現れ、その人にすがろうとする。純粋な信仰心かどうかは分からない。もしかすると何かの前触れなのかもしれない。



経済的な発展と遂げた西部連合の国々や大国として復権を果たしたトルディアなどは、海の向こうにある土地を求めて競い合っています。先ん出ていたのはヘンネルベリでした。魔導エンジンを搭載した大型の鋼鉄の船を何隻も持っていたのですから当然と言えば当然です。

ミルランディア領も領軍を派遣して、どこの国の領地になっていない島を次々と編入していきました。何せフロンティーネとポルティア、モーリン以外に街を作ることのできないミルランディア領です。増えた領民は島に移ってもらって、開拓や農場作業、工房での作業をやってもらうしかないのです。

以前カルセア島を貰った時にはひと悶着ありましたが、自分で見つけて開拓した島は自領に編入してもよいということになっています。ファシールの例と同じですね。なので今は大小数十、もっとかな、100近くの島を有する領になってます。

王国もハイデルランドへの進出を果たして、勢力を広げているようです。やり過ぎて争いの火種にならなければいいのですが。


現在の国王はリオンハイム陛下の代から何代も経っています。もう覚えちゃいませんって。王室の顔合わせや王族会議にはいきますけど、今では何も言わなくなりました。国王代理と王族公爵の肩書は残っていますが、実質居るだけですね。だって今の世代の人たちが生まれる何代も前から生きてるんですからね。言い伝えではなく体験している、そんな人が口を挟んだら今の人たちには迷惑にしかならないでしょ。

その現国王は大変な野心家です。ハイデルランドでの覇権を欲し、西部連合の盟主の座を確固たるものにしようとしています。私たちが始めた連合の思想とはかけ離れているのです。どうやら西部連合をヘンネルベリ王国の配下に置こうとしているようです。

以前の私ならば忠告もしました。そしてそれに耳を傾けてくれました。でも今はそんな事は聞きません。一応話はしましたが。


「やっぱり一人だけ他の人と時間の流れが違うのは辛いわね」

私の側にいるのはエルフィとウィンです。彼女たちは戻ってきてから私の側にいてくれています。私の時間の流れと近いですからね。

「でも仕方のない事よね」

「そうなんだけどね。なるようにしかならないからね」



「遥か昔、この世界が混沌と混乱の渦に飲み込まれていたころ、女神サファールはこの世界に降臨された。女神サファールの助けと力を得たわれわれ人間は混乱の渦を克服したのだ。

数百年前、この世界に一人の女性が遣わされた。その女性の力によって我がヘンネルベリ王国は大いなる発展と成長を遂げることができた。その女性とはこの王家の一員であられるミルランディア・ヘンネルベリ様である。

そのミルランディア様は今でも若々しくいられる。お生まれになって数百年という時を経てもだ。私たち人間の寿命など長くて80年、その数倍の時を過ごして尚あのお姿でいられるミルランディア様は間違いなく神の遣い。いや神の生まれ変わりであることに違いない。

この世界で神と言えばサファール様をおいて他にはない。一部の地域ではドラゴンを信仰の対象とするところもあるが、ミルランディア様は断じてドラゴンなどではない。れっきとしたヘンネルベリ王家の1人、我が系譜に連なることに間違いはない。

私はここで宣言しよう。ミルランディア様は女神サファールの生まれ変わりであると。そして長き時を持つミルランディア様は女神の力を有していると。かつてこの国が窮地に陥った時も、ミルランディア様のお力によって救われたと伝えられている。その力こそ女神の力なのである。そして我がヘンネルベリ王室は神に愛された一族なのである。この国に住むものは皆神の寵愛を受ける者である。ヘンネルベリこそが神の国なのである」


ウチの国王陛下は一体何を考えているのでしょう。あなた達にも言いましたよね、私は神でも何でもないと。

こんなことをしたらサフィル聖教国と揉めるのは必至です。確かに連合の中での立場は上がるでしょう。未だに連合軍の中心はヘンネルベリ軍です。情けないことに飛行機や船の製造についても私の所を越えるのは出てきてない次第です。


「ミルランディア殿、貴女の所の騒然と飛行機の工房を王国に引き渡していただく。これは王令である」

「お言葉ですが陛下、それは出来ない約束が結ばれています。陛下もご存じでしょ」

「そのような昔の約束など無効だ。ミルランディアは私の命に従えばいいのだ」

「陛下は一体何をお考えなのですか。私の事を神の生まれ変わりだと言いサフィル聖教国と険悪な関係になっています。更に軍事化を進めるためにか造船と飛行機の工房を手に入れようとしている。陛下のやっていることはヘンネルベリ王国を軍事大国化しようとしているのですよ。平和と安定のために築いてきたこの西部連合の中で」

「西部連合などと言う小さな枠組みなどではない。世界の全ての国をまとめた世界連合の王として君臨するヘンネルベリを作るのだ」

「今がそのような時代ではないことが分からないのですか」

「今だからなのだよ。争い事が減った今、各地で起こっている争いも国内で起きてる内戦に過ぎない。このような世界だからこそこの世界を統一するチャンスなのだよ。女神サファールの生まれ変わりであるミルランディアと言う旗頭がいて、強大な軍事力を誇る。トルディアを従わせ、各地で起きている内戦に介入して収めて行けば、今までどこも成し得なかった世界統一を我がヘンネルベリができるのだ。素晴らしい事ではないか」

「そもそも私は女神の生まれ変わりではないと言ってるでしょう」

「そんなことはいいのだよ。人々にとってミルランディアと言う人こそが信仰の対象なのだから。神が顕在した時に『私が神だ』なんて言うとお思いですか。そんなこと言う訳がない。言えば大騒ぎになるからな。だから貴女が本当に神の生まれ変わりかどうかなんていいことなんですよ。必要なのは貴女と言う存在そのものなのですから」

「陛下…………」

「いいか、もう一度言う。貴女の所の騒然と飛行機の工房を王国に引き渡していただく」

「仕方ありません。あの約束にあった付帯の事項を使わせていただきます」

「付帯事項だと?そんなものがあったのか」

「ええ。ご存じありませんか。王家にも当時交わした約束の羊皮紙が残っているはずです。そこにはこうあります。

『ミルランディア領の領主替え、領地の接収、技術並びに工房等の強制的な移転が命じられた場合、ミルランディア領はこれを拒否し、独立することを許可する』とね」

「馬鹿な……そんな約束が交わされていたのか」

「お見せしましょうか。同じものを持つことになっていますから、私が持ってるのでよろしければお見せ致しますよ」

「…………これは…………」

「どうなさるのですか」

「私が命じた物は納めるのか」

「無理でしょうね。『他国を侵略、侵攻するためには使わない。防衛のみに使う』と言う取り決めもありますから、今の陛下の言葉からすると提供はできません」

「仕方あるまい。ミルランディア殿がそこまで強硬であるなら、私とて力を使わねばならぬ。このようなことはしたくはないのだ。大人しく引き渡していただきたい」

「これが私の最後の返事です。お断りします。そして直ちにここでのお話を撤回していただきます。それが出来ない場合は、ミルランディア領はミルランディア公国としてヘンネルベリから独立します」

「そんなことができると思っているのか。周りは全て西部連合の国なのだぞ。アズラート、サウ・スファル、ドルーチェ、そしてヘンネルベリ相手に戦えると思っているのか」

「守るだけなら問題はありません。それにヘンネルベリはともかく他の国が参加するのでしょうか。アズラートはまずないでしょうね。かつて帝国が亡ぶきっかけとなった戦争を知っていますから」

「あとで許しを請うても遅いからな」

「ヘンネルベリが孤立しないことを望みます」



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