第179話 領政改革

それから数年、10年ぐらいだったかな、私にとっては僅かな時間、でも人間にとっては長め、社会からしたらまぁ短い時間なんでしょうけど。西部連合の中の軍備、飛行機による交流、街道の舗装による交通網の整備などが順調に進み、少しずつではありますけど各国も豊かになり始めてきました。

私だって結構忙しかったですよ。何せ軍艦は作らなきゃならない、飛行機は作らなきゃならない。舗装の技術は教えなきゃならないしとてんてこ舞いでしたよ。

特に飛行機、軍用の機体の製造が忙しかったのはもちろんでしたが、それ以上だったのが旅客機。あの100人乗りの飛行機ね。国同士を結ぶ便に加えて国内でも運行させたいとの声が多くなって、今の数じゃ絶対的に足りなくなってしまったんです。そこで増産に踏み切ったわけなんですが、時を同じくして持ち込まれたのが、飛行機による荷物の輸送ができないかとのことでした。あまり重いものは乗せられないんですけど人が100人乗っても大丈夫なぐらいですからね、それぐらいの荷物だったら運べるということで荷物用の飛行機も作ることになったんです。

一気に大変になったのがウチの飛行機の部門です。機体の製造、操縦者の訓練、発着場の管制、飛行機の運用などやることが山のようになってしまったんです。


「宰相様」

「おお、ミルランディア様ではございませんか。姫様のおかげで我がヘンネルベリの躍進は目覚ましいものがあります。姫様の所も潤っているのではございませんか」

「ええ、おかげさまで。順調すぎるほどですね。最近ではあまりの忙しさで人材も不足しがちで、新しい事も出来ずにいますわ」

「人材が不足していらっしゃるのですか。それでは優秀な人材を廻すように手配しましょうか」

「それはいいです。引き抜かれた方の不興は買いたくありませんから。それより相談があるのですが、少しお時間の方よろしいですか?」

「構いませんって。姫様からの相談事、姫様がお困りと言うことはヘンネルベリにとっても一大事です。姫様の憂いを除くことがこの国にとって重要なことですから、遠慮なくどうぞ」

「ありがとう。そこまで大げさにしなくてもいいんだけど。相談事って言うのは飛行機の事なのよ。今飛行機についての事業は全てウチがやってるじゃないですか。その一部を手放そうと思っているんです。具体的には旅客便と貨物便の運航についてと、乗員の訓練に関してですね。運航については便数が増えてウチでは賄いきれなくなってきてるんです。これは乗員についてもなんですけど、便数の拡大に乗務員の数が不足し始めているのです。複雑化する運航の管理と乗員の管理についてどこかにお願いできればと考えているところなのです」

「姫様、運航の部門と言えば、かなりの収益をあげているところではないのですか。そんなところを手放していいのですか」

「初めの頃は国内での運用だけを考えていましたからね。国内であればどこかの領が事業を独占してもさほど問題にはならなかったでしょう。でもこれだけの国の間で運用するとなるとやはり国が表に立った方がいいのではないかと思うのです。信頼と言う面でも領主よりは国の代表の方がいいでしょ」

「確かにそうではありますが……」

「『全部渡すから後はどうぞ』という訳ではないですよ。私の所には今まで運用してきた実績と知識があります。その人たちと一緒にやってもらうのです。収益のうち10分の1ぐらいでもウチに廻してくれれば尚いいのですが……」

「すぐにという訳にはいかないでしょうが、早急に検討いたします」

「よろしくお願いします。あと乗員の訓練についてですけど、やっていただきたいのは主に訓練の部分ですね。旅客機と貨物機の操縦者の訓練をお願いしたいのです。軍用機の操縦者の訓練については引き続きウチで行います。そこで一つ提案なのですが、訓練を受けた操縦者の技能についてお墨付きを与えたいと思うのです。その確認、試験は当面の間はウチで行います。お墨付きをもらった者が旅客機や貨物機を運航する。お客さんも安心すると思うのです。一度与えたらそれっきりではなく、何年かに一度技能を確認することで低下することを防ぎ、安全に運用できると思うのです」

「それは素晴らしい考えですね」

「今までは全てがウチの領軍で賄ってきましたから特に必要はなかったのですが、これからいろいろな所で訓練を行うのであれば必要なことだと思います。ここについてもお願いできますか」

「そうですね。これ見ついても併せて検討しましょう」

「訓練自体は厳しいものになると思いますが、各国から希望者が殺到すると思います。あまり多すぎるのも困りますが、運航に支障が出ない程度の乗員は確保する必要がありますので、お願いしますね」

「他の所は姫様の所で行うのでしょうか」

「そうですね、飛行機の製造や発着場の検査、管制については明かせない技術が多く使われています。なのでこれらについては収益以前に渡すことができないのですよ」

「この運行管理部門と訓練部門をお譲り頂くとなると、いかほどになるのでしょうか」

「一括でいくらと言うと難しいと思いますので、いずれも収益の一部と言うことでお願いしたいです。運航管理部門はこれからも拡大、成長が見込まれますし、それに伴い乗員の育成も盛んになる事でしょう。国としての益は大きいと思いますよ」


国としては管制の部門と検査の部門も譲ってほしいと言われましたが、公開できるような技術ではないものをふんだんに使った魔道具を幾つも使ってますからね、ここは無理なんです。安全を保つためにもね。機体が新しくなれば操縦者の技術も変わりますし、発着場の基準も変わってきます。なのでここはウチの独占です。

ぶっちゃけ飛行機について肝の部分を押さえておけば、金蔓が逃げていくことはないからね。今更飛行機のない状態に戻る事なんてできないだろうし。堅実な領地経営にはお金は必要なのですよ。私は慈善事業をしているわけではありません。お金のかかる領地経営をしているのですから。



「アルトーン、少しいいかしら」

アルトーン、ミルランディア領の領政に欠かせない人物です。彼がいたからこれだけ特殊なこの領地経営が上手く行ったと言っても過言ではありません。

「何でしょう、ミルランディア様」

「あなたももういい歳よね」

「私に引退しろと仰るのですか」

「引退しろとは言いませんよ。むしろ今までの働きについての感謝です。あなたのおかげでこの領の経営が廻せたのですから」

「過分なお言葉、ありがとうございます」

「これだけ大きくなったこの領地の経営は、今まで私の専制でやって来たわけでしょ。それを支えてくれたのがあなた。今までは私が何でもやって来たわけだけど、これからはこの領地に住む人たちの話も聞いていこうと思うのよ」

「民の話をですか」

「そう。そしてその民の話から必要なものを領地経営に取り入れていく。そのように変えて行こうと思うの」

「領主様が経営から手を引くというのですか」

「そうじゃないわ。あくまで最終の決定は領主である私。でもね、これだけ大きくなったこの領地を全て見ることは無理よ。だからね、この領地をよくするためにも民の話を取り入れようかと」

「どのようにするかはお考えが纏まっていらっしゃるのですよね。お聞かせいただけないでしょうか」

「難しい話じゃないんだけど。議会を作ろうと思うの」

「議会ですか」

「アズラートのような仕組みね。あそこは国の方針を決定するところだけど、ここでは提案するところね。当然議員は何年かに一度選びなおすわ。緊急性の高い事案や、新しい、革新的な事案については今までのように私の専制で行います」

「ですが民が選ぶ議員となれば貴族ばかりになるのではありませんか」

「貴族については貴族枠を設けます。任期は3年か4年にする予定で、貴族は2期続けて議員になれない。一般の民は2期から5期程度。議員の地位は保障して、簡単に不敬罪に問えないようにします。その分行動には制約をかけますが。

議会では提案する内容について意義や予算、財源や効果について十分に議論してもらい、纏まったものを私に提出します。私が精査して必要と思えば実行します」

「すみません、私は何をすればいいのでしょうか」

「見守るというのは……」

「それでは引退と同じではありませんか」

「あなたにやっていただきたいのは、その議会の運営です。議事を進めたり、対立が起こった時にその調整などを行って欲しいのです」

「私にそのような大役ができるのでしょうか。確かにここで領地経営の中枢に関わってきましたが、それは領主様の出される方向を実行に移すものでした。ですが先ほどのお話であれば、私がやるのはその方向を出す舵取りをすると言う事です。そのような大役を……」

「大丈夫だと思いますよ。貴族からも一目置かれてますし、領民の事も知っている。無理だと思ったら引退していただいても構いませんよ。あとの生活は手厚くしますから」

「あとのことはいいにして、領主様にそう言って頂けるのであればやるしかありません。いたらぬ点もあるかと思いますが精一杯やらせていただきます」

「あと、奴隷制度廃止に伴って犯罪者の審判を行うところなんだけど」

「一部貴族の猛烈な反対で滞っているところがあります」

「不敬罪を自分で裁きたいって事?」

「ええ、そのようです」

「ならばそれについては私が領令で出します。不敬罪を独自に裁かれると、その貴族に取って気に入らない人が犯罪者にされる恐れがあります。そのようなことはあってはなりません。そのためにも公正な審判を行う所が必要なのですから、邪魔は許しません。審判を行う人を含めてこれについては私の方でやります」

「お手数をお掛けします」

「構いません。これは領主の仕事ですから」



領地が発展して豊かになることはいいことなんだけど、そうなると人も増えるし犯罪も増えるのよね。目も届かなくなるし。もう私一人で何でもできる範囲を超えてしまったのよね。マルチさんフル活動ならどうにでもなるんだけど、それだとここにいる人たちが成長しないじゃない。領地の発展には底に住む人たちの成長も含まれるからね。



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