第173話 汽車に挑戦(まぁ出来ちゃうんだけどね)

「ミルランディア様、この度は大変ご迷惑を……」

「ちょっと待って下さい。なんで冒険者ギルドの本部の方が謝るんです?」

「当支部のマスターが失礼なことをしでかして冒険者の退去と言う事態を引き起こしてしまったものですから」

「経緯はご存知ですよね」

「一応は……。ミルランディア様のお話を断って、不興を買ったと」

「うーん。どのように話が伝わったのか知れませんけど、そこだけを切り取ればそうとも言えませんが実際はかなり違うんですけど。

この街も景気がいいのが続いていますから、冒険者も集まるんです。魔物の棲む森も近くにあるので、魅力的なのでしょうね。私も冒険者をやってましたからある程度は分かりますけど、全員が全員上手く行くなんてことはありませんよ。依頼が完遂できなかった者、討伐で怪我を負う者など失敗もつきものです。それに冒険者って気性の荒い人も多いですよね、喧嘩っ早い人とか。冒険者が増えるっていう事はそういう人たちも増えるわけですし、悪いことを考える冒険者もいます。他人をだます人、他人からものを奪う人。冒険者ギルドの中で暴れているのでしたら私は何も言いませんでしたよ。でもね、そういった人たちが街中に出て、平穏に暮らしている人たちを脅かす。治安が悪くなることは領主として看過できるものではありません。この地を預かるものとして領民に泣き寝入りしろとは言えませんし、かと言って屈強な冒険者に立ち向かえる人なんていませんよ。ですから冒険者が引き起こした問題についてギルドに損害を求めたのです」

「……」

「ここまでは領主として私が行ったことです。その前にそういった問題になることをしないようにと注意してもらいましたけど。

ギルドからはゼロ回答でした。ギルドは冒険者のトラブルについては不干渉であること。ギルドが冒険者の無銭飲食などの尻拭いをしたという前例を作れば、この先全ての冒険者の面倒を見なければならなくなる事。そういう事情もあっての回答だと思います。ギルドとしてはあながち間違いではありませんが、酒場などを営んでいる人からすればやられ損ですよね。かと言ってこれは領が補償するものではありません。悪いのは冒険者ですから。ここまでは間違いないですね、マスター」

「あぁ、その通りだ」

「続けます。

治安が悪くなって領民に被害が出ている領側、冒険者の行動については不干渉を貫くギルド側。話し合いは平行線です。ギルドが国から独立した組織であることから命令をする訳にはいかないですし。なのでミルランディア領としては冒険者に退去していただいたわけです。ギルドでは冒険者の管理、素行などの把握はしていないとのことでしたから。不良冒険者が誰だかわからない以上、一旦すべての冒険者に出て行ってもらうのは仕方なかったのです。確かに領の経済的には痛手ではありますけど、今対処しておかなければ後で取り返しがつかなくなると思いましたので。これが今の状況です」

「そう言う経緯だったのですね。わざわざすみませんでした。仰る通りギルドとしては冒険者の行動に関しては不干渉。これは大原則です」

「でも冒険者のトラブルについては不干渉と言うのは、冒険者のトラブルじゃありませんでしたっけ。ギルドの酒場でテーブルや椅子を壊したら賠償させますよね。街中の事は知りませんって訳にはいきませんよね。せめて誰がやったのかを特定するために協力ぐらいはしてもらわないと。一般の領民とのトラブルは憲兵の案件ですけど、現行犯ならいざ知らずどこの誰かも分からない冒険者をどうやって特定するのですか」

「そうではありますが、ギルド外でのことまでは……」

「一部の不良冒険者の行いによってここで活動していた全ての冒険者が迷惑を被っているのですよ。そもそも冒険者ギルドの意味は何なんです。冒険者活動を円滑に行うための組織じゃないんですか。今現在、ここでの冒険者活動が円滑に行われていると思いますか」

「……。どうすれば再び冒険者を受け入れて頂けるのでしょうか」

「条件は2つです。一つは素行の悪い冒険者を入れないこと。もう一つは冒険者によって引き起こされた損害について、ギルドが立て替えること。そのあと冒険者達からどのように取り立てるのかはそちらのやる事ですから、それこそ私は不干渉ですけど」

「分かりました。一度総本部に持ち帰らせていただきます」

「冒険者がウチに入れないということは他のギルドにも通知済みです。これについて間違った噂や説明がされないようにしてくださいね。ギルドが間違った判断をしないことを望むわ」


冒険者が戻ってくるのはだいぶ先になってからでした。

その間困らなかったのかって?大丈夫でしたよ。

ほら、フロンティーネも他の街も街壁に守られているし、魔物は森から出てこないし。採集と資源の保護は領の仕事としてやってるし、魔物の素材は軍の訓練の一環でやってるから。



**********



『ナビちゃん、この間の汽車なんだけど、どんなのか教えて』

『どうしたの急に』

『一段落したからね。ここのところ色々あったからね。気分転換ってところかな』

『っそ。汽車って言うのはこういう物。ミーアなら創造術があるから分かるんじゃない』

『ありがとう。……結構大きいのね。小さな船ぐらいあるのかな』

『これで大丈夫そう?』

『多分。また見せてもらえるんでしょ』

『それは大丈夫よ』


ナビちゃん最近イメージで見せてくれるのよね。昔は説明してくれたんだけど。説明も大変なのかな。でもイメージの方が伝わりやすいのも実際よね。


それから数カ月、亜空間のおうちディメンジョンホームに籠って汽車の研究をしました。籠ってと言ってもこっちのお仕事はちゃんとやってるわよ。王都の飛行機発着場の建設現場監督とか、カルセアの農場の改良とか。やることはいっぱいあったね。特にカルセア島ではね。

カルセアの農場では牛、豚、羊、鶏なども飼育しています。魔物じゃないよ、獣って言うか家畜ね。安定して肉や卵、乳、毛を得るためにはね、魔物狩りよりもこっちの方が効率がいいのよ。襲われることもないし。

でもこの大人しい家畜を狙う魔物もいるということで、これの対処が優先だったのです。汽車で遊んでる暇なんてないって?そこはそれよ、楽しみも必要ってことで。でも最近、領政府や国からの注文が………、まぁいいや。

元々カルセアは魔物が少ない島だったんです。ゴブリンやオーク、ウルフみたいに繁殖で増える魔物もいますけど、魔物の発生には魔素が絡んでいると言われています。その仕組みはまだ解明されていないんですけど。ナビちゃんに聞いたら教えてもらえそうですけどね。魔素がとどまらなければ魔物も発生しないんじゃないかっていう事で、魔素を取り込んで魔石に貯めて、その魔力を開放するという魔素循環装置を作ってみました。これを島のいろいろな所に設置してみたのです。するとどうでしょう、今いる魔物は駆除しましたけど、新たな魔物、繁殖で増えない魔物が姿を見せなくなったのです。まぁここだからできたようなものなので、他の所で使うことはしないけどね。冒険者が悲しむからね。

と様々な仕事をこなしつつ汽車の玩具模型を作ったんです。難しかったのは汽車はクルマと違ってハンドルがないので、カーブの仕組みが難しかったことかな。古代文明の記録とかを調べて何とかできました。

出来たと言っても模型サイズ(トロッコぐらい?)なので、このままこれを作ってもダメなんですけど。でもせっかく作ったこれ、何かに使えないかしら。


「ねぇ、みんな集まってくれない」

「ミルランディア様、何でしょうか」

「これなんだけどさぁ、何かに使えないかなって思って。みんなの意見を聞きたいんだ」

「またそんなものを作っていたんですか。こちらの仕事も……」

「やってるわよね。王都の発着場だって順調だし、カルセアの農場も問題ないわよ」

「ですがミルランディア様がもう少しやっていただければもっと早く終わるのですが…」

「あのねぇ、あれもこれも私がやったんじゃダメなのよ。ミルランディア領もかなり人が増えてきています。それはいいことなのですが、同時に貧しい人も増えているんです。大怪我をして引退した冒険者や親を亡くした子供たちは、初めのころに比べると増えてますよね。そういう人たちに『あなた達はここで働くことが出来ないので出て行って下さい』とでも言うのですか。そういう人たちでもできる仕事を作ることが領地経営をする私たちの仕事じゃないんですか。同じことはヘンネルベリ王国全体に言えることなんです。スラムの問題は仕事を作ることが出来ない経営側の問題でもあるんです。出来る人にすべて任せれば確かに早く終わるかも知れません。でもそれはそういった人たちが出来る仕事を奪う事にもなるんですよ。それだけじゃありません。新しく同じようなことをする場合や作った物を使い続けられるようにすることは、技術もさることながら知識や経験も必要なのです。技術や経験を得る場を奪い、そこに渡るはずの冨さえも奪う、私はそんなことはしませんよ。それにね、飛行機なんて今までなかったものよ。今更1年先になろうが2年先になろうが変わらないのよ。農場だってそうよ。あそこの農場がなくたっていつも通りならヘンネルベリ王国の食糧事情は問題ないわ。不作だってそうしょっちゅう起こる訳じゃないわ。食べるものさえ困らなければ大きな争いは起こらないわ」

「ですが、宰相様や商務卿様から催促のお話が……」

「私が王宮にいるときに何も言ってこないんだから、特に急いでる訳じゃないのよ。大臣からの話は私に廻していいから」

「分かりました。で、これは一体何なのでしょうか」

「汽車という物よ。この鉄の道の上を走るの。先頭にあるクルマが後ろに繋がってるクルマを引っ張るんだけど、引っ張る力は結構強いからかなりの数を引っ張れるわ」

「これが完成なのですか」

「ううん。これはあくまでいろいろと仕組みを調べるための模型よ。ちゃんと動くけどね。実際に造るときにはもっと大きいものになるわね」

「どれぐらいのものを引っ張ることが出来るのでしょうか」

「限界は調べてないけど、多分荷物用のクルマ10台分ぐらいだったら大丈夫だと思うわよ」

「マニグ島(鉱山の島の事ね)の坑道で、採掘したものを運び出すのに使ったらどうでしょう。この大きさなら邪魔にはならないでしょうし」

「今はどうしてるの?」

「荷車に乗せて人の手で運んでいます。集積場から港まではクルマで運んでいます」

「それなら使えるかもね。早速計画を立てて。飛行機の工房の状況は」

「あっ、はい。飛行機の工房ですか?」

「大型の飛行機2機と領軍機1飛行隊分。どうなってるの」

「領軍機は予備機の3機を除いて完成しています。訓練に廻してあります。大型の飛行機は内装が終われば完成です」

「予備機は後でいいわ。内装は発着場の工房を使って。飛行機の工房で汽車を作るから」

「汽車の工房を作るんじゃないんですか」

「最初はそうしようと思ったんだけど、飛行機の工房っていつも作るものがある訳じゃないから、汽車もここで作ることにしたのよ。クルマやバイクはいくら作ってもいいんだけど、飛行機や汽車はそういう訳に行かないからね。そうだ、造船の工房が手空きだったら鉄の道で使うこの鉄の棒を作るように言っておいてくれる」




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